第8話 侮り

「ほう、それはそれは。罠無しのダンジョンなんて僕も潜った経験はありませんね。つまり、まだダンジョンとしての形すら整っていないのだから、モンスターが少ないのも当然だということですか」


 得心したという風に一つ頷くゲーリィ。


「まあ何れにせよ、これからも定期的に調査は行われます。貴重な情報になりそうですからね。銀の翼の皆さんにもまた依頼を出すことがあるかもしれませんから、その時はよろしくお願いしますね」


 ゲーリィの言葉に頷いて返す三人。この中でギルとカイトは、自分たちがギルドからそれなりに信頼されていることを感じ取った。ダンジョンの情報を取り扱う仕事を任されるとはそういうことだ。特定のパーティーに情報を集めさせ過ぎるのは、情報漏洩の観点からよろしくないのでそう何度も依頼されることはないだろうが、そもそも信用の無いパーティーには無縁の話だ。


 自分たちが積み上げてきた信頼と実績を実感し、嬉しくなるのと同時に気を引き締め直す。


「それでは報告は以上ですかね? 他に何か気付いた点などありましたか?」


「あの、副ギルド長。実はベックさんから提案がありまして」


 ゲーリィの言葉にミンクが返すと、全員の視線が一斉にベックに向く。これまでただ話を聞いていただけだったベックは、突然話を振られたことで頭に疑問符を浮かべる。


 間抜け面をして自分に話を振ったミンクを見るベックに、何のことか察しのついたカイトが助け舟を出した。


「ベック。きっと新人訓練用にあのダンジョンを使えないかという話のことでしょう」


「あー。そのことか! いきなり話が飛んできてびっくりしたぜ。副ギルド長! ヒヨッコ共の訓練にゴブリンが使えると思ったんすけど、どうすかね。いや、自分らも紅蓮の洞でいきなりウルフとかバット相手にすんのはちっときつかったんで、良い考えかと思ったんすけど」


「ほう」


 左手を顎に当てながら感心を示すゲーリィ。彼は脳内でその案のメリットを思い浮かばせながらベックを見つめる。


 これだ、と思う。ベックの発言は一概に馬鹿にはできないのだ。彼は確かに頭が良いとは言えないが、時々、周りがハッとするような発言をすることがある。


 スキル『直感』。ベックが持つ能力の一つだ。自分で自在に発動することはできないし、頻度も少ないのだが、その用途は時と場所を選ばない。


 ベックの普段の発言と『直感』発動時の発言を聞き分けるのは大変だが、その力は強力だ。ベックの『直感』は、他の高位冒険者が有する『直感』よりもまだレベルが低いが、これからに期待が持てるというのがゲーリィの評価だった。


「ええ、実に良い案かと思います。正直この街で冒険者を始めようとするのはこの街の出身者ぐらいでしたからね。単独のゴブリンを相手に経験が積めて、慣れてきたら別に挑戦できるダンジョンがあるとなれば、多くの新人を呼び込むこともできるでしょう。更には、潜在危険度によりあと二十年程しかもたないであろう紅蓮の洞の代わりが出現したというのがとても大きい。新人といわず、将来を見越してこのヘルカンの街に腰を据える人が多くいるはずです。この街は更に大きくなっていくでしょう。もしかしたら国内でも有数の規模になるかもしれませんね」


 ただゴブリンと新人の話をしていたはずなのに、スケールが大きくなりすぎて目を白黒させるベック。ベックにはどうしてそういう話になるのかがわからなかった。


「んーと……?」


「ふふ。前向きに検討してくださるということですよ。そうですよね、副ギルド長?」


「ええ。ただ、管理は徹底されなければなりません。新人冒険者の募集から事前講習、そして信頼できる監督者と。この監督者の方に調査もしてもらえれば無駄も無い。忙しくなりそうです」


 朗らかに笑顔を浮かべるゲーリィ。その表情はヘルカンの街の未来を思い、希望に溢れていた。


「しっかしそうなると、このギルドでも『あの名物』が見れるようになるんかねえ」


 ギルが両手を頭の後ろで組みながら、いたずら小僧のような笑みを見せる。冒険者組は心当たりがあるのか同じく笑みを浮かべているが、ミンクにはわからなかったので素直に質問した。


