第3話 狂気

 これからのダンジョン防衛の方針をモンスター特化に決めたコア。勿論その結論に至ったのには理由がある。


 まず拡充。現在保有しているエネルギーではダンジョンを拡げたとしてもたかが知れている。仮にダンジョン内をアスレチックのように凸凹に作ったところで、塞げない以上はいずれ踏破されるし、そもそもエネルギーが足りるかわからない。


 モンスターが奇襲し易い地形に整えるのは良いかもしれないが、そもそもそのモンスターがゴブリンだ。しかも武器も持っていない。対費用効果に期待できないと判断した。


 次に罠設置。現状では歩きにくくなるだけだ。捻挫にでもできれば御の字だろう。


 以上の点からも消去法的にモンスター特化、つまり召喚となる訳だが、そもそもモンスターというのはロマンの塊だ。例えそれがゴブリンだとしても、その可能性はダンジョン狂いのコアをして推し量ることは出来ない。


 これはゲームの話になるが、モンスターというのは大体の種において進化を果たすものだ。進化したモンスターは、進化する前と比べると大幅に強化される。


 この世界においてゲームの話が参考になるのかという疑問もあるが、コアは大いに参考とすることに迷いはない。何故なら、ゲームの設定とはその世界観に精通する大勢の人間が議論を重ねて生み出した時間と労力の結晶だからだ。


 よしんば差異があったとしても修正していけばよいだけ。その程度の調整力も持ち得ないコアではない。


「ゴブリンの進化先というとホブゴブリン、若しくはジョブ名が付いたゴブリンかな? 種類がたくさんいるよやったね! くー、進化先に至る条件を一つひとつ特定していきてぇ」


 まだ先のことなのに妄想が膨らむコア。凝り性の一面も見え隠れし始めるが、どの道そんな時間は無いのが辛いところだ。


 モンスター特化に決めた理由は他にもある。それは、この世界が現実であることに起因する。つまり、人間が一人ひとり能力に違いがあるように、モンスターにもそれぞれ個体差があるだろうということ。


 現実における能力の差は、ゲームの数値以上の差として表れるはずだとコアは考えた。力の強さ、足の速さ、頭の良さなどのように、人間でさえ明らかな違いが出るのに、それが進化を有するモンスターだった場合はどれだけの違いとなるだろうか。


 もしかしたらゴブリン一体で人間一人に対して時間を稼げるようになるかもしれない。ホブゴブリンになれば戦士と対等に渡り合えるようになるかもしれない。


 そう思うだけでコアはワクワクが止まらない。表情が見られるのならば、思いっ切りニヤけていることだろう。


「ゴブリンが強化されれば罠設置や拡充との組み合わせにも意味が出てくる。だからまずはゴブリンの強化から始めよう!」


 明確になった目標に対して行動に移すコア。しかしその方法は通常では考えられないものだった。









 コアにはダンジョンビルドに際しての明確な優先度が存在する。まずはダンジョンそのものが第一。要はダンジョンビルドが続けられなくなる状況を最も避ける。


 この世界でいうならばコアが破壊されればダンジョンそのものが終わることを感覚で理解しているので、自分の身を守ることが一番に優先される。


 これは当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれないが、例えば苦労して作り上げたダンジョンの景観であったり、時間を掛けて育て上げたお気に入りのモンスターだったりを、目的のためであれば潰すことに躊躇しないということだ。


 誰だって時間と労力を掛けて作り出した成果を潰すことには躊躇うだろう。人によっては最後まで選択出来ずにゲームオーバーになるかもしれない。


 ゲームの世界でさえ優先度がはっきりしていたコアが、実際に『生きている世界』で選択を迫られたらどうするか。最早彼に間違いが起きることは有り得ない。


 ダンジョンの存続。そのためならば、時に非情な選択をとるのが、このコアという存在なのだ。それは、この世界に来て我が子同然となったモンスターでも、変わらない。









「第一回! ドキッ! ゴブリンだらけのサバイバル武闘会、開さーー~い!!」


 元気よく宣言したコアの前にはダンジョン内にいたゴブリン、そして召喚によって創造したゴブリンの全てが集まっていた。その数は大幅に増えて三十体。あまり広いとは言えない最奥の部屋に集合したので圧迫感があった。


