第4話 進化

 プチワームの口から何らかの液体と共に悲痛な叫びが発せられる。何とかゴブリンの体の下から抜け出そうと、頻りにゴブリンに噛みつき始めた。


「ちょちょちょッ! ストップストップ!! 試合中断!」


 プチワームが居ようがなんのその。変わらず戦いを続けようとするゴブリンたちに慌てて指示を出す。それによってプチワームはようやく抜け出すことが出来た。


 大きなダメージを負ったようだが、致命的ではなかったことにコアはホッと存在しない胸を撫で下ろす。


「ふー、何も検証できないまま新たなモンスターを失うとこだったぜ。しっかし、謎が多いなー」


 ここにきてスポーンモンスターが変わったことによって、コアはこれからの計画を変更するかどうかを迫られた。このモンスター特化計画は、ゴブリンしかスポーンしないことを前提に作られている。プチワームが出てきたように、これからも周期的にスポーンモンスターが変わるようなら精鋭なんて作れない。


「そういえば召喚はどうなってる? ってうわ。まじかー」


 ふと疑問に思い召喚できるモンスターを確認すると、ゴブリンが消えてプチワームだけになっていた。


「こりゃ本格的に計画の変更が……いや、決めるのはまだ早いか」


 スポーンモンスターの条件は何もわかっていない。思い浮かべるだけなら幾らでもあるが、そもそも、このダンジョンが始まってから殆ど状態が変化していないのに、いきなりスポーンモンスターが変わるというのは考えにくい。


 それでも何かが変化したというのならば、この場合……。


「時間か? 時計が無いから正確なことは知りようがないけど、例えば一日サイクルで考えれば何かしら変化が起きてもいい時間が経ってるんじゃないか?」


 一日の内、一定時間だけスポーンモンスターや召喚モンスターが変わるだけかもしれない。それなら計画の大幅な変更はしないで済む。


「うん、よし。とりあえず継続だ。このまま武闘会続けても、次のスポーンモンスターが判明するまでにゴブリンいなくなっちゃうからなぁ。プチワームでも召喚してみるか」


 スポーンモンスターが変わるとは思っていなかったので、現在いるゴブリンの数は少ない。アクシデントによって試合が中断されてしまったのもあって、ついでとばかりにコアは召喚でプチワームを呼び出すことにした。キラキラした幻想的な光景と共にプチワームが創造される。


「おぉ……。これは良いものだぁ。何回でも見ていられるな。ダンジョンの偉大さよ」


 自分に備わった能力、ひいてはダンジョンからの恩恵に惚れ惚れするコア。未だにこの能力を自分が行使している実感が湧いてこない。


 新たに召喚したプチワームは、スポーンしたプチワームとは大きさは大体一緒だった。つまり、言い換えれば多少なりとも誤差は存在するということ。これはコアの考えを後押しするものだ。


 そして召喚した際のエネルギー量だが、これはゴブリン召喚で消費するエネルギー量よりも少しだけ多かった。


「おっと。これはこれは。強さ的にはゴブリンの方が上なのに必要エネルギー量で勝るとはねぇ。これは秘密がありそうですなぁ」


 こういった考えることが大好きなコアは思わずニヤニヤする。このプチワームは、ゴブリンにボディプレスでもされれば倒されてしまう強さしかない。


 それでも必要コストが高いということは、経験から言って進化先に期待できる場合が多い。そもそもワームといえば、とにかくデカくて手に負えなくなるイメージがある。物語では強敵として鉄板の存在だろう。


 それを考えればむしろこのコストなら安いのかもしれない。ここからそこまで進化させるのは大変だろうが。


 しかし問題がある。そう、エネルギーの確保だ。ゴブリンにも使ってプチワームにも使って、という使い方が出来るほどの余裕はない。コアは今のところ、再びスポーンモンスターがゴブリンに戻るものとして、ゴブリンにエネルギーを集中させるつもりだ。


