第34話【ヒロイン視点】

 不埒な思惑から始まった先輩との放課後の勉強会だけど、いざ始まってみると意外と楽しかった。


 勉強会初日、先輩は私のことを勉強ができるって褒めてくれた。

 だけど、私の成績はせいぜい真ん中くらいだ。手が付けられないレベルでこそないものの、勉強ができるとはとても言えない。

 それなのに先輩は、自分の出身中学校なら一桁には確実に入れる、なんて言っていた。

 私が一桁に入れるような学校……。それって大丈夫なのかな?

 そして失礼な話だけど、そのレベルの学校から西鶴高校に入れた先輩はなかなかすごいのではないだろうか。いや、花音先輩に勝ってる時点ですごいのはわかるんだけどね……認めたくないだけで。

 先輩がどうしてもレベルの高い高校に入りたかったなんて言うからその理由を聞いてみたんだけど、多分誤魔化されてしまった。何か言いたくない理由でもあるのだろうか。

 まあ、私には関係ないか。



 

 勉強会が始まって初の金曜日。

 明日から週末ということで先輩に何をして過ごすのか尋ねたところ、ひたすら勉強というドン引きな答えが返ってきた。

 いやいや先輩それはいくらなんでも……と思って先輩の休日について詳しく聞いてみたけれど、本当に勉強しかしていなかった。

 なんなのだろうこの先輩。勉強が楽しくて仕方がないタイプの変態かとも思ったけど、どうやらそういうわけでもないみたいだし……。

 あまりにも彩りのない先輩の休日を哀れに思った私は、先輩に私オススメの動画を送ってあげることにした。私みたいな美少女と休日も交流できるとなれば、先輩の青春指数は爆上がりだろう。

 それにほら、そうやって先輩が休日勉強するのを邪魔すれば、花音先輩が次のテストで先輩に勝つ可能性も上がるだろうしね?

 この日を境に、私と先輩はちょくちょくメッセージでやり取りをするようになった。




 勉強会という新しい習慣にそこそこ慣れてきたある日。前々から思っていたことがふと口から零れた。


「先輩ってほんと教えるのうまいですよね……」


 わかってはいたことなんだけど、冴島先輩は教えるのがめちゃくちゃうまい。

 抽象的でわかりづらい部分があればわかりやすい具体例を用いて教えてくれるし、躓いた部分は基礎の基礎だったり背景の部分から改めて教えてくれる。

 理解に時間がかかっても絶対怒ったり急かしたりしないし、私がわかりやすいように心を砕いてくれているのがよく伝わってきた。

 何かコツでもあるのかと尋ねてみたところ、先輩にはお兄さんがいて、そのお兄さんから先輩は勉強を教わっていたらしい。それで先輩はそのお兄さんの真似をしているだけだそうだ。

 謙遜するようにそういう先輩だったけど、ただ真似をしているだけでここまでわかりやすく教えることはできないと思う。

 先輩が私のために真剣に向き合ってくれているからこそ、先輩の教え方はこんなにもわかりやすいのだろう。それが分からないほど私はバカじゃない。

 まあ、そんな先輩の真剣さを利用している大バカではあるんだけど……。

 先輩にはどうやら妹さんもいるらしい。先輩はお兄ちゃんで弟みたいだ。言われてみればどっちとも、っぽい・・・

 楽しそうに話をする先輩からは、本当に家族のことが大好きなんだろうことが伝わってきた。

 そんな先輩を利用している自分を思い出して、チクリと胸が痛んだ。




 勉強会を終えて外に出てみたら、夏らしく突然の通り雨に見舞われた日。

 天気予報に裏切られた私は傘を持ってきていなかった。

 沙枝ちゃんがいれば一緒に傘に入れてもらうなりできたかもしれないけど、タイミングの悪いことに沙枝ちゃんは先に帰ってしまっている。

 お母さんが仕事から帰ってきていれば迎えに来てもらえるだろうけど、この時間に帰ってきているかは怪しいところだ。

 どうしたものかと困り果てていると、先輩が折り畳み傘を取り出しながら友達に入れてもらったりできないのかと聞いてきた。残念なことに、私のお友達は沙枝ちゃんくらいしかいない。

 他にも何人か話せるくらいのことはいるけど傘に入れてと頼めるほど親しくはないし、そもそもそう都合よく傘をもっていて帰り道が同じ人が捕まるはずもない。

 これは濡れ鼠になるしかないかーと諦め交じりに覚悟を決めた私の隣で、先輩が突然「あっ」と声を上げた。

 一体どうしたのかと視線を向けてみると、なんでも以前午前中だけ雨が降った日に傘を教室に忘れていたのを思い出したとのこと。

 自分はその傘を使うから、と手に持っていた折り畳み傘を私に手渡した先輩は、慌てたように校舎の中に入っていった。

 でも、確か先輩、その日は……。


 先輩が傘を取りに行くと言ってから少し時間が経った頃、先輩がそろりそろりと校舎の中から出てきた。その手には傘なんて握られておらず、私は思わずため息をついてしまう。

 いまだに雨を降らせ続けている空を見上げながら私を案じるようなことを言う先輩に、後ろから声をかける。女の子みたいな声を上げる先輩は面白かったので、今まで隠れ潜んでいた甲斐はあっただろう。

 私が帰っていないことを不思議に思っているらしい先輩に、厭味ったらしく傘はどうしたのかと尋ねてみると目をそらされた。まったく、この先輩は。

 しかも私に嘘がばれたにもかかわらず、どうやらまだ私に傘を貸すつもりでいるらしい。

 この状況で「それじゃあ、傘お借りしますね!」なんて言って帰るほど私は酷い人間じゃないつもりだ。……先輩にしてる仕打ちを考えれば説得力はないかもしれないけど。

 私に傘を使えと譲らない先輩に相合傘を提案してみると、目に見えて先輩はうろたえた。

 前々から思っていたけれどこの先輩、いちいち反応が初心だ。年下の、それもろくにそういう経験がない私に翻弄されているのだから相当だろう。

 そんないいリアクションをされたら弄りたくなってしまうのは仕方がないと思う。うん、私は悪くない。

 一瞬で真っ赤になった顔をにやにやしながら眺めていると、私のスマホにお母さんからの連絡が。どうやら迎えに来てくれるらしい。

 これで一安心だと思って先輩の方に向き直ると、先ほどの恥ずかしそうな顔から一転なにやら苦々しい顔になっていた。なんだろ、私が先輩と相合傘なんて嫌がるに決まっている、とか思っているのかな。

 最近、少しだけど先輩の考えそうなことが読めるようになってきた。というか基本この人は卑屈なのでわかりやすい。


 お母さんが迎えに来てくれることになったことを告げると、あからさまにホッとする先輩。

 一緒に乗せていきますよと提案したところ、それは悪いと断られてしまう。

 それなら仕方がないと、先輩の油断しきった顔に私は囁くように言ってやった。


「先輩との相合傘が嫌ってことはないですから。もし、次に同じようなことがあればお願いしますね?」


 すっかり固まってしまった先輩を置いて、私はお母さんの車に乗り込んだ。

 ……あー、顔が熱い。

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