 コアがここにゴブリンを集合させたのは、言葉からもわかるようにゴブリン同士を戦わせるためだ。それはゲーム的に言うなら経験値稼ぎ、そしてレベルアップを期待してのことだった。


 モンスターが進化するためには経験値が必要不可欠。しかし、このダンジョンには今まで人はおろか動物の一匹さえ入って来ていない。これでは経験値など稼ぎようがない。


 そこで方法としてとったのが、ゴブリン同士での戦いだ。それも、ただ戦っただけで経験値が溜まっていくかは不明なので、どちらかが死ぬまで戦わせる。それを繰り返す。故にサバイバル武闘会だ。


 コアはこれにより精鋭を生み出そうとしていた。この過酷な闘争を生き抜くことが出来る特別な個体を。力、戦闘センス、そして運すらも兼ね備えた、完璧なゴブリンをだ。


 しかしこの方法には懸念材料がある。それはゴブリンたちの初期レベルの差の有無だ。


 例えば五レベルの凡庸なゴブリンと、一レベルの素質があるゴブリンが戦い、凡庸な方が勝ち残ってしまったら意味がないということ。そして、そのレベルを調べる方法が無いということだ。


 ゴブリン同士の力の差が、レベルからくるものなのか、個体差によるものなのか。その判断が付かない限り、この武闘会は意味をなさない恐れがある。


 だが、コアの考えは違う。


(多少のレベル差で負けてしまう程度の特別なんていらない。求めているのはそういう次元の個体じゃない。そして、持たざる者が生き残れるほど温い戦いにはならない)


 目の前にひしめくゴブリンたちを見ながら思う。これから凄惨な光景が続いていくはずだ。三十体の中の勝者で終わりではないのだから。


 数が減ればその都度補充される。残っているダンジョンエネルギーは全て召喚に充てていく。潤沢にあるわけではないが、スポーンも含めて相当数になるのは間違いない。


「……始めるか」


 誰にも聞こえない程小さな声がコアから漏れた。


 無作為に選んだゴブリン二体を前に進ませ向かい合わせる。サバイバル武闘会の始まりだ。


「最強目指して勝ち残れ! 試合開始ーー!」


 コアの号令と共に、ゴブリン二体が濁音交じりの雄たけびを上げながら駆け出した。コアはホッと小さく安堵する。


(命令が命令だからな。言うこと聞いてくれない恐れがあったけど、一先ず大丈夫そうだ)


 コアの心配を余所に、ゴブリンたちは与えられた命令を全うする。機敏とは言えないながらも細い脚で可能な限り速く相手に詰め寄る。その姿は不格好だったが、目を見開き、襲いかからんとする姿は正しくモンスター。コアはゴブリンに対する認識をすぐさま改めた。


「鬼気迫るとはこのことか」


 激突する両者。ギラついた眼。歪む表情。生に執着する咆哮。振り回した拳が肉を叩き鈍い音が響き、突き立てた牙が鮮血を垂れ流す。


 死に物狂いを体現するゴブリンたちは、それを見ている周りの者たちに恐れを抱かせるには十分な存在だろう。彼らは確かに弱いかもしれない。しかし、確かに他の存在を害せるれっきとしたモンスターに変わりはないのだ。


 数分後、ボロボロになりながら勝者が決定した。力の差があまりなかったのだろう、生き残った方も血だらけ打撲だらけの死に体になっている。


 コアは両者の健闘に惜しみない賞賛を送った。もしコアに顔があったなら、泣きながら笑っていただろう。非情な選択が出来ることと、感情はまた別なのだ。


 ダンジョンの未来のために全力を尽くした可愛い我が子らに対して心からの感謝を忘れない。コアのダンジョン理念の一つであった。


 ゴブリンの亡骸は部屋の隅に丁重に移動させて次の試合を行わせる。


 ゴブリンの戦いというのは、基本的に相手に突っ込んで行って殴ったり嚙みついたりという手法をとるようだ。そこに戦闘技術などは見られず、我武者羅に戦う様子が続いていく。


