挑戦の限界-3《12》

ダンジョンの中は相も変わらず夜と変わらない暗さを保っていた。


 冷気が辺りを包んでいて、装備に身を包んだ体はじんわりと冷えていく。じっとしていればいる程、身体機能は低下していく。だから俺は歩き始めた。


「今日は、どうするか」


 下級の魔物が多く徘徊する区画。俺はその東側を歩いていた。少し視線を遠くにやれば、その先に教会が見える。外観はギリギリ保っていると言った感じの、教会らしき物が今日の目的地であり、ゴール地点だ。


 ダンジョンから出る時、ゲートを通る必要がある。そのゲートは保管庫内にあるゲートと繋がっているが、ダンジョン内ではゲートは決まった時間と場所に数分間だけ開くのだ。だからパーティにはタイムキーパーと呼ばれるポジションが存在し、ダンジョンでどのルートを進み、何時までにゲートを通るか把握する存在がいる。


「予定通りに、行けるかな」


 魔物との遭遇は突然の時も多い。優秀なタイムキーパーは戦いの時間も含めてゲートの通過時間を予想し、場合によっては予定していたゲート戸は別の場所から帰る判断を下しダンジョンを案内する。このダンジョンのルールを把握しておかなければならない重要な専属ポジションが基本的に一人はいるのが常識なのだが、俺は自分で考えて行わなければならない。


 ダンジョンを歩きながら思いだす。まだ駆け出しだった頃、パーティに俺ともう二人しかいなかった頃は、タイムキーパーを雇う金がなくて図書館で勉強をしてその真似をしていた。

道を間違うし、時間通りに行かずに急いで別の場所を目指したり、慌ただしくやっていたがあの頃が一番パーティに貢献出来ていた時期ではあったかもしれない。その頃の俺が集めた知識が今使われているのだ。俺の過去が無駄にはなっていない。それをしみじみと感じながら目的地を目指す。


 孤独であるこの時間。これ程心地よいものはない。自分一人で全てを体感し、完結させる。共有することなく昇華する。


「この、高揚感」


 この感覚を他の冒険者は知らないだろう。彼等は仲間と一緒にダンジョンに入るのだから。この何よりも素晴らしい静寂を知らないのは勿体ないと思ってしまう。


 そして何より。


「この緊張感を知らないのは、冒険者として終わってる」


 あの音が聞こえる。闇の向こうから歩んでくる足音。


 胸が高鳴る。この瞬間を俺は待っていたのだろう。そう思わせる程に、俺の調子の変化は急激だった。


 命の危険。嘲笑の行為。そんな事は分かってる。だけれど、止められない。止められる訳がない。


「この瞬間を楽しめないのは、もったいないだろ」


 誰かに聞かせる訳でもない言葉を、冷気漂う夜に捨て、俺は盾を握り締める。





 体から血が流れる。背中に背負ったリュックが膨らみ、背に重みを感じさせる。


「はぁ、はぁ……」


 無傷、と言う訳には当然いかなかった。前回の自分の集中は極限の域に達していたからこそ、あの一瞬で首を斬る事ができたというのをひしひしと感じる。


 体調や精神的なコンディションなど日によって変わる。あの時はこれまでのどの瞬間よりも良かったのだ。だからこそ、深夜という時間だったにも関わらず、俺は勝つことができた。そしてそれは、調子がよい時であれば俺の力は能力が上昇している魔物に対して通用するという事を意味している。


「あぁ、クソ痛たい」


 リュックの中で揺れる、二体の魔物の死骸。その重みは体にずっしりとのしかかり、目的地に向かう足取りが遅くなる。ポケットに忍び込ませていた時計を見ると、ゲートが開く時間まではまだ余裕があった。しかし、予定調和に進まない事を俺は覚悟していた。何せここはダンジョンだ。異常が日常であるこの場所で、予想通りに事が運ぶなんて、それこそここでは異常と言ってもいいだろう。


