ダンジョニスト・ダンジョン
四つ折ティッシュの角
一章 世界の創造者
第1話 ゴブリンの秘部
とある洞窟があった。上下左右硬そうな土壁は仄かに光を放ち、日の光が無いというのに薄暗い程度に見渡すことができる。数字の八に所々短い毛が生えたような形をしているその洞窟の最奥。二十メートル四方程の空間の中央には、地面から一メートル程浮いている球体状の物体があった。
見る角度によって青から灰に色を変える直径三十センチ程の不思議なそれは、もうかれこれ半日以上、ずっと高笑いを続けていた。スパイラル回転しながらも縦横無尽に飛び回る玉の笑い声は喜びに溢れており、聞く者に心底嬉しいのだろうと思わせる。抑えきれない感情が時間の経過と共に漸く下火となってくると、やがて笑う玉にも冷静さが戻ってくる。
「さて、そろそろ考えないとな」
その声は先程まで狂ったように笑っていた者とは思えないほどの冷静さを感じさせた。
(望外の喜びについ我を忘れてしまったが、いつまでも笑っている訳にはいかない。切り替えなくては)
この千載一遇のチャンスを失う訳にはいかないと玉は思う。この不思議な玉は元は人間の男だった。何が起こったのか玉に知る由はなかったが、ある日突然、寝て起きたらこの状態になっていた。驚き戸惑う玉であったがそれもすぐに吹き飛んだ。
まず、玉はその場からほぼ動くことはできなかったが、部屋唯一の出入口の先はどうなっているのか、と考えると洞窟全体を把握することができたのだ。広さ的には大人が迷わずにランニング程度の速さで進めば、十五分程で奥まで辿り着ける。洞窟内部をじっくり見て回れば数時間はかかるであろう規模だった。
それ以外にも玉には身の内に特殊な力が宿っていた。本能の囁きに従い力に意識を向けるとその全容がわかってくる。玉の脳裏に浮かぶその内容は『罠/召喚/拡充』だった。
放心する玉が「これは……」等と呟いていると決定的な出来事が起こる。それは洞窟内での変化。玉は洞窟内部に気を配っていた訳ではないのだが、その変化が手に取るようわかった。
(何か……いる!)
玉は大急ぎで洞窟内に意識を向けた。すると洞窟の丁度中間あたり、先程まで何もなかったはずの場所に、二本足で立つ生き物を発見したのだ。
それは全身緑色で身長は百センチ程。脚は細く短めで素早い行動はできそうにない。逆に腕は比較的長く、多少筋肉に覆われていることもあり、上半身主体の生物であることがわかる。粗末で草臥れた腰蓑しか身につけていないその生物の顔は醜悪。猿と蝙蝠を足して眼を鋭くした感じの顔をしており、口の両端には上向きに生えた小さな牙。頭は禿げ上がっていた。
「……ゴブ……リン?」
玉は初めて見るその生物がゴブリンであると直感的にわかった。それもまた玉としての知識であり力だ。ゴブリンは周囲を見渡した後、やがて洞窟内を歩き出した。
玉はゴブリンの後ろ姿を呆然と俯瞰しながらもこれまでの情報を整理する。自分の形状、宿った力。周りの洞窟。そして突然現れたモンスター。
「これはもう、間違いないだろう。ここは……ダンジョンだ! そして俺はダンジョンコアに生まれ変わったんだっ!!」
元々玉の新しい体に宿っていた予備知識のようなもので自分がダンジョンコアになっていたことはわかっていたが、なにぶん突然過ぎて理解するのに時間が掛かった。
その事実が頭に染み込んでくると、体の奥から次から次へと歓喜の大波が押し寄せた。コアにとってダンジョンとは世界で一番好きなもの。愛してやまないものだ。ダンジョン関係のゲームは数え切れないぐらいにプレイしたし、寝る前は布団に包まりながら様々なシチュエーションで脳内ダンジョンビルドをした。ネットを開いては有志たちとダンジョン談義で盛り上がり、白熱した論戦を交わし合ったものだ。
そんなコアが実際に、リアルにダンジョンビルドできるとなればその喜びは計り知れない。自分の体が玉であったりとか、元の世界のこと等は最早どうでも良いことだ。意識を切り替えたコアは早速とばかりに目の前のダンジョンに集中し始める。
「さて、結構時間が経ってしまったわけだが。……ゴブリン増えたな」
