第5話 冒険者

 疑問に思ってはいた。ダンジョン内のモンスターたちは数日間何も食べていない。相手に噛みついた時に多少の血や肉などは体に入っているかもしれないが、到底身体を維持できる量ではない。では何故活発に活動できているのか。


「その答えがこれってことかなぁ」


 極々少量のエネルギーがホブゴブリンに流れ続けているのを感じながら呟く。


「恐らくゴブリンやプチワームといった弱いモンスターは、こちらからエネルギーを供給するまでもなくダンジョン内にある自然なエネルギーで生きて行けるんだろう。でも強くなるとそれだけでは足りなくなるからエネルギーを渡す必要があるってことかな?」


 仮説を立てて対策を考えてみるコア。しかし考えれば考える程不味い展開しか思い浮かばない。


 召喚に大方のエネルギーを割かなければいけないのに、進化したモンスターが増えればその分負担も増える。強いモンスターを求めているのに、強くなればなるほど吸収されるエネルギーは増えていく。


「いや不味いなこれ、本当に。エネルギーの確保方法を見つけないと最悪詰むぞ。エネルギーが枯渇したらモンスターたちはどうなる?」


 生きるためにエネルギーを必要としているならば、それが無くなればどうなるかは必然。そしてコア自身もどうなるかわかったものではない。


 頭を高速で回転させて打開策を考える。幾つかの案が浮かぶが、いずれもリスクを伴う選択であり、今はまだその時ではないと判断する。


「今やっておくべきことは防衛戦力の確保。これが第一だ。ペースを考えながら武闘会は続行する!」


 難しい舵取りを迫られるコア。今、その手腕が問われようとしていた……。









「ここが話にあった例のダンジョンかぁ。まぁ普通の洞窟って感じだな」


「出来立てなんだから当たり前だろ。それより油断し過ぎだぞベック。俺より前に出るな」


「そういうお前だっていつもより軽装じゃねーか。大体、出来立てでモンスターもゴブリンじゃ油断するなって方が難しいぜ」


「まだ宵の間のモンスターはわかっていません。出来立てダンジョンで傷を負ったなんて知られたらパーティーの評価が落ちますから自重してくださいベック」


「わーってるよ」


 街の近くに新たにダンジョンが発生したかもしれない。そんな知らせが冒険者ギルドに届くと、冒険者ギルドのギルド長は真実を確かめるべく迅速に行動を開始した。


 その行動の一環として調査隊として派遣されたのが、ヘルカンの街の冒険者ギルドに在籍する中堅冒険者『銀の翼』の三人だった。今回の調査隊にはここにギルド職員一名が加わっている。


「しっかしギルド長の決断は早かったな。隣村の奴が受付に話してから三十分も経ってなかったんじゃねぇか? その日の内に調査隊組んで行かされるとは思わんかったわ」


 ダンジョン内は何も無さ過ぎて暇なのか、戦士であるベックが軽口を叩くと、


「このダンジョン次第ではヘルカンの街の、今後数十年の繁栄が約束されますからね。隣のトマス村も恩恵を受けるでしょうし、領主様も動くでしょう。ギルド長が急ぐのもわかるというものです」


 パーティーの頭脳である魔法使いのカイトが冷静に答える。新ダンジョン発見の報がもたらされたのは昨日の昼頃だった。その日は休みの予定だった銀の翼だが、情報収集を欠かさないパーティーの斥候であるギルは当時冒険者ギルド内におり、そこをギルド職員に見つかって白羽の矢が立てられた。そこから慌ただしく準備して追いやられるように出発させられたからか、ベックには若干不満の色が見て取れる。


「つーことは重要な任務ってことだな。その任務を任されたってことは、俺らのパーティーはギルドからそこそこの評価を得ているって解釈してもいいんかねえ。ミンク君?」


 このパーティーを組んでそこそこの年月が経ち、相手のことも理解しているので、ベックのフォローをすることもなく若いギルド職員に質問する斥候のギル。


 そんな様子を見て苦笑いを浮かべながらギルド職員ミンクが答える。


「ええ、そうですね。銀の翼の皆さんは依頼達成度も高くて毎年の成長具合がしっかり確認できていますから。それに素行が悪くて問題を起こしたこともありませんし、きっと今回の件もギルドでプラス評価されるでしょう」


