第33話【ヒロイン視点】

 色んな意味で衝撃的な、冴島先輩との邂逅を果たした次の日。

 なし崩し的に先輩に勉強を教えてもらうことが決まったものの、逆に言えばそれだけしか決まっていないことを思い出した私は先輩に電話をかけてみた。


 夜に突然の電話ということで迷惑がられるんじゃないかと少し心配だったけど、先輩は特に気にした様子がなくてホッとする。

 なぜか勉強教えるのが本当に自分でいいのかと確認されたけど、いったい何だったのだろう。

 一晩経って冷静になって、私の勉強をみるのが嫌になったとか?うーん、あり得ないことはない、かなあ。

 でもこちらから頼んでおいて今更やっぱりいいですとは言いづらいし、言うつもりもない。

 もしも先輩がやっぱりやめたいと言い出した時は、文句を言わずに受け入れようとだけ心に決めて、先輩と勉強をする場所や時間について話し合うことにしたんだけど……。


 あれ、この先輩ちょっとおかしくない?


 話し合うべきことは多々あれど、とりあえず決められそうなところから聞いてみようと思い、先輩にいつまで勉強を教えてくれるつもりなのかを尋ねてみた。

 もとよりこちらが無理を言っている身。二週間くらいが限度かな、なんて考えていたんだけど……。


「そうだなあ……とりあえず僕が受験が本格化して忙しくなるまではいけると思うけど」


 一体何を言っているんだろうこの先輩は。

 先輩、あなた今高校一年生ですよね?んでもって、今まだ6月ですよね?受験が本格化する時期っていうのは人によって違うんだろうけど、大体の人は高三になってからとか、早い人でも高二の夏からとかじゃないの?え、何?少なくとも一年はいけますよってこと?

 冗談かとも思ったけど、どうやら先輩は本気で言っているらしい。この人、花音先輩に勝るほど頭いいんじゃなかったの……?実は馬鹿なの?

 

 知り合って一週間も経っていない後輩に対して異常な覚悟を決めている先輩に恐れおののきつつも、最終的に一か月間勉強を見てもらうという話で落ち着いた。

 一か月というのは私の次のテストまでの期間だ。そしてそれは先輩の次のテストまでの期間ということでもある。

 それをわかっていながらテスト直前まで勉強を教えてくださいなんてだいぶ非常識なことを頼んだ自覚はあったけど、私の目的を考えると最も都合がいい期間がこれだった。

 先輩は軽い調子でOKを出してくれたけど、本当に大丈夫なんだろうか。どの口が、なんて自嘲しつつもそう思わざるを得なかった。


 次に決めることにしたのは時間だ。

 勉強を教えてもらうなら、ある程度まとまった時間がいる。先輩と私は学年どころか一応学校も違うわけだから、選択肢はぶっちゃけほとんどないようなもの。あっさりと放課後に勉強を見てもらえることが決まり、あとは曜日を決めるだけになったんだけど……。


「とりあえず平日は全部いけるよ?休日も別に無理ではないけど、ちょっと会うのに難儀しそうではあるよね」


 これである。

 やっぱりこの先輩ちょっとおかしい。

 平日は全て、休日もいけるってもうそれ部活みたいなものだよ。結構なモチベがないと踏み切れない頻度だよ。

 さっきからこの先輩はなんで覚悟完了しているのだろう。

 先輩が私にそこまでしてくれる理由がわからなくて、思わずそのまま尋ねてしまった。


「僕の中では白石さんはいい人だから大丈夫」


 その結果がこれだ。

 やばい、どうしよう。めちゃくちゃ胸が痛い。

 いい人?私が?自分が憧れてる先輩に勝ったのが許せないから邪魔しちゃえ、なんて最高に自己中で理不尽な理由で先輩に近づいた私が?現在進行中で先輩の厚意に付け込んでいる私が?

 どうやら先輩の目は曇り切っているらしい。先輩がいつかひどい詐欺にでもあうんじゃないかと思い一応に忠告をしてみたんだけど、先輩はのほほんとした様子で同じことを繰り返すだけだった。

 そうなると私にはもう先輩が将来怪しい情報商材を買わないよう祈ることしかできない。

 

 結局、私は先輩の厚意に付け込んで、平日は毎日放課後に勉強を見てもらうことになった。

 どうせ私は先輩を自分の都合で振り回しているひどい奴だ。それなら、中途半端に日和るよりは振り切ってしまおうなんていう、開き直った最低な考え。

 それなのに嫌がる素振り一つ見せず受け入れてくれる先輩と、自嘲的なことを考えながらも結局止まれない自分を比べてすごく嫌な気持ちになった。


 自分の醜さに凹みながらも、話し合いは進んでいく。

 最後に決めるのは勉強を教わる場所だ。これがなかなか難しい。

 会話をしながら自習ができる空間となると使えそうな場所がほとんどなかった。

 先輩は教室で勉強したらどうだ、なんて言うけれど、私的には絶対にそれは避けたい。

 

 なんていっても冴島先輩、めちゃくちゃ目立っていやがるのだ。それでいて人気もある。

 以前先輩の情報を集めていた時に、それは嫌というほど実感した。

 私としてはやっぱり花音先輩の方が圧倒的に魅力的だと思うし、昨日の冴島先輩を見た後だとその評判に「ん?」と思わないこともない。

 だけどそれはそれとして先輩が注目を集めていること、人気があることは認めなくてはいけないだろう。

 そんな先輩と、この美少女たる私が放課後同じ教室で一緒に勉強なんてしていたらどうなることか。想像するだけでも面倒くさい。

 先輩のファンに恨まれるなんてことになったら私は嫌だ。


 かといってこれだ!といういい案が出るわけでもなく停滞した雰囲気が漂い始めてきた頃、先輩が弱り切った声音で言った。


「うぅん、どうすればいいんだろ……室内でってなるとほんと候補がなあ……。文化部にでも入っていれば部室が使えたのかもしれないんだけど僕ら二人とも帰宅部だしなあ……」