コアが馬鹿みたいに笑っている間にゴブリンは増殖していた。今では洞窟全体で六匹おり、それぞれ単独で行動していた。
「新しくゴブリンがスポーンするにはそこそこ時間が掛かっていたな。しかしこのペースで増え続ければ一月ぐらいでゴブリンだらけになりそうだ。数に制限でもあるんだろうか。というかゴブリンしかスポーンしないのか?」
ダンジョンコアの予備知識では、広く浅い知識しか得られず、わからないことが多かった。それはそれで新たなことを発見する楽しみや喜びに繋がるので、一つひとつじっくりと時間をかけて確かめたいところだったが、実はコアにはあまり悠長に構えている余裕はなかった。
その理由はダンジョンの出入口にある。コアはダンジョン内部であれば自由に見渡すことができるが、ダンジョン内部から外の様子を伺うことはできなかった。コアから見たダンジョンの出入口は仄かに白く輝く空間になっており、その先を見ることは敵わない。しかし、ダンジョンコアとしての感覚が既に『外』と繋がっていることを教えてくれていた。
コアにはダンジョンの外がどうなっているのか、何があるのか、一切わからない。つまり、いつこのダンジョンに侵入者が来てもおかしくない状態だった。なるべく早く防衛体制を整える必要がある。緊急事態にも関わらずコアが笑い続けていたのは、『このダンジョンに来れて嬉しい』という喜びの度合いをダンジョンにアピールすると共に、感謝の念をもって『これからよろしくね』という挨拶も兼ねていたので、必要なことだったのだ。気持ちを切り替えたコアは手始めに防衛戦力たるゴブリンたちを改めて観察した。
「ふむ。全体的にガリガリで腹が出ててチビで丸腰。前世の俺でも勝てそうだな」
コアは学生時代は帰宅部だった。そして体格は中肉中背であり特に格闘技に覚えがある訳でもない。そんなコアから見てもゴブリンは強そうには思えなかった。
「まぁゴブリンといえば弱いモンスターの代名詞みたいなものだからな。しかし前世の自分でも対処できそうな程となると少し問題か……」
一般的にダンジョンへの侵入者といえば『冒険者』や『探索者』と呼ばれる者たちだろう。この、モンスターが普通に存在する世界で、常日頃命の遣り取りをしている者たちだ。間違いなく前世のコアより強い。そんな冒険者たちからすればゴブリンの強さとは如何程のものか。
「相手は武装もしてるだろうしな。現状、僅かな時間稼ぎができるかできないかといったところか。戦力として考えるには厳しいな」
コアは飽くまでも客観的に辛辣な評価を下す。夢にまで見たダンジョンコアとなった今、ダンジョン内にいるモンスターはコアにとって我が子同然の存在だ。可愛くない訳がない。しかしコアはそれらの感情を鉄の意志で抑え込み思考を続ける。
「ゴブリンの強みは往々にして繁殖力を活かした数の多さ……というのがお決まりのパターンのはずだが。この世界のゴブリンにメスっているんだろうか?」
コアが知る数々のファンタジーな物語に出てくるゴブリンたちはその姿形こそ似通っていたがその生態は様々だった。中にはオスしか存在しない話もあったので、この世界のゴブリンたちはどうなのだろうとゴブリンたちを見やるも外見から雌雄の判別はつかなかった。
ここでコアは悩む。コアにはこの問題を簡単に解決する方法があった。そう、下から覗けばよいのである。顔つきや体つきで判断し辛いならば、腰蓑に隠された、もっと直接的なモノを見ればよい。しかしコアは気乗りしなかった。
我が子らの大事なトコロをこそこそと覗き見るなど、気持ちの良いものではない。できれば避けたいという想いが浮かんだのだ。しかしゴブリンの繁殖はダンジョン防衛にも係わる重要事項。どうにかして確かめたい。ならばいっそのこと堂々と「腰蓑を脱げ」と命令しようかとも思ったが、それでダンジョンコアを叩き割られたら目も当てられない。
コアは葛藤の末に答えを出す。その後の動きは迅速だった。
一番近くにいたゴブリンをターゲットに定めると、位置を確認。今定めている上方視点から、一気にゴブリンの股下二十センチの場所まで視点を切り替える!
