第2話 コアの能力

 初めての召喚により明らかになったダンジョンエネルギーの存在に頭を悩ませる。ダンジョンコアとしての能力を使用する時にはこのエネルギーを消耗することが予想されるが、補充方法が明確でないからだ。


 エネルギーを意識してみると、微々たる量ではあるが溜まっていっているのがわかる。感覚からして、どうやら出入口からエネルギーが流れてきているようだ。


「何もしていなくても少しずつ回復するのは助かるな。それでもゴブリン一体召喚分を稼ぐのにも時間がかかる量しかない。何か他の方法を見つけるのは必須だな」


 懸案事項をしっかりと心のメモ帳に書き込んで次の能力の確認に移る。


「次は罠設置だな! ダンジョンの代表的な力の一つだ。テンション上がるぜ!」


 罠設置――ほとんどのダンジョンにある有名な防衛機構。ダンジョンによってその数や種類は千差万別であり、脅威度も異なる。散発的に侵入者への嫌がらせ目的程度に設置されている場合もあれば、計算高く配置することで、罠だけで侵入者の命を刈り取らんと襲いかかってくるダンジョンもある。


 熟練者によって作られた罠特化ダンジョンの、なんと美しいことか。侵入者の行動・思考を読み切り、移動した先々で連続展開し侵入者を巧みに追い込むその様は正に芸術だ。


 コアは前世、そこまで罠設置を極めることはできなかったが、かつての同志の中には罠設置に人生を捧げてるような変態もいた。罠の効率、意外性、見た目の美しさに至るまで考慮された彼女のハイセンスには嫉妬したものだ。


「ふふ。懐かしいな。ついぞ彼女には敵わなかったが、色々勉強することはできた。その経験をここで活かすとしよう」


 過去の思い出に浸りながら罠設置の能力を行使すると、コアの脳内に設置可能な罠が浮かび上がる。


「むむ。これは、落とし穴か! 成る程、興味深い」


 ゲームによって落とし穴と言っても種類があった。単にダメージを受けるもの。拘束状態になってしばらく動けなくなるもの。はたまた下の階層に強制移動させるもの。


 このダンジョンにはまだ下の階層がないので、単純に移動阻害やダメージを与える類のものだろうと当たりをつける。


「あとは消費されるだろうエネルギーとか懸念事項はあるが、とりあえずやってみないことには始まらないからな。よし、落とし穴設置だ!」


 コアが能力を使うと、まずどこに落とし穴を設置するのか選択肢がでてきた。それによると、基本的にダンジョン内ならどこにでも設置できるらしい。


 ダンジョンは大小様々ないくつかの部屋と通路で出来ている。設置場所が無数にあるため、どこに設置するかはコアのセンスが問われるだろう。


 しかしながら今回は検証の意味合いが強いので、とりあえず直近の部屋に設置することにした。場所を決定すると、コアの中からエネルギーが消費される感覚がする。それと同時に、指定した場所が一瞬白く光ったかと思うと、ボコッという音と共に直径一メートル、深さ二十センチ程の窪みができた。


「おお!」


 初めての罠設置にコアが興奮を表すように声を上げる。如実に変化する目の前の光景を見ながら、この秘技を見逃さんと見つめ続ける。


「……」


 しかし、最初の変化以降どれだけ待っても落とし穴が作られる様子は見られなかった。


「ん? エネルギーは消費したよな? どういうことだ。まさか重ね掛けして作るとか、そういう感じか?」


 想定していたよりも変化が少なかったことに、つい、無い首をかしげるコア。ゲームならばダンジョンによって仕様の違いがあるものだが、この事態は想定していなかったためコアは困惑する。先程の落とし穴一回分のエネルギー消費量は、ゴブリン召喚時に比べるとやや少ない程度で済んでいるが、もし重ね掛けして穴を深くしていくタイプだった場合、ちゃんとした落とし穴一つ作るのに掛かるコストは馬鹿にならなくなってしまう。


「いや、悩ましいところだが、とりあえずは能力を正しく把握することが先決だ。考えられることを試していこう」


 コアは落とし穴の重ね掛けを試すために、同じ場所に再度落とし穴を設置する。しかし、エネルギーが消費されることもなければ、何かが変化する様子も見られなかった。


「……どういうこっちゃねん!! まさかこれあれか? 出来立てダンジョンだから落とし穴もこんな感じです的な? ダンジョン成長しないと罠も成長しません的なやつですか!?」


 貴重なダンジョン防衛手段の一つが使い物にならないかもしれないという事実にコアは思わず声を上げる。


「おま、これはアレだぞ! アレ! そう、この、段差ッ! そう、ただの段差だぞ!? これを落とし穴と言うその勇気、尊敬しちゃうねッ!!」


 ハアハアと息を切らしながら全力でツッコミを入れたコアは、息を整えると何故かやり切った顔していた。


 ダンジョンを愛する者にとって、ダンジョンのありのままを愛することは至極当然のこと。想定外のことが起きようとも、それはダンジョンの『お茶目』であり、それに対してツッコミを入れるのはマナーなのだ。


「フフフ。我ながら中々のツッコミだったのではないか? 昔はこういったことは苦手だったが、この特殊な状況下で咄嗟に反応できるとは。俺も上達したものだ」


 一通り自分に満足した後は再び罠について考察する。特に罠については検証事項が多く存在するため、抜けが無いように注意しなければならない。


 少なくないエネルギーを消耗してわかったことは、罠の重ね掛けはできない、罠で通路や部屋を塞ぐことはできない、一度設置した罠は戻すことができる、罠を戻す時に設置した際の約半分程のエネルギーが還ってくる、罠の大きさ・深さを変えることはできないということだ。