 その言葉を聞いた時、私の脳裏に幼馴染の顔がよぎった。

 あの子は部室を一人で半ば私物化しているし、以前遊びに行ったときにちょうどよさそうなスペースもあった気がする。

 まあ許可が下りるかどうかはかなり微妙なところだけど……頼むだけならタダだ。

 

 先輩にもしかしたら使える場所があるかもしれないと伝えたところでふと時計を見てみると、思った以上に時間が経っていた。

 ちょうど話も一段落ついたところだったので先輩との会話を切り上げ、幼馴染である沙枝ちゃんに連絡を取ることにする。


『ちょっと折り入ってお願いが』


 そんなメッセージを送ってみると意外にもすぐに返信が来た。

 沙枝ちゃんは集中している時はスマホを全く見ないタイプなので、これは結構ラッキーだ。


『なに?改まって気持ち悪いよ』


 うん、返事が来たのは嬉しいけどすごく辛辣。とはいえ、これが沙枝ちゃんの平常運転なのは理解してる。歯に衣着せぬ物言いは私にとって好ましいものだ。


『沙枝ちゃん確か放送準備室独り占めしてたよね?あそこの一部を使わせてくれないかなー、なんて』

『なんで』

『実はちょっといろいろあってうちの高校の先輩に勉強を教えてもらうことになったんだけど、いい場所がなくってさ。だから私とその先輩が勉強をするために一か月ほど部室のスペースを貸していただけないかと思いまして……』


 そんなやりとりの後、沙枝ちゃんからの返信が途絶えてしまった。

 やはりいきなりこんなことを頼むのは無茶だっただろうか。

 謝罪のメッセージを入れるために画面をタップしようとした時、スマホの画面が着信に切り替わった。

 かけてきたのは沙枝ちゃんだ。


「こんばんは、紅葉」

「こんばんは、沙枝ちゃん。沙枝ちゃんが電話をかけてくるなんて珍しい」

「いきなり部室を使わせろなんていってくる紅葉ほどじゃない。まあ、紅葉が突拍子もないことを言い出すのには慣れてるけど」

「さすが幼馴染。私のことわかってるね」

「で、その先輩とやらは男?」

「いや、男なんだけどさ。もっといろいろと先に突っ込むべきところあるんじゃない?」


 どうして高校の先輩に勉強を教えてもらうことになったの、とか、見ず知らずの先輩をいきなり私の部室に連れ込もうなんてどういうこと、とか。


「別に興味ない。私の邪魔さえしなければどうでもいい」

「沙枝ちゃんは昔っからそうだよねえ……」

「もしその先輩とやらが紅葉にとって"いい人"だっていうのなら少し興味があるけど……」


 ここでいう"いい人"とは想い人のことだろう。


「そういうのではないかなあ」 


 私が先輩に向けているのは好意どころか悪意の部類だ。


「そう、残念。でも男……」

「さっきから先輩の性別にやたらこだわってるけどどうしたの?」


 私の幼馴染もついに異性に興味が出てきたのだろうか。

 一切そう言ったことに興味を示さなかったあの沙枝ちゃんがついに、なんて考えは次の瞬間バッサリと否定された。


「私が次に作る映像作品、ドラマにしようと思ってる。それで、男のキャストが必要」


 そんなことだろうと思った。それはそれとして……


「この話の流れは……」

「私の部室を使いたいというなら対価が必要。違う?」

「あー……。つまり……」

「紅葉がいう先輩とやらが私の作るドラマに出てくれるなら部室、使ってもいいよ」


 すごい条件が出てしまった。

 無理を言っているのはこっちだし、部室を貸してくれるというのはとてもありがたいんだけど……。

 先輩、目立つのとかあんまり好きじゃなさそうだったからなあ……。


「幼馴染特権でもう少しまからないですかね」

「ダメ」


 どうやらこれ以上の譲歩はないらしい。仕方がない、この辺の条件については明日先輩に判断してもらうことにしよう。


「ところでなんだけどさ」

「なに?」

「ドラマ作るのにキャストが必要って言うなら、演劇部とかに頼った方がいいんじゃない?」


 少なくとも、いきなり見ず知らずの先輩に頼るよりはいいと思うんだけど。


「…………演劇部は私が撮影を予定している時期は大会に向けて忙しい。それに……」

「それに?」

「私の性格で交渉とか、協力とか、無理。面倒だし、できる気もしない。……だから、対価っていう形ならビジネスライクな感じでいいかなって」

「あはは、なるほどね」


 沙枝ちゃんらしい不器用な理由に、私は思わず笑ってしまった。


「あ、もちろんだけど紅葉にもドラマには出てもらうから」

「うぇっ!?」



 沙枝ちゃんから条件付きで部室使用の許可を得た次の日。

 私が結局先輩に対価について言い出せなかったり、沙枝ちゃんの沙枝ちゃんらしいところが出ちゃって先輩が冷や汗をかいたりはしたものの、先輩は沙枝ちゃんが出した条件を呑んでくれることになり、晴れて?放課後の勉強会がスタートした。

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