挑戦の限界-2《11》

木製の扉。その上に掲げられた【レブィールの鍛冶屋】という看板は質素な作りで、店自体も外観から見ると立派な物とは言えない。この都市で暮らしてそこそこだが、初めて入る店だった。こんな場所もあったのかとその扉を開き中へと入る。


 鈴の音がなった。店内には人の姿はなく鉄の匂いが鼻を通った。慣れ親しんだ武器と防具の匂いだ。


「いらっしゃいませ! あ、ハイドさん。来てくださったんですね!」


 店の奥から彼女がやってくる。制服に身を包んでいる彼女は以前とはまた雰囲気が違った。服一つで、人のイメージは随分と変わる。衣服にそこまで拘りのない俺としては、それが自分と違う点だと比較になった。


「約束しましたし、装備品は必要だったので」


「うちを選んでもらえて嬉しいです! ゆっくり見ていってください! 何かあれば直ぐに対応しますので!」


「はい」


 別の仕事が残っているらしいマリさんはまた店の奥へと消えていく。彼女がまた戻って来るまで俺は店の中を見る事にした。


「……」


 店内に飾られている装備品の数は、そこそこ。その出来栄えや質といった点で見てみると、他の場所より特段優れているというわけではなさそうだった。


(そりゃそうだろ。何期待してんだか)


 がっかりしてる自分もいて、だけれどそんな贅沢を言える程今の俺には財力がない。装備の質も大切だが、それより資金的に変える値段なのか、そこが今の俺にとって重要な点だった。


「値段……安……」


装備品に付けられた値札を見てみると、その値段は驚いてしまう程安く、今の俺なら残りの貯金を出せば一式揃える事ができる程の物だった。ギルドで貸し出しているレンタル品よりも安いそれらはどうして作られているのか。この値段で売れば店の利益など僅か、いや損失が出ているのではないかとまで思えてしまう。


 作品を見回っていると店の奥から足音が聞こえる。見てみると髪を一つ結びに纏めたマリさんが朗らかな笑み浮かべ興味深げに装備を眺める俺を見ていた。


「どうですか? うちの装備の数々は」


 マリさんは俺の隣に来ると俺が見せいた装備を同じように眺め、反応を伺うように下から見上げる。


「……そうですね。随分と安いなと」


「ですよね。やっぱり目に着くのはお値段! うちは在庫処分された装備とか、安く売り出されている物を使ってこれらを作っているんです。何せあまり知名度もない店なので素材を仕入れるのも大変で」


「なるほど。だからこんなに安く売れるんですね」


 笑うマリさんはこの店のことを卑下しているわけでもなく、それがいいところなのだと誇らしげに語る。


「そういった安い素材で、誰にでも手を取っていただける装備を作るというのが、うちの鍛冶師のこだわりでして。私はそこが好きでここで働かせていただいているんです」


 俺の目の前にある装備を見ながら、彼女は笑みを見せる。


「ところで、ハイドさんの話、よかったら聞かせて頂けませんか」


「……俺の話、ですか?」


「はい! 私、実は冒険者さんの冒険譚を聞くのが大好きで。鍛冶屋で働き始めたのも、冒険者の方を関りが増えるかなって。今までどんな冒険をしてきたとか、これからどうしていくのか、とか。私聞いてみたいんです」


「俺、話すの上手くないんですよ。冒険譚とか特に。自分が大した冒険をしていなから、語っても面白くならなくて」


 冒険者は、自分の冒険を語る。所謂それが冒険譚と呼ばれる物だ。武勇伝と言い換えられるときもあるが、多くの人は冒険譚と冒険者が持つ経験の数々をそう呼ぶ。


ギルドや酒場、新しく組んだパーティメンバーなど、それを語る場は様々だ。持っている冒険譚が刺激な程、冒険者は憧憬の眼差しを受ける。


 期待に染まった眼差しが俺に向けられていた。


「面白くない冒険譚なんてないですよ! だってその人だけの物語なんですから! お話するのが嫌だったらいいんですけど、もし、私が聞いても楽しくないだろうなとかの理由だったら、ぜひ聞きたいです! 装備選びにも役立てると思うので!」


そんな目を向けてもらうような話を持ってる訳ではなく、きっと失望させてしまうことになるだろう。だけれど俺は、今までの冒険を誰かに聞いて欲しいという内に秘めていた想いを無視する事ができなかった。


