第9話 劇的
立つのがやっとの状態のゴブ座衛門の周囲に
前回、ホブゴブリンに進化する時は薄緑色の霧だったからだ。ゴブ座衛門の状態を鑑みると、何か異常が起きているのかと不安に駆られる。
意識が無いような弱弱しい呻き声が微かに聞こえる。コアは本能的に悟った。見ているだけでは、このままでは駄目だと。気が付けばコアは叫び出していた。
「頑張れゴブ座衛門ッ!! 乗り越えろッ! 呑まれるな!! 何のためにここまで頑張って来たんだ! 生き残れ!! 諦めるな!! 新しいお前の姿を俺に見せてくれ! この、ダンジョンを! 守ってくれえええええッ!!」
コアが思いの丈を思い切りぶつけると、コアの願いが通じたのか、前回よりも長い時間を掛けて少しずつ霧が晴れていった。そこには確かに立ち姿のシルエットが見える。しかし、その姿はコアが思っていたよりも大きかった。
「ん??」
やがて全ての霧が晴れ、中から姿を現したのは身長百五十センチ程までに伸びた、薄黄色のような肌色の人型生物だった。その体は最早ゴブリンのものではなく人間の体型に限りなく近い。
脚が伸び腕は縮み、出っ張っていた腹は見る影もなくすっきりとした体になった。全身の筋肉は程よく張り巡らされ、細身ながらも決して弱弱しい印象は与えない。頭には短いながらも橙色の毛髪が生え、額の左部分から上に伸びる黒色の角が目を引く。
顔の表情もモンスターというよりは人に近付いている。身に着けているのは相変わらず腰蓑だけだが、どこか上品さすら感じさせる佇まいをしていた。
「いや、別モンやん!! 変わりすぎでしょ! 進化ってやつは何でもアリか!? 凄い!!」
とりあえず思ったことを考え無しに口走りながら興奮するコア。今回の進化はあまりにも変化が大きかった。
ゴブリンからホブゴブリンへ変化したことを進化とするならば、今回の変化は生物としての位階の昇華だ。より高次的な存在に生まれ変わったかのような『劇的な進化』。
コアは確信する。ダンジョンとモンスターたちの無限の可能性を。想像のはるか先を行く未知の世界が広がっていることを。
コアは感謝した。心の底の底から、この世界に来れたことを感謝した。元の世界にいたままだったら、これほどの歓喜と感動を知ることはなかっただろう。攻略サイトなど存在しない、全てが白紙の状態から手探りで新たな発見をするからこそ味わえる境地がここにはあった。もしコアに顔があったら、滂沱の涙を流していたのは間違いない。
やがてコアの祈りが終わるころ、武闘会部屋の出入口には走り込みをしていたはずのホブゴブリンの姿があった。疲れによるものではない荒々しい呼吸をしながら、進化を終えたばかりのゴブ座衛門を一直線に見つめている。
ようやく現れた、自分が戦える相手。ホブゴブリンは戦闘に飢えていた。
コアはゴブ座衛門の状態を確認する。前回進化した時は万全の状態に戻っていたので問題はないと思うが、しっかりとダメージの有無を確認し直した。
「よし、大丈夫そうだな。それでは両者の試合を始める! 前へ!」
苛烈な環境を生き延びて進化を果たした両者が相対する。鼻息荒く戦意高ぶるホブゴブリン。片や自然体で静かに構えるゴブ座衛門。
現時点でのダンジョン最強が決まろうとしていた。
「いいか! この試合での殺しは無しだ! あくまでも勝ち負けを決めるに止めろ!」
試合前にコアが注意を促す。ここまで進化個体を二体生み出すだけでかなりのエネルギーを消費していた。その上、進化頻度が少ないのでこれまでと同じような強化方法は取れないし、殺してしまっては訓練相手がいなくなってしまう。
一体でトレーニングを続けるよりも、戦闘経験を積ませた方がよいだろうという判断だった。
「それでは開始する。試合、始めッ!!」
コアの気合の入った号令と同時にホブゴブリンが動き出す。試合が始まるのを今か今かと待ち構えていたホブゴブリンは、予め脚に力を溜めこんでいた。ゴブリンの時とは比べ物にならないスピードで一気にゴブ座衛門に肉薄する。
「グオオオオオオオオオオォォォッ!!」
雄たけびと共に、全てを破壊つもりのような、渾身の右拳が放たれた。身長で負けるホブゴブリンだが、殴りやすいところに大きな的、ゴブ座衛門の胸元があったので全力で攻撃を繰り出した。