 プチワーム強化には非常にロマンを感じるが、一日サイクルで考えれば恐らくスポーン数は少ないし、コストも高い。数を揃えて精鋭を作り出すのには向いていない。


 プチワームの強化をしないということではないが、優先度ではゴブリンに劣るということだ。


「考えるべきことは終わったかな? あとは時間の経過で判断していくか。さあそれじゃあ試合を再開しようか!」


 コアの威勢の良い掛け声で先程まで戦っていたゴブリン二体が前に出てきた。因みにプチワーム同士の試合はまだ行わない。どっちが勝つかわかり切っているからだ。


 ゴブリンたちの試合はあっという間に終わった。中断するまで劣勢だった方のゴブリンは見ていた以上にダメージが大きかったのか一方的なものだった。コアは追悼と健闘を送る。


 そうして武闘会を続けて全員が一度戦い終わり、休憩させながらいつ再開しようか悩んでいた時、ダンジョン内でプチワームがスポーンした。


 スポーンしたモンスターには部屋まで来るように指示を出しているので自然とこちらに向かってくる。


「丁度良いタイミングで来たな。召喚した方は無傷だし、一度プチワームの力を見ておこうか!」


 比較的コアのいる部屋から近くの場所にスポーンしたこともあって、然程時間を掛けることもなく到着した。二体のプチワームが相対する。


「さあ君たちの力を見せてくれ! 武闘会番外編開始ぃ!」


 コアの掛け声にジリジリと距離を詰めだす二体。残り二メートルとなった時点で動きが起きた。片方のプチワームが力を溜めるかのように体を一瞬縮こませたかと思うと、一気に飛び出した! その勢いのままに体当たりをかますと、大きな口をガバッっと広げて無数にあるギザギザした歯を相手に躊躇なく突き立てた。


「体当たりからの噛みつきコンボ! ワオ!」


 まさか二メートルも飛ぶとは思っていなかったコアが興奮した声を上げる。噛みつかれた方も負けじと噛みつき返す。どうやら筋力は結構あるようで、小さな体で相手を締め上げようとしているようだ。サイズの問題で不格好な巻きつきになってしまっているが、それはそれで頑張っている感が出ていて可愛らしさを感じる。ジャンプ力を生かして飛び掛かり、強く噛みつき絞め殺す。どうやらこれがプチワームの基本戦術らしい。


 一見地味な戦いだが、実際に見ると迫力がある。噛みつきや締め上げで筋肉が千切れたり苦悶の声が聞こえてくるのはなかなかエグイ。この戦闘スタイルだと一度組み合ったらどちらかが死ぬまで終わらないという緊迫感もそれに拍車をかける。


 動きがあまりないまま数分経過すると決着がついた。どうやら飛び込んだ方が勝ったようだ。その時間はゴブリンたちの試合時間よりも少なく感じられ意外に思ったが、そんなものなのだろうと自分を納得させ次に移る。


 この後コアは少し悩んだが、多少の休憩を挟んでプチワームの残り二体で試合をさせることにした。最初にゴブリンに潰されたプチワームと、勝った方のプチワームで同じ程度のダメージだろうと判断したのだ。


