第35話【ヒロイン視点】
先輩との勉強会もそろそろ折り返しといった頃の週末。私は先輩と一緒に遊園地に来ていた。
なぜそんなことになったかというと、それはひとえに私の姉が原因だ。
4つ上の私の姉は、頭がよく、運動もでき、おまけに美人という、花音先輩ほどじゃないにしろ十分に恵まれたスペックを持っている。
そんな姉と私は普通に仲が良く、それなりの頻度でメッセージのやり取りなんかもするんだけど、ここ最近は姉とのやり取りにすっかり辟易してしまっていた。……うちの姉がひたすら彼氏との惚気を送り付けてくるからだ。
姉に最近彼氏ができたことは知っていた。女子高に通っていたこともあってか今まで男っ気のなかった姉に、ついに春が来たと聞いた時は「お姉ちゃんおめでとう」と純粋な気持ちで祝福したものだ。
しかし、私の祝福の気持ちは徐々に薄れていくことになる。
来る日も来る日も届く、彼氏とのイチャイチャ報告。やれ今日は手を繋いだだの、お家デートをしただのと聞いてもいないことをポンポンと……!
最初こそ微笑ましい気持ちで見ていたものの、最近は殺意すら湧いてきそうだった。
いい加減にしろと説教するつもりで電話をかけてみたら、なぜかまた惚気を聞かされることに。
それだけでもおなか一杯なのに、挙句姉は私にこう言い放った。
『彼氏はいいよ~、紅葉もせっかくの恋愛の一つや二つしておきなよ~。せっかく私に似て可愛いんだから、彼氏くらいすぐできるってー』
とてもイラっとした。そうですか。何の生産性もないあなたの惚気話を散々聞いてやった妹に対してマウントを取ってきますか。中高と彼氏の影すらなかったお姉さまが、そんなことを言ってきますか。
なるほどなるほど、よし許さん。
ということで、私は大学生にもなってようやく彼氏ができたお姉さまとは違って、中学生の時点ですでに男子と一緒に楽しくやっているんですわよおほほほほ!というマウントを取り返してやろうと思ったのが事の発端である。
……うん。酷い、酷すぎる。人類史上いまだかつて、ここまで酷いデートに誘う理由があっただろうか。私がもしこんな理由で誘われたらごみを見るような目を向けること間違いなしだ。でもどうか許してほしい。腹が立つんだもの。
そんなわけで、男子と仲良くしているところを見せつけてやろうと考えた時に、頭に浮かんだのが冴島先輩だった。
…………。
まあ、ほら、私男友達とかいないし。冴島先輩を連れ出せば、休日先輩の勉強をする時間も削れて一石二鳥みたいなところあるし。
私が冴島先輩と一緒に遊びたかったわけではない……はず。
結局、人のいい先輩は呆れながらも私に付き合ってくれることに。せめて先輩にもちゃんと楽しんでもらおうと、私はひそかに意気込んでいた。
先輩と一緒に回る遊園地はとても楽しかった。
いちいち叫んだり恥ずかしがったりしている先輩は可愛らしかったし、お化け屋敷で手をつかまれた時は不覚にもドキリとしてしまった。……普段穏やかで華奢に見えるくせに、不意打ちで力強さを見せてくるのは……ちょっとずるい。
なんだかんだありつつも、一日中笑顔が絶えない時間を過ごすことができたと思う。
これで最後と乗り込んだ観覧車で先輩に楽しかったですかと尋ねてみると、先輩も楽しかったと笑ってくれた。
同じ気持ちだったことが嬉しくて、私も笑みをこぼす。
ゴンドラの中になんとも照れくさい雰囲気が漂ってきた頃、先輩がやや気落ちした様子でこんなことを呟いた。
「僕、先輩らしいところを一つも見せられなったなあ……」
なんでも、ジェットコースターやお化け屋敷で私よりも怖がっていたことが恥ずかしかったらしい。
私は思わず笑ってしまう。
先輩は先輩らしいところを見せられなかったなんて言っているけど、今日一日先輩はちゃんと私に気を遣ってくれていた。
私がちょっと疲れたな、なんて思っているとすぐに休憩を提案してくれたし、飲み物や食べ物も自分から買いに行ってくれた。先輩は気にしているようだったけど、叫ぶほど苦手なアトラクションにわざわざ付き合ってくれた時点で感謝こそすれ馬鹿にしたりなんてするはずがない。
私が全く気にしていないし、気にしなくていいと思っていることを伝えると、先輩は微笑みながらこう言った。
「なんていうか、ほんとにいい人だよね。白石さん」
"いい人"。
いつかも言われたその言葉は、以前よりも鋭い痛みを胸にもたらした。
その理由は考えるまでもない。
私がもう、とっくに理解しているからだ。
この冴島蒼真という先輩は、非常にひたむきで、善良で、お人好しで。私の身勝手な理由で振り回していいような人間じゃないと分かってしまっているからだ。
今まで目を逸らし続けてきた罪悪感が、逸らしようがないところまで膨れ上がってしまっただけ。
どうすればいいのだろう。今ここで、本当のところを打ち明けてしまおうか。
先輩が気に入らなくて、邪魔をしてやろうと思って近づいたんです、なんて言ったら先輩はどんな顔をするのだろうか。
……結局、私は先輩に本当のことを言うことはできなかった。
今日を楽しかったと言ってくれた先輩の表情を曇らせたくないと思ったし、救いようのないことに、私は先輩に嫌われるのが怖いらしい。
約束の一か月が終わったらちゃんと打ち明けよう。
今後よりいっそう勉強を頑張るという決意で罪悪感を誤魔化して、私は逃げた。問題の先送りを選んだ。
この選択は間違いだって、ちゃんとわかっていたのに。
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