「……」
小細工無しの暴力が襲いかかる中、ゴブ座衛門はまるでその攻撃を読んでいたかのように右脚を引いて半身になった。その流れで、左手でホブゴブリンの攻撃を受け流して相手の重心を見事にずらしてみせると、バンッという炸裂音を響かせながらホブゴブリンの右脛を蹴り抜いた。
その一連の動きにコアは目を見開く。無駄な動きがどこにもなく、蹴りの威力、鋭さは今まででは考えられないほどだ。進化前の時点で様々な工夫がみられたが、進化を経た今、洗練された動きと強靭な肉体を手に入れていた。
ダメージを受け、体勢を崩されたホブゴブリンだがそれでも強引に殴りにかかる。しかしそれは悪手だった。力がこもっていない左の拳はゴブ座衛門の手刀によって簡単に切り払われ、更に体勢を悪くしたところを地面に引き倒されてしまう。
ゴブ座衛門が右腕の力を引き絞り、倒れたホブゴブリンの顔面に解き放つ。反射的に目を瞑るホブゴブリンだったが、衝撃がくることはなかった。
ホブゴブリンが目を開けると、目の前に固く握られた拳があった。寸止めされていたのだ。
あまりにもあっけない決着にコアもホブゴブリンも沈黙する。やがてスッと立ち上がったゴブ座衛門が試合開始位置まで戻る時にはコアも余裕を取り戻し、両者を労った。
「あ、あー、両者ご苦労だった。前とは比較にならないぐらい強くなったな。ホブゴブリンもパワー溢れ……」
「グオオオオオオオォオオオォォォォオオオオ!!」
コアが喋っている時に急にホブゴブリンが叫び出したため思わずビビるコア。
ホブゴブリンはそのまま部屋を飛び出していってしまった。思わぬ事態に放心していたコアだったが慌ててホブゴブリンを探すと、どうやらいつものコースを全力疾走しているようだった。
しかし部屋から離れたところまで来ると急に減速し膝から崩れ落ちる。地面に蹲り、大声で泣きだしてしまった。
「そうか。……悔しいよな」
コアはここ最近のホブゴブリンの様子を思い出していた。訓練相手がいない中、それでもコアの命令を愚直にこなし、地道なトレーニングを精一杯行っていた。
自分の強さに自信があったのかもしれない。自分が最強で、自分がこのダンジョンを守っていくのだという使命感があったのかもしれない。しかし、ゴブ座衛門にあっさりと負けてしまった……。
「頑張れホブゴブリン。きっとその悔しさはお前を成長させるからな……」
思わずもらい泣きしてしまうコアだが、これ以上見ているのは野暮だろうと視点を元に戻した。
「さて、ゴブ座衛門。先程の戦い、見事だったぞ。正直驚いた。これからはホブゴブリンと訓練を行い、力と経験を積み上げていってくれ。期待してるぞ」
コアが話しかける時、ゴブ座衛門は少し顔をしかめていたが、コアに話しかけられると神妙そうな顔になり、「ギ」と返事をした。
そう。言葉を返した。
「ん? んんぅ??」
今まではコアがゴブリンたちに指示を出してもうんともすんとも言わず、ただ言う通りに行動するだけだった。それを考えると、先程のゴブ座衛門の短い発音は返事と言えるのではないだろうか。
タイミングを考えても間違いない。ゴブ座衛門は言葉をちゃんと理解するだけの知力がある。
「今返事した? 返事したよね!? うおおおおおおおおおおキターーーーーーーーーーー!! 愛する我が子との会話ターン到来ですッ!! ありがとうございます! 私は幸せです!!」
今、自分が夢見たことの一つが叶う。そう思ったら感情が爆発してしまったコア。
「さあ何か言ってごらん!? さあさあさあ!」
あまりの勢いにたじろぐゴブ座衛門。傍から見たら気持ち悪かったなとコアが反省するのは、もう少し後のことだった……。
順調に強化が進むダンジョンに一つ変化があったのはそれから数日後のこと。ゴブリンたちの試合の合間にゴブ座衛門とホブゴブリンの試合を挟んだり、プチワームの試合を行ったりしていると、新たな侵入者が現れた。
ただその侵入者はどう見ても冒険者の類ではない。一応剣を佩刀させてはいるが防具は身に着けていないし、何より目を引くのは荷車を引いていることだ。
何らかの荷物を満載させた荷車を四人がかりでダンジョンに運び込み、何をするのかとコアが見ていると、せーの、などと言いながら荷物をダンジョンにぶちまけ始めた。