 そんな事を考えていたからか。教会に近づくに連れて霧が立ち込め始めていた。


「ほら、こーなる」


 呆れ混じりの溜息を吐く。


 このダンジョンは夜に包まれており、視界が悪い。アイビスの冒険者達は《夜目》のスキル取得していなければ真面に活動ができない。視界の悪い状態で魔物と戦うのはリスクが高く、そんなリスクを更に高くするのが、偶に発生するこの霧だ。《夜目》のスキルは暗闇専用であり、また霧の中で視界を確保するなら別のスキルを取得する必要があるのだが、五感系のスキルは取得が難しい。


 俺も霧の中で視界を確保するスキルはまだもっていなかった。持っていて損はないが、時間が掛かるそれを取得するよりも別の戦闘系スキルを身に付ける方が重要性が高かったのだ。


「……」


 震える足に力を込める。目的地はもう少し進めば見える筈。霧が本格的に濃くなる前に

どうにかそこに辿り着きたかった。魔物は霧の中であろうとこちらを認識してくる。奴等の獲物に対する気配把握能力はずば抜けて高い。冒険者は常に環境的不利を背負いながら戦わなくてはならないのだ。


「それを補う為のパーティなんだけど」


 それを言ってもしかたがない。俺はここを一人で立ち向かうと決めたのだから。


 霧が濃くなる、その前に俺の前には教会が見えた。あそこが今日の、目的地。


「大体、時間通りだな」


 しばらくすればゲートが開く。俺はそれを待つ為に、壊れた教会の扉を潜った。





 教会は広い。扉を潜ってすぐに見えるのは大廊下だ。奥まで続く漆黒の大理石の壁。天井すらそれだというのだから、スキルがない状態で見れば暗闇でしかないだろう。灯り一つない廊下、その奥から音が聞こえていた。


「戦ってる」


 金属音。鳴り響くそれが俺の鼓膜を震わせる。足音。まるで床が揺れているかの様にそれは激しい。


 俺は奥へと進んでいった。この大廊下の先がゲートの出現地だ。


 変わらない暗闇を抜けて、俺はその光景を目視する。


 冒険者がいた。いや、冒険者達。彼等が戦っている。


 一体の魔物。その瞳は青い灯で空に線を残し、それを取り囲み入れ替わり立ち替わり場面が動く。


 大盾を持ち、魔物を引き付ける男。軽装に身を包み、長剣を携える少年。弓を構える少女は声を張り上げ、後方でそれらを見ているのはきっと指揮官。その隣には小柄な少女が自分の時計をしきりに確認している。


 この光景は俺がしっている冒険者の姿形だった。開かれた扉の前で俺はそれを見ている。誰も今俺の存在には気が付いていなかった。彼等は今目の前の戦いに集中していて、自分達の力の全てを魔物を倒す事に集約させている。


 彼等のパーティプレイはかなりレベルの高い物だ。出される支持やそれを理解した他のメンバーの動き、判断、的確であり速い。


 魔物は下級の歩兵。標準的な人型。特徴的なのは鎧の様に纏っている筈の装甲が、まるで包帯を巻きつけているかの様な形状になっている事だろうか。しかし、それ以外はない。動きが速い訳でも特別な能力を使い動作も見られず、この戦いはもうすぐで決着するのだろうと俺は見守っていた。


 彼等の表情にもその余裕は現れていた。パーティは精神的な支えでもある。仲間がいるから、ただそれだけの安心感がポテンシャルを増強させる。


 ──だが、その安心は、特に慢心に、油断に繋がる時もある。


 それはほんの一瞬の出来事だった。


 盾を構えた男が、魔物拳を受け止め、弾く。バランスを崩したその一瞬を長剣を持った少年が狙った。少年の顔には笑みが浮かんでいた。これで止めを刺す。そう出来ると確信していて、自信も持っている様な少年の腕は俺から見ていても確かなものだった。


 歩兵が後方に倒れる。少年は首を狙って剣を振るう。


 その光景を見ていた誰もが、終ったと思っていたに違いない。


 その歩兵の包帯が外れ、少年の腕を喰い千切るまでわ。

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