 今後ダンジョンや罠設置が成長することで変化するものもあるかもしれないが、現状の結果はこうなった。


「概ね予想通りって感じかな。あとは罠の種類の増やし方とか知っていきたいね」


 時間をかけてねっとりと調べ終えたコアはスッキリした顔をしながらそう締めくくった。


 残った能力は『拡充』だ。名前からしてダンジョンを広くするために使う力だと予想がつく。


「問題は広げていくのにどれほどのエネルギーが必要になるか、だな。」


 ダンジョンは広ければ広いほど防衛し易くなる。しかし、広大なダンジョンを作るには規模に比例して莫大なエネルギーが必要になるだろう。


 既に召喚、罠設置と、エネルギーの使用先がわかっているので、拡充にばかり使う訳にはいかない。


「まあとりあえず毎度の如くやってみるか! 拡充!」


 コアは一先ず、行き止まりになっている通路の先に対して拡充の力を行使する。すると力の使い方がコアの頭の中に流れてきた。どうやらかなり融通が利く能力のようで、詳細に広げる範囲を決めることができるようだ。


「むむ。これは自分の思う通りのレイアウトが実行可能ではないか! 何て素晴らしいんだ!」


 それは選択肢が多岐に渡ることを意味しているが、何千何万回とダンジョンビルドイメージングを繰り返してきたコアからすれば何も問題はない。むしろ理想的な能力だ。


「おいおいおい、こんなの楽しくなっちゃうに決まってるだろ! エネルギーは有限なんだぞ!? コンチクショーめぃッ!」


 今まで想像上でしか出来なかったことが現実として出来る。それも自分が大好きなことをだ。拡充にエネルギーを使い過ぎてダンジョン防衛に失敗する危険が誕生した瞬間だった。


 何はともあれ、どれだけエネルギーを使うかわからなければ話にならない。コアは脱線しまくりの思考を戻して壁を広げることにした。


 能力の示すままに少しだけ壁を削ってみる。しかしエネルギーは消費されない。あれ、と疑問に思いつつももう少しだけ削ってみる。エネルギーは消費されない。


「ま、まさか……。ありえるのか? そんなことが。いや……」


 まさかの事態に戦慄するコア。全身をプルプル震わせて冷静に努めようとする。今、コアの中では喜びが爆発しそうになる気持ちと、有り得ないと考える思考がせめぎ合っていた。


 無限にダンジョンを拡充し続けられるということ。コアが考えるに、これは『強すぎる』のだ。簡単に言えばどこまで進んでもダンジョンの最奥に辿り着かない程広く作ってしまえば、モンスターも罠も存在する意味が無い。


 要はバランスの問題。一層の広さに限界があるならまた話は変わってくるが、それでも使い方次第では非常に強力な能力であることに変わりはない。


「とりあえず掘り進めてみよう。どこまでも掘れるならそれでよし。途中で変化が起きるならそれはそれだ」


 未だ気持ちは定まらないが検証を続行するコア。先程削ったところから真っ直ぐに進めていく。


 壁を掘り始めて長さが一メートル程になった時、唐突に壁の色味がほんの少し青を含んだものになった。おっ、と思いながらその壁を削ると、案の定コアの身からエネルギーが消費された。


 削った量が少量だったこともあり、注意していないと気が付かない消費量だったが、予め警戒していたコアには辛うじて感じ取ることが出来た。


 それから脇の方の壁や天井、地面、はたまた全く関係ない別の場所にある壁を掘ってみたりしたが、全て一メートル程で色味が変わり、そこから先はエネルギーを求められた。


「成る程。つまり一メートルまでなら自由に遊、ゲフン。創意工夫出来るということだな。壁を戻す時はエネルギーを消費しないようだし、これを活用しない手はないな」


 たった一メートルだが、コアほどのダンジョンを愛する者となればその利用法は幾らでも思いつく。しかしながらそれは危機的状況が差し迫っている現段階でやることではないため、涙を飲んで我慢することにする。


 因みに青含みの壁を削った後に元に戻し、また同じ場所を削る場合はエネルギーを消費しなかった。エネルギーに余裕がある時は先に壁を削っておくというブルジョワな選択肢もあるかもしれない。


 また、ダンジョン最奥に通じる通路、又は部屋を壁で塞ぐことは出来ない。これは罠設置も同じだったが、恐らく獲物を誘き寄せて糧とするダンジョンの特性上、攻略不可能となるダンジョンビルドは出来ないのではないかとコアは考えている。


「さて、これで一通り検証し終えたかな。大分エネルギーを消耗してしまったが必要経費だ。実に有意義だったな」


 召喚・罠設置・拡充という自分の能力について理解を深めたところで、今後のダンジョン運営におけるスタンスを決めていく。正直まだ最低限の検証しか出来ていないし、わからないこともたくさんある。しかし、圧倒的に情報が不足しているからこそ動くべきだ。


「この状態で考えても想定外の出来事に直面する確率は非常に高いからな。そうなったら思考にかけた時間が全て無駄になる。それは避けたい」


 自らの考えを肯定するかのように呟き決意を新たにする。用いることが出来る手段を整理して、選択する。


「弱いモンスター、罠とも言えないような罠、エネルギーの関係ですぐに限界がくる拡充」


 列挙すると絶望的に感じられる選択肢。しかし、コアには既にこれからのビジョンが見えていた。コアが選んだ選択肢は……。


「モンスター特化だ!」


 その姿は自信に溢れており、ダンジョンの秘めたる可能性を微塵も疑っていなかった。

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