(コソコソするから駄目なんだ。これは必要なこと! ならばッ俺は堂々と、覗く!!)
コアがダンジョン内のどこを見ているかなど自分自身にしかわからないことだがそれはそれ。視点を切り替えた勢いをそのままに、ぐりんっ、と振り返るように視線を滑らせる。淀みの無い一連の行動は、正に振り向きざまに敵を一閃する武士のソレ。高速で流れ行く洞窟内の景色の先、真実を見抜かんとする瞳が生命の神秘を暴き出す!
「あ」
と、声が漏れた。そこにあった、予想だにしなかった光景に思わずコアの思考が停止する。
なんと、 腰蓑に囲まれて更に薄暗くなったゴブリンの秘部は、小汚い布によってしっかりと覆い隠されていた。その布は質が悪くゴワゴワしており、内容物のシルエットを判断することも叶わない。
「……」
念の為、他のゴブリンたちのモノも見てみたが全て同じ状況だった。
「詰んだ」
自らの考えを容易く潰されたコアは呆然と呟く。コアにはこれ以上、安全に目的を達成する方法が思い浮かばなかった。
「なんということだ……。くッ、かくも厳しいというのか、異世界!」
ワナワナと体を震わせながら、やや演技がかったセリフを吐くその姿はどことなく楽しそうだった。というかダンジョンコアやってる自分に酔っていた。どこまでもポジティブに突き進むコアは、元より持ち合わせていた強メンタルもあって次の検証事項に移ることにした。繫殖の他にもモンスターを増やす方法はある。
「他にモンスターを増やす手段はっと……『召喚』か。ふ、ふふふ……召喚。俺が、実際に召喚を使える日がくるとは!」
感慨深く吠える。召喚、それは新たなる生命を創造すること。その全能感は凄まじく、まさにダンジョンコアだけに許された至高の力。特定の種族のみであったり、別の場所にいたものを呼び寄せるだけの召喚を使える存在は他にもいるだろうが、種族問わず新しく生み出せるのはダンジョンコアだけだ。無論、最初から何でも呼び出せる訳ではないだろうが、それでもこの特別な力に興奮を隠すことはできない。コアが自信を持つ鋼の自制心は、誰かに召喚されてお留守になってしまったようだ。
「今回のパターンでは、現時点で呼び寄せられるのはおそらくゴブリンのみだろう。しかしそんなことは関係ない! 召喚できることに意義があるのだ! やるぞ? やるからな!? 我が呼び声に応えよ! 召喚・起動!!」
若干錯乱しながらも自身の内側に意識を向けると、召喚可能なモンスターが脳裏に浮かび上がってきた。それはコアの想像通りゴブリンのみだったが喜々として召喚を実行する。するとコアの前の地面に赤っぽい色で複雑に描き込まれた魔法陣が現れ、光を放ち始める。魔法陣を中心に、周囲からキラキラした粒子のような物が集まってきたかと思うと、それは徐々に人型に成っていき、次の瞬間。
そこにはゴブリンが存在していた。
「」
コアは言葉が出なかった。光の残滓が周囲を漂う中、目の前で新たな生命体が誕生するという圧倒的な事象、ダンジョンコアの奇跡の御業は想像以上の衝撃をもたらした。
神秘的な光景も相まってコアが惚けている間にゴブリンは移動してしまったが、やがてコアの意識が現実に帰ってくると、神秘的な光景の裏に無視しえない現象があったことに気付く。
ゴブリンが召喚される際、コアの体の内側から、確かに何かが『スッ』と抜けた感じがしたのだ。
「別に命に係わるとかそういった感じではないんだが、エネルギーというか。ゲーム風にいうならダンジョンポイント、いや、ダンジョンエネルギーの方が合ってるか。ダンジョンコアとしての技を使うにはこのエネルギーを消耗するんだろうな」
改めて自分の内側に意識を向けるとさきほどのエネルギーの存在が知覚できた。ゴブリン一匹召喚するのにかかるエネルギー量は保有している総量に比べれば少ないが、減ったとはっきりわかる程度ではある。意図的にモンスターを増やす手段があることはわかったが限度はあるようだ。
ちなみに召喚されたゴブリンの腰蓑の中身はしっかり守られていた。
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