 そんな試合が続き、四体目の亡骸を移動中のことであった。一体目の亡骸が地面に沈んでいくのにコアが気付いた。


「! ダンジョンによる吸収か。成程、こんな感じなんだな」


 その光景をコアは興味深そうに見る。吸収するものがある地面が沼のような状態になり、音も無く沈み消えていく。それはまるでダンジョンの抱擁。ダンジョンで生き、ダンジョンで死んだ者に永遠の安寧をもたらすかのように思えた。


「死後もなお、ダンジョンの一部となれるなんて。それは何と幸せなことだろうか。お前たちの死は決して無駄にはしない。どうかダンジョンと共に見守っていてくれ」


 コアが決意を新たにしていると驚くべきことが起きる。ゴブリンがダンジョンに吸収されたことでエネルギーが僅かに増えたのだ。死してなおダンジョンに報いてくれる我が子らに、コアは出ない涙を禁じ得ない。


「お前たち……」


 言葉にならないコア。これから頭を悩ませるであろうエネルギーに関して、増やし方の一つがわかったことは大きい。一先ずは、召喚できるゴブリンの数が増えることで、より計画が進みやすくなるだろう。


「これもダンジョンの思し召しか。ありがとうございます」


 ダンジョンに感謝を捧げから、しんみりした自分を奮い立たせるように次の試合を宣言する。


「よし! ダンジョンの加護が付いてる我々の今後は万全だ! 張り切っていこー!」


 試合開始の合図と共に激突するゴブリンたち。ダッシュパンチからの取っ組み合いに移行する。


「よーし、いけ! 頑張れファイトだ! そうだヨシ! うんうん。……うん?」


 相も変わらず熱心に応援するコアは、ふと、この最奥の部屋に入ってきた存在に気付いた。現在、スポーンしたゴブリンたちは、試合をさせるためにこの部屋まで来るように指示してある。


 今も新しく生み出されたゴブリンが入ってきたのかと思いきや、そうではなかった。コアが意識をそちらに向けると、地面を這いずる小さな生き物が目に映る。


(な、なんかいるーーーー!?)


 そこには小さい体を必死にくねらせて移動を続ける芋虫のような生命体がいた。ぶよぶよした体は全体的に灰色寄りの白色で、長さは三十センチ、高さは十センチ程か。特徴的なのは大きな口で、体の進行方向、一面が全て口となっている。輪っかに並ぶようにギザギザした歯が二重に生え、その異様を表していた。


 プチワーム。コアにインプットされている知識が、突然の闖入者の正体を導き出した。


「なんっ、どっから出てきた!? え、なんで?」


 突然のことと、新しいモンスターが出現したことで嬉しくなってしまったコアは少々取り乱すも、直ぐに思考をまとめ始める。


 コアは武闘会の最中もダンジョンの出入口には気を配っていた。つまりプチワームは外からの侵入者ではない。このダンジョンで生み出されたモンスターだということだ。


 しかし、何故突然ゴブリンではなくプチワームが出てきたのかかがわからない。


「どういうことだ。スポーンするのはゴブリンだけじゃないのか? 条件がある?」


 コアが考えている最中もプチワームはコアからの指示を守るために進み続けていた。試合をしているゴブリンたちの邪魔にならないように脇を通り抜けようとするが、突然プチワームを大きな影が覆った。


 試合は取っ組み合いの最中だったが、片方が首元を噛みつかれ戦いの均衡が崩れる。大きく押し込まれ、倒れ込む先には幼気なプチワームの姿が!


「ピギュアッ!?」


「プチワーム君!?」


 


 大ダメージだ!

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