「おっそうかいそうかい。なら一丁頑張らないとな、なあベック?」


「わーってるって!」


 終始和やかに一行はダンジョンを進む。


 ある程度進むと、今度は先頭を行くギルが口を開いた。


「こんなに何も無いものなのか? 罠も無いしモンスターも全然出てこねえ。まさかただの洞窟に来ちまったんじゃねえか?」


「いえ、それはありません。洞窟に入った瞬間に『空間を越えた』ことはしっかり確認しています。間違いなくダンジョンですよ」


 ギルの言葉をミンクがはっきり否定する。四人とも仕事柄、ダンジョンは身近な存在ではあるが、出来立てのダンジョンに入るという経験がなく、勝手がわからないのだ。


 いや、この四人だけではない。未だダンジョンについてはわかっていないことが多く、この大陸にある全ての国がダンジョンに関する情報を欲している。今回、出来たばかりのダンジョンを発見できたことは実は非常に価値があることで、それが理解できるからこそギルド長は即断即決で行動したのだ。


「今回は一先ず、ダンジョンの半分まで進むことが目標です。罠やモンスターが出てこなくても、それはそれで報告になります。今回の依頼には影響はないので安心してください」


「ダンジョンの半分って、どうやって判断すんだ?」


 疑問に思ったベックがミンクに聞く。するとミンクは手に持っていたバインダーを脇に抱え、腰に吊り下げていた袋から緑色をした小ぶりの美しい水晶を取り出した。


「皆さんにはあまり馴染みがないかもしれませんね。これは『開拓の導き』というマジックアイテムでして、ダンジョンの進行度と共に上から色が変わっていくというアイテムなんですよ。つまりこの水晶の半分まで色が変わったら、丁度ダンジョンの半分まで到達したことになります。因みにダンジョンに入ったということもこの水晶で確認しました。元は淡い青色なんですよこれ。周囲の魔素の質が変化すると色を変えるんです」


 銀の翼の面々が興味深そうに水晶を見つめる。確かに水晶は上部の色が濃くなっていた。


「以前、そういうアイテムがあるという話は聞いたことがありますね。確か高価なアイテムだったはずですが」


「はい。流石カイトさんですね。開拓の導きは数が少ないということもありますが、利用方法が限定的ということもあって値が張ります。これをポンと渡してくるギルド長の本気具合が伝わってきますね」


 知識層が話し合っていると、その横ではコソコソと別の会話がなされていた。


「おい、なんで利用方法が少ないと値段が高くなるんだ?」


「知るか。……それよりも、来るぞ!」


 ギルの言葉に全員の顔色が変わる。それは正しく命の危険に日々身をさらしている冒険者に相応しいものだった。しかしそのキリッとした顔も長くは続かない。


「まー、ゴブリンだよな」


「ゴブリンだな」


「ゴブリンですね。しかも単独武器無し。出来たばかりのダンジョンとしての裏付けの一つになるでしょう」


 現れたゴブリンを見て明らかに気の抜けた表情を浮かべる『銀の翼』、もとい、ベック。しかし仕事はしっかりとやるようだ。


「じゃあ俺が相手するぜ! 馬車で座りっぱなしだったから身体動かしてえんだよ、いいだろ?」


「座りっぱなしだったのは全員一緒だっつの。ったく好きにしろ」


「あ、ベックさん! すぐ倒しちゃ駄目ですよ?」


「おう! まずは防御だろ?」


 ミンクの言葉に鈍い銀色をしたカイトシールドを身構えるベック。それに構わずゴブリンは突撃を仕掛ける。しかし、何も考えていない我武者羅な突撃は、これまでたくさんのモンスターを相手してきたベックには軽すぎた。