「ギルさん、『あの名物』とは一体何のことですか? このギルドと、これから来るであろう新人さんに何か関係が?」


「ああいや、別に悪いことが起きるとかじゃねえから心配はいらねえぜ? そうだな……なあミンク君。ゴブリンは弱かったよな?」


「え? ええ、そうですね。戦ったのはベックさんですが、強そうには見えませんでしたね」


 ミンクはダンジョン内での戦闘を思い返す。ベックに少しのダメージも与えることができずに、一撃で死んでいく姿はいっそのこと憐れだった。


 それがどうしたのかとギルに目線で続きを促すと、一つ頷いてから説明してくれた。


「そう、ゴブリンは弱いんだ。それは新人冒険者でも変わらねえ。そうすっと、新人は『ゴブリンなんてこんなもん』だと思い込むようになるわけだ」


「はい」


「だけどな、それはちょいと違うんだよ。ゴブリンは確かに弱いが、あそこまで弱いのは武器を持ってねえからなんだ。ある程度、力と知恵を付けたゴブリンは武器を使うようになる。そうなるとな、取るに足りない雑魚から、自分にダメージを与えるかもしれない脅威に変わるんだ。だが新人の頭ん中では未だにゴブリンは雑魚のまま。更にそこに進化個体でも出てきたらどうなると思う? 力の変化についていけねえ新人共は、命からがらギルドに戻ってきてこう騒ぎ出すわけだ」


 少し溜めを作りながらニヤッと口角を上げ、ギルが結論を言った。


「『ヴァリアント種』が出たってな」


「ブハハハハハ!」


 たまらずといった感じでベックが笑い出した。おそらく実際に見たことがあるのだろう。目じりに涙が浮かぶほど笑いこんでいる。


 ミンクは成程と思いながらもギルに疑問を投げかけた。


「それが名物ですか。しかしギルさん、ゴブリンにヴァリアント種は……」


「ああ。ゴブリンにヴァリアント種は存在しない。それは冒険者なら誰でも知ってることだが、新人たちは、自分たちがゴブリンなんて雑魚に負けたってことが認められないのさ。自分を正当化するために出てくる答えが、ヴァリアント種ってことだな」


「そういうことですか……」


 新人冒険者というのはプライドが高い者が少なくない。自分の輝かしい活躍ばかりを考えていたのに、まさかゴブリン程度に躓いたなんて信じたくないのだろう。


 苦し紛れに出てきた嘘。それがヴァリアント種ということだ。


「そして騒いだ新人冒険者は更に赤っ恥をかくという流れですか」


「そういうこった。死に物狂いで戻ってきて笑い者にされるんだ。散々だな。これで冒険者辞めちまう奴も結構いるから、ミンク君も対応には気を付けた方がいいぜ」


「! はい。ありがとうございますギルさん」


 ただの笑い話だと思っていたが、実は自分に対する助言を含んでいたと悟り驚くミンク。


 ギルは銀の翼の調整役だ。楽観的なベックと慎重なカイトをいつも取り持っているため、よく気が回る。斥候という職業は彼にとって天職なのだろう。


 ミンクはギルに対する評価を内心一つ引き上げた。


「まあまだ心配はいらないでしょう。今日の報告を聞くに、ゴブリンたちが武器を持ち始めるのはまだ時間が掛かりそうですし、進化するのはもっと先です。もしかしたらダンジョンボスならばゴブリンリーダーやホブゴブリンになっているかもしれませんが、ボスとの戦闘はギルドで禁止されるでしょうしね」


 ゲーリィが、ミンクが気負い過ぎないように自らの見解を述べる。するとカイトがボスという単語に反応した。


「ダンジョンボスですか。ダンジョンコアを守る最後の守護者。副ギルド長、ダンジョンボスはその他の個体と比べて大分強化されていると聞きますが、どれぐらい違うものなのかご存じでしょうか?」


 ダンジョンボスというのはダンジョンの最奥にいるものであり、ボスと戦闘経験があるものは一握りしかいない。現役時代、凄腕の冒険者だったゲーリィならば知っているのではないかと聞いてみる。


「そうですね。何度か戦ったことがありますが、一言で言うなら別物、ですかね。ゴブリンで例えるなら、姿形はゴブリンなのに、中身がホブゴブリン、場合によってはゴブリンジェネラルだったりします。基本的にボスでいる期間が長いほど強化されると言われますが、一説によると限界もあるようです」


「うげ。そりゃあ、やべえな。ゴブリンで言われるとあんま大したことないように感じるが、モンスターによっては初見殺しもありそうじゃねえか。よく現役時代無事でしたね副ギルド長、流石元ミスリル級は違うわ」