 スパルタだが数を揃えられない分、仕方ない。これも限界を超えるため、ひいてはダンジョンのためだ。


 少し元気が無い者同士の戦いは、ゴブリンに潰されたプチワームに軍配が上がった。渾身の噛みつきが炸裂し、短期決戦で幕を閉じた。


「よーしよしよし、良く頑張ったな! 見事だったぞ。あっちで休んでいると良い」


 優しく声を掛けて労わる。プチワーム版武闘会も終わったのでゴブリン戦に戻ろうかと思ったコアだったが、その前に一度召喚に変化がないか確かめる。


「おっ、戻った!」


 そこにはコアの予想通り、召喚可能なモンスターにゴブリンが示されていた。そのことに安堵する。


「やっぱり時間経過かな。プチワームがレア枠で通常がゴブリン。時間帯で召喚できるモンスターも変わると。次にスポーンするのがゴブリンだったらほぼ確定かな」


 大事な情報に進展があったことに喜ぶ。なにより……。


「時間帯によってモンスターが変わるなんて、粋なことするぜ! これだからダンジョンは堪んないんだよな~」


 いつだってこちらの想像の上を行くダンジョンの不可思議さはまるで超一流のエンターテイナーのようだ。この極上の魅力に引き込まれてコアはダンジョンを好きになった。こちらを楽しませてくれるのならば、その思いに精一杯応えるのが生きとし生ける者の義務だろう。


「よし! 気合入ってきたッ! じゃんじゃん召喚してゴブリン強くするぞ!」


 自分が戦うわけでもないのに、むしろゴブリンより気合が漲っているコアにより、地獄の続きが告げられるのだった。









 苛烈な闘争が繰り広げられる中、プチワームが出現する時間サイクルを迎えること四度目。ついに大きな変化が訪れる。


 全身傷だらけになりながらも、荒々しさが溢れるゴブリンの一体が勝利を収めた時、突然身を強張らせ苦し気な声を出し始めた。


「ど、どうした!? 大丈夫か!?」


 困惑するコアを余所にどんどん状態が変わっていく。苦しんでいるゴブリンの周囲に薄緑の、濃密な霧が立ち込めたかと思うと、たちまちゴブリンの姿が見えなくなってしまった。ゴブリンの苦悶の声だけが部屋に響く。


「おいこれって、まさか。きたのか? ついに?」


 期待と不安の合い挽きハンバーグみたいな心で倒置法を使い熟すコアに答えるように、一際強い咆哮が霧の中から轟いた。やがて霧がゆっくりと晴れていき、中から姿を現したのは……。


「ほ、ホブ、ゴブリン……。これが……!」


 ホブゴブリン。ダンジョンコアとしての知識がコアに答えをもたらす。身長は百二十センチ程で、ゴブリンよりも明らかに大きくなった。しかし、更に目を瞠るのはその体格。脚が身長に比べてやや短いのは余り変わらないが、筋肉がしっかり付きがっしりしている。上半身の筋肉は分厚くなり、腕の長さが身長に合うように調整され、取り回しが良くなった。筋肉の筋がくっきり見える太い首に、顔には凶悪さが増し貫禄が出てきた。


 服装は相変わらず腰蓑だけだが、その姿は威容を誇っている。


「強い。これは、強いぞ」


 コアは直感する。ゴブリンとは比べ物にならない戦闘力があることを。あの筋肉の塊に突撃されただけで相当のダメージを受けてしまうだろう。


「マジかよ。これが、進化なのか。その言葉に偽りなし。これが、モンスターの秘めたる可能性……!」


 進化の前と後で別物だと言わざるを得ない。このホブゴブリンを前にして、前世の自分なら勝てるなんて言葉は間違っても出てこない。


 時間にすれば、一体どれだけの年数が経過すればこれだけ生き物が変わるというのだろうか。それをたった数日で実現してしまったゴブリンに感動し、誇りに思う。


「一つの壁を越えたんだな。俺は嬉しいぞ! きっとやってくれると信じていた!」


 元々、モンスターならば、ダンジョンならば、こちらの思いに応えてくれるということに不安はなかった。しかし、コアが想定していたよりも早く、進化という結果を示してくれたことでこれからの展望が見えやすくなった。


「このホブゴブリンなら十分防衛戦力足りえるはずだ! この調子でレッツ進化だ! ヨシ!! ……ふぅ、さてと」


 一頻り騒いだ後に、一呼吸おく。そして、新たに発生した問題に頭を抱えるのだった。


「ホブゴブリンにダンジョンエネルギー吸われてるぅぅぅぅーー!!」

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