「本当に、つまらない話で良ければ」


「ありがとうございます!」


 鉄の匂いが心地いい店内で、俺は冒険譚を語り始めた。




 全てを語り終えた時には、既に店の外は暗くなり始めていた。


 今まであった事をありのまま。あまり語り慣れていない俺の話は随分と拙かっただろうと思う。しかし、目の前の椅子に座っている彼女は、目から涙を溢れさせていた。そして、鼻からもそれは出ていて、随分と間抜けな顔になっていた。


「ぞ、ぞんなごとがぁ」


「……あの、鼻かんでください」


 顔立ちは綺麗だと言うのに色々と台無しで、女性に対して抱く緊張感と言うものが次第に薄れている事を感じた。これはイルマさんの時と同じだと思いながら、マリさんにティッシュを手渡した。


「す、すびばぜん」


 鼻をかんで涙を拭き取る彼女を見ながら、そんなに感動するような話だっただろうかと自分の話を思い返してみる。だが、彼女がどこに感動を覚えたのかは分からなかった。


 俺はこれまでの事を正直に語った。


冒険者は自分の冒険譚を色付けて話したりもするが、俺はそれが嫌だった。嫌悪感なのだろうか。自分の事をよく見せようとする事に抵抗がある。そんな大層な人間ではないと、自分がよく知っているから、話を盛っても誇らしく感じられない。それに、自分の冒険譚を聞きたいと初めて言ってくれた彼女には、これまであったありのままを伝えたかった。


 鼻をかみ、涙を拭き取り、マリさんは落ち着いた表情を取り戻した。


「ご、ごめんなさい。お恥ずかしいかぎりで。けど、とっても素敵な冒険譚で……」


 満足そうなその表情に嘘はない様に見える。この人は素直な人なのか、それとも嘘が上手いのか。知り合ったまだすぐの俺にはその見分けがつかない。女はいつも、演技が上手いから、この言葉を、笑顔を、素直に受け取っていいものなのか。だが、今は何故かこれを疑って否定してしまいたくないと思っている自分がいた。


「聞いてくれて、ありがとうございました」


「いえ、私がお願いしたことですから。私の方がありがとうございます。こんな素敵な話が聞けるなんて思ってなかったなぁ」


 彼女の言葉に、どこか救われている自分がいる。これまでの自分を認められたと感じているのだろうか。


 話した内容は、酷く惨めなものだった。


仲間達との実力が次第に離れパーティを首になり、その後は何度面接を受けてもパーティには入れなかった無能な男。冒険者として生きていくには能力も才能もなく、誰も冒険者として成功するなどとは言われなかった。自分でも、もう駄目だと諦めつつ、どこか諦め決めれずに愚かだと言われる方法に手を出した。


「良い冒険譚とは、とても言えないですよ。格好悪い」


 マリさんの顔が、見れなかった。視線がゆっくりと泳ぎ、色々な物が目に映る。


「良い冒険譚ですよ。夢を諦めなかったから生まれた冒険譚じゃないですか」


 その言葉を聞いて、俺は彼女の顔を見た。


「実力が足りないと、努力がたりないと、才能が足りないと言われた冒険者が、それでも自分を諦めずに方法を模索して戦った結果の冒険譚が、どうして格好悪いんですか?」 


 マリさんはしっかりと俺の目を見つめていた。今度はその目から、視線を逸らす事ができない。


「格好悪いというのなら、自分の成したことを貶している事だと思います。無謀だとしても戦って挑戦したそのことは、格好いいって私は思うんですけど」


 金色の瞳の強い輝きに、呑まれそうになる。俺の心は揺れながら、マリさんの言葉が響いていた。


 その言葉と無縁の場所に立っていると思っていた。助けられてばかりで、何も返すことができない弱者。


パーティを首にされた時、すんなりと納得はできたのだ。これは、仕方がない事だと。それだけ俺が、無能だったから。釣り合っていない事は誰よりも何よりも、俺が一番よく分かっていた。


 不釣り合いながら釣り合おうと努力したが、それでも彼等には追い付けない。それが才能なのか、それとも努力の量なのか、質なのか。何にしても、俺では駄目だという事は確かだった。


 格好いい人間になりたいと始めた冒険者家業。今でもその想いは抱いている。まだ自分では納得のいく場所にまでは辿り着けていない。ただ、それでも俺の話を聞いてくれたこの人の言葉は、俺がいつか誰かに言って欲しかった言葉だった。


「って、すみません。私今凄い生意気なこと言ったかも」


 さっきまでの真面目な顔に赤が混じる。片手で頬を抑えながら視線が泳ぎ、俺と彼女の視線は切れた。


 この人がどういったつもりで今の言葉を言ったのかは俺には分からない。この人の事を俺はまだ何も知らないからだ。知らない人、赤の他人。それなのにどうして、彼女の言葉は心に響いているのだろう。俺が欲していた言葉からだろうか。それとも彼女の言葉に嘘がないように思えたからだろうか。俺にはこの人が、何故だか誠実な人に見えてしまう。これはつい先ほどあったばかりの人に抱くような感情か。分からないが、この人には何かがあるのかもしれないと、そんな事を考えた。