「ハハハ。昔の話ですし、要するに慣れの問題ですよ。どんなモンスターでも油断しないこと、想定外の事態に備えておくが大切です」


「勉強になります。教えて頂きありがとうございます副ギルド長」


「まあ俺らがボスと戦うことがあるかどうかはわかんねえけどな」


「いえいえ。銀の翼はまだ若いし、素質もあります。十分に可能性がありますよ。是非頑張ってください」


 ゲーリィは本心から応援する。銀の翼は磨けばまだまだ伸びしろがあるパーティーだ。伊達にギルドから一定の評価と信頼を得ているわけではない。


「持ち上げすぎっすよ。今んとこパーティーメンバーが増える予定もありませんし。俺らが勝てそうなボスって何がいる、ベック?」


「んあ? あーそうだなー。んー、ダンジョンコアがボスだったら無傷で勝てんじゃねえか?」


「ハハハハ」


 ギルがベックに話を振ったことで、ゲーリィはその答えに興味を持っていたが、予想だにしていなかったものが出てきたことでつい笑ってしまった。確かにその場から動かなければ攻撃もしてこないダンジョンコアならば幾らでも倒せるだろう。


「……まーた変なこと言いだしやがって。このアホたれ。…………! ようベック。ダンジョンコアが強化されたらどうなるんだ?」


 ベックに話を振ったのはギル自身だが、変な答えを返された仕返しに少し困らせてやろうと画策する。しかしベックには効果がなかったようだ。


「そりゃああれだ。ダンジョンの中のモンスターが全部強化されたり? 罠が凄くなったりとか? あ! いや、ダンジョンコアがめっちゃ硬くなってめっちゃ動くようになるんだ! コアが壊せねえからダンジョンを潰せなくなる! どうよ!?」


「フフフ、面白い意見ですね。そうなったら、部屋を埋め尽くすほどの大規模魔法が必要でしょうか? カイト君、頑張って習得してください」


 ゲーリィの戯れにカイトは苦笑するしかない。


「付き合わんでいいっすよ副ギルド長。ベックに話を振った俺が間違ってたっす」


 ギルがベックに度々話を振るのは、ベックの『直感』を当てにしているからだ。同じパーティーとして、その力の凄さはわかっているので、斥候としても情報収集を怠るわけにはいかなかった。


 ギルの苦労ベック知らず。今日も平和な時間が過ぎていく。









 冒険者たちがダンジョンから出ていった後、情報の整理を済ませたコアは武闘会の続きに戻っていた。一体目のホブゴブリンの出現から時間が経過しているが、あれから進化した個体は現れていない。


 そのホブゴブリンだが、今は特訓なのか、ダンジョンの奥半分の輪っかの部分を雄たけびを上げながら周回していた。どうやら元気が有り余っているようだ。


 ホブゴブリンとゴブリンでは力の差がありすぎて試合をさせるわけにはいかなかったのだ。試しに一度だけ戦わせたのだが、相手の体当たりを強烈なショルダータックルで力任せに捻じ伏せ、大ダメージを負って倒れ込んだゴブリンを無慈悲に死ぬまで全力で殴り続けた。そこにゴブリンの勝機は存在せず、いたずらに有望な個体を失う危険があると判断して、ホブゴブリンには自己特訓を指示したのだ。


 それからはダッシュの勢いで走りこんだり、筋トレをしたり、壁を殴ったりして過ごしている。雄たけびを上げながら。


 ダンジョン内に新しい音楽を加えながらずっと試合を眺めているコアだが、そうしているとだんだん特徴あるゴブリンが生き残り続けていることに気付いた。


 そのゴブリンは全身傷だらけのボロボロで右の牙が既に無く、傍から見ても限界を超えているのは明らかだった。いつ死んでしまうかと思われるそのゴブリンだが、一戦、また一戦とフラフラしながらもしぶとく勝ち残り続けている。


 その牙欠けのゴブリンが生き残れている要因は、他のゴブリンとは戦い方が異なっているからだろう。普通のゴブリンはとにかく相手に突っ込んで行くのに対し、牙欠けゴブリンは相手の突進を利用する。


 走り込んできた相手を足払いして転倒させたり、あえて力を抜いて相手の突進の衝撃を緩和しながらも、相手を掴みその力を利用して壁に投げ飛ばしたりするなど、戦い方に工夫が見られるのだ。


 これまで見られなかった戦い方をするゴブリンの登場に、コアの応援につい熱が入ってしまうのも仕方のないことだろう。いつの間にか『ゴブ座衛門』などと適当な名前を付け始める始末だった。


 そして今また、ゴブ座衛門は勝利を収めた。一戦ごとに本当に限界ギリギリの、奇跡とも思えるバランスで生き残ったゴブ座衛門に、コアがこいつには何かあるんじゃないかと期待し始めた時、ついにその瞬間は訪れた。

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