 盾に突撃し、盾を殴りつけただけ自ら傷ついていくゴブリン。そんな様子を十分に観察し終えたミンクから指示が出る。


「ベックさん! もう大丈夫です。攻撃に移ってください」


「あいよー」


 一閃。


 一歩踏み込み、愛用のロングソードを右手一本で振り抜く。ベックの剣はゴブリンの首に的確に吸い込まれ、一撃で首を刎ね飛ばした。力なくゴブリンの体が地面に倒れ伏す。


「一丁上がりっと」


「ご苦労様ですベックさん。戦った感じはどうでしたか?」


「ゴブリンの中でも弱い方じゃね? 手応えは全くなかったな」


「そうですか。見ている限りこちらも同じ印象を抱きました。念のため、あと数戦は様子を見ながら戦ってください」


「はいよ」


 剣を軽く掲げて気軽に返事をするベック。四人はダンジョンを進んで行く。


 行き止まりにあいながら進み、二回ゴブリンと遭遇して同じように戦った後、ベックが良いことを思いついたとばかりに発言した。


「なあなあミンク。このダンジョン、ヒヨッコ共に使わせてやったらどうだ? モンスターと安全に戦える場所なんか限られてるしよ。良い経験積めるんじゃねえか?」


 ベックにしては良い発言をしたことに、内心少し驚くミンク。


「そう、ですね。重要度が高いダンジョンになりそうですから新人さんたちだけ来させるのは厳しいでしょうけど。帰ったらギルド長に報告してみますね」


「ベックにしては良いこと言うじゃねえか。俺らん時は『紅蓮の洞』でウルフやバットとやるしかなかったからなあ。あの頃は生傷だらけだったな」


「ふふ、懐かしいですね。新人用に鍛える場所ができたとなればヘルカンの街に来る人も増えるでしょう。良い考えだと思います」


 ヘルカンの街は元々穀倉地帯として有名だったが、十年程前にほど近い場所にダンジョンが発見されてから大きくその様相を変えた。ダンジョンを目的とした冒険者ギルドが設立され、各地から腕自慢が集まってきた経緯がある。


 その時見つかったダンジョンこそが『紅蓮の洞』と呼ばれるダンジョンであり、今は主に中級者以上の冒険者を対象としている。しかし中級者を対象としていると言ってもモンスターと戦う機会があるのは未開の地かダンジョンぐらいのもので、初心者が経験を積もうと考えたならば、その場所は自然とダンジョンしか選択肢がなくなってくる。


 しかし、ダンジョンと一口に言ってもたくさんの違いがある。そのダンジョンが、初心者が安全にモンスターと戦えるダンジョンであるとは限らない。現に『紅蓮の洞』の第一層に出てくるモンスターはウルフとバットであり、しかも一度に二、三匹襲ってくる。


 ヘルカンの街で冒険者を始めようとすると、これらの問題をクリアしなければならないので少々ハードルが高いのだ。そんな現状で出現したのがこのゴブリンのダンジョンであり、これが人を集める呼び水になるのではないか、とミンクやカイトは推測していた。当然ベックにそこまでの考えは無い。


 自分の発言が珍しく肯定されたことに気分を良くしたベックが意気揚々としていると、やがて開拓の導きの色が半分まで変わる地点に到達した。どうやら分かれ道になっているようだ。


「ここら辺で丁度半分のようです。私の予想より広かったですね。後は先に進まない方を少し調べてから帰還しましょう」


「ダンジョンによって大きさは変わると言いますが、初めからここまでの大きさとは私も意外でしたね。因みに半分までしか進まない理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「はい。何でもギルド長曰く、『ダンジョンを必要以上に刺激しないため』だそうです。それ以上は教えてもらえませんでしたが」


「ほう。ダンジョンを刺激しないため、ですか。まあ、まだこのダンジョンに対する基本スタンスも決まっていないでしょうし、無難にいきたいといったところでしょうか。しかしダンジョンはまだまだ知らないことが多いですね」


 ダンジョンに関する研究は各国が挙って力を入れているが、その研究成果を把握している者は少ない。国でも上位貴族であったりギルドの幹部クラス、情報に長けた一部の商人ぐらいのものだ。ダンジョンをどれだけ上手く活用できるかどうかは、その国の発展に大きく関わってくる。ダンジョンの情報というのはその国の財産という扱いであり、他国に自国の研究結果が流れるのを良しとしない。したがって、ミンクや銀の翼の面々のような者たちはダンジョンに関しての知識には限りがあるのだ。


「ま、大事なことは俺らにも言ってくれるだろ、流石に。それよりも俺的にはモンスターの少なさや罠が無いことの方が気になったな。ここまでゴブリンしか出てきてねえし、特化型かね?」


「まだ三体しかモンスターが出てきていないので何とも言えませんね。宵の間のモンスターは数が少ないですから。帰り道で遭遇できれば楽なんですけど、ゴブリンでこの遭遇率では期待できませんね」


「ゴブリン特化だったらますます新人向けになるな! 俺冴えてる!」


「はいはい」


 ギルが軽く流す。銀の翼は楽観的なベックに慎重なカイト、バランスを取るギルと、なかなか役割分担がしっかりしているようだ。


「帰りに宝箱でも見つかんねーかな」


「あるわけねえだろ。帰ってからの晩飯でも賭けるか? 俺は無いに一票」


「私も無いに一票」


「あ、僕もです」


「ちょちょ、待てって! 本気じゃねーから!」


 笑いに包まれながらこうして今回の調査依頼は何事もなく無事に終了していった。彼らの行動を具に観察していた者がいることに、最後まで気付くことなく。

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