「は?」
あまりのことに思考停止してしまうコア。ぶちまけられた物を見てみれば、それらは著しく破損した防具や盾だったり、酷く錆びて使い物にならなくなった剣や木剣の破片などだった。
「ゴミ? ……を、捨てたのか? ダンジョンに?」
確かにダンジョンの特性として物体を吸収するというものがある。何を基準にして吸収しているかは未だにコアは把握しきれていないが、モンスターの死骸を吸収していることからも明らかだ。
つまり、人間が捨てるに困った物をダンジョンに投棄するということも、彼らの生活を考えれば一つの方法として考えられるのだろう。分別も必要なければ費用が掛かるわけでもない。これほど便利なゴミ捨て場は他にない。
しかしそれは人間側のことしか考慮されていない。
「ゴミ処理場か……。貴様らにとって、ダンジョンはゴミ処理場で、何かと金になる便利な道具か? くくく、くはははははははは」
コアはダンジョン最奥で静かに笑う。その声は平坦で、感情を感じることはできないが、聞いていると怖気が立つのを止められない。コアの笑い声によって部屋にいる全てのモンスターが委縮してしまっていた。
「ぶち殺してやろうか。このカス共は冒険者じゃない。死んだところで大した騒ぎには…………あー、クソッ! どの道、こいつら全くダンジョンの奥に入って来ない。殺すのは無理だ」
侵入者たちはダンジョンの出入口で、時折ぶちまけた物を見ながらどうでもよい話をしている。モンスターを見たらすぐに外に出て行ってしまうだろう。
「フーー。それならば少しでもダンジョン内にいさせてエネルギー回収に努めた方が良い。それがダンジョンコアとしてやるべきことだろう」
一度冷静になって考えるべきと自分に言い聞かせるコア。これまで、この世界の人間たちに散々ダンジョンを冒涜されたことで、心理的に耐性ができつつあった。
「この罪は後でまとめてぶち返してやればいいんだ。よし! 切り替えたっ。……そういえば、何でこいつら帰らないんだ? 何をしている?」
冷静になってみると不自然なことに気付き始める。ゴミ捨てなんて日常的に行われているはずだ。捨てたならさっさと帰ればよいだろう。留まる必要がない。
「それに……ゴミの種類だ。そうだ、おかしい。処分するのに困る物はもっと他にある気がする。防具や錆びた剣は再利用できたりしないのか? 何で武器防具に偏っている?」
コアにはゴミのリサイクルについての知識はあまりないので詳しくはわからないが、これだけ中身に偏りがあると何らかの目的があるように思えてくる。
「……チィ、わからないな。情報が少なすぎる。まさか、これらがゴミじゃないということもあるのか? ハッ! いや、そもそもだ! ダンジョンに吸収されたものはどうなるんだ? 我が子らの尊い遺骸はダンジョンに還りエネルギーとなった。ならば一般的な物体もエネルギーになるのか? ……いや、ならない気がする。ダンジョンエネルギーは何というか、生命みたいな大いなるものを感じさせるものだ。ゴミにそんなものはない」
一人であれこれ考えるも正解は出てこない。結局、投棄された物は吸収されて、それを見届けた侵入者たちは何もせずに帰って行った。コアからしてみれば、モヤモヤする謎が一つ増えただけであった。
「何だったんだよ一体。まあエネルギーを少し回収できたから別にいいけど。とは言え、本当にただのゴミだったら許さんけどな!」
自分の気持ちに区切りをつけて、さぁ試合に戻ろうとしたコアだったが、ソレは唐突に起こった。
コアの体の内から湧き上がる力。体が薄く発光し気分が高揚、多幸感に包まれる。いきなりの変化に驚くが、それに対して抗おうとは思わなかった。
まるで自分が生まれ変わるかのような至福の時間を感じること暫し。突然の出来事を終えたコアは、自分に起きた変化を知る。
「ククク、ハッハッハ、ハアーーハッハッハッハッハ! 増えてる! 罠が増えてるぞ!!」
能力の確認を行うコア。能力の一つである罠設置には落とし穴の他にもう一つ。
『泉』が追加されていた。
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