 俺が考えていると落ち着きを取り戻したのか、マリさんが店の作品群を見せてきた。


 金はないが装備品を新しくしようとしていた俺にとって、この店の装備品の値段はありがたく、俺はここで装備を揃えようと決めた。


「おすすめは幾つかあるんですが、ハイドさんは盾をお持ちになってるんですよね」


「はい。メインは、盾で」


「だったら重装備とかですよね。けど、それでソロって怖いですね。囲まれた時とかきっと逃げれないだろうし」


「そこは、囲まれないようにするしかない、ですね。一体一以外はどれも厳しいので」


「それはそうですよね。そこは結局軽装だろうと重装だろうと変わらないですか。ソロの冒険者なんて初めて聞きましたけど、となってくると装備の選び方も色々考えた方がいいのかな。だったらこれとか……」


 話し込みながら装備を決めていく。持ち金を言うとマリさんはその金額の範囲内で武器や防具、インナーまでの一式を揃えてくれた。以前俺が使っていた物と比べると、その性能は劣る。だが、着心地は悪くない。


全身を包む黒鉄の全鎧。円盾に、リーチが少し以前より短めの片手斧。


「お似合いですよ」


 マリさんは頷きながら俺を見るが、笑顔で観賞されるのは居心地が悪い。


「ありがとう、ございます。これ全部買います」


 これでほぼ全ての持ち金は消えた。この装備で新しく魔物を狩れなければ、俺が明日には野垂れ死んでいるだろう。何としても勝たなくてはならない理由が一つ増えた瞬間だった。


「お気に召して頂けましたか? こちらが金額になるんですが、依然助けて頂いた分、おまけしておきます。それと、お支払いの前に一つだけ」


「……?」


 一呼吸おいて彼女はこの店のたった一つのルール、約束事を口にした。


「もしうちで買った装備が壊れてしまった時、その破片を持ってきていただきたいんです。小さな物で構いません。ここに届けてくれればそれだけで」


「……それ、どうするんですか。破片なんて使い道があまりないと思いますけど」


 頭の隅で考えてみる。武器や防具の破片の使い道を。考えてみたがあまり思い浮かばないもので、新しく装備を作る時の素材として使うのかとも思ったが、破片が使い物になるのかを俺は知らなかった。


 俺が考えているのが伝わったのか、マリさんはクスリと笑う。


「記録として残しておきたいんです。これは私の趣味の様なもので。冒険譚と一緒に、その時一緒に歩んだ装備を保存したいんです」


「冒険譚と一緒に、ですか」


「はい。記憶として受け継がれるのも素敵ですが、装備が壊れるまでには冒険があると思うんです。それを私は記録にしたい。コレクションというか、なんというか。もちろん無茶をしてまで持ってきてくださいとは言いません! 命が一番ですから。ただ、ここにもう一度足を運んでくださった時、冒険譚と一緒に、ぜひ。お願いします。私、冒険譚が好きなんです」


 そのルールを無下にしようとは俺は思わなかった。自分の話が聞きたいと言ってくれる人の言葉を、どうすれば断る事ができるのか。むしろ、楽しそうに、興味を持って耳を傾けてくれる彼女に、自分からもっと聞いて欲しいとまで思っているというのに。


「分かりました。これが壊れたらまた来ます」


「はい。ここに貴方の冒険を残させてください。私は貴方のこれからを、楽しみにここで待っています」


 体に纏ったこの鎧が、俺に重み以外の何かを乗せたような気がした。


 俺は店を後にする。新しく手にした物を身に付けて。


 外に出ればまだ時間はそこまで経ってはおらず、日は相変わらず頭上にある。


「……不思議だ」


 女が苦手な自分としては珍しく、気楽に話せる人と出会ったと思った。装備を探している時に、鍛冶屋の店員と知り合った事にどこか運命的な物を感じる。そんな予感はただの気のせいだと脳の奥底においやって、俺は足先をダンジョンへ向けた。


「行くか」


 俺の話を聞きたいと言ってくれた彼女にも、新しい話を作りに行こう。この都市で一人

でダンジョンに行く冒険者など、俺ぐらいなのだから。これは俺にしか紡ぐことのできない冒険譚だ。


 昼時を少し過ぎた頃、俺はたった一人での愚行をまた始めた。

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