第32話【ヒロイン視点】

 冴島先輩に振られてしまった次の日。私は気分転換にショッピングモールに遊びに来ていた。

 

 2日も経てば冴島先輩を許せないという気持ちもだいぶ小さくなっていて、もう後一息で完全に振り切れそうだった。

 感情のままに行動を起こしたことで、気持ちの消化が進んだのだと思う。


(とはいえ、昨日の対応には思うところがありますけどねー)


 乙女の勇気を出した告白にあんな苦しそうな表情をするとは一体どういった了見か。途中まではいい感じの反応だったのに。

 そんなことを考えながらショッピングモールをさまよっていると、不意に後ろから声をかけられた。

 振り返ってみると、そこにいたのは少し年上だろう男の子。無造作な髪に、ダサ……個性的なメガネをかけたどこか野暮ったい印象のその人は、なぜか私の顔を見るなり化け物に出会ったような顔をした。


 自分から声をかけておいてそんなリアクションをするとは、なんて失礼な人だろう。どことなく挙動も不審だし、もしかして不審者じゃないか……と私が思い始めたところで、失礼な人(仮称)は何かを差し出してきた。

 震え気味な声と一緒に差し出されたのは、私がカバンに着けているキーホルダー。どうやら落としたところを拾ってくれたらしい。それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるような……?

 彼の声に妙な聞き覚えを感じつつも、キーホルダーを拾ってくれたことに対するお礼を言う。彼は依然としてびくびくしたままで、一刻も早くこの場を去ろうとしているようだった。

 一体彼は何に怯えているんだろうと疑問に思いつつ、その背中を見送ろうとしたところで気づく。


 あの挙動不審な人の声、誰かに似ていると思ったら、昨日一昨日で散々聞いた――


「……あ!冴島先輩……?」


 もしかしたら、くらいの感覚で呟いた言葉。

 直後、弾かれるように振り返った驚愕の表情と目が合って――私は確信した。

 アレ、冴島先輩だ。



 これは面白いことになってきたぞと思った私は、満面の笑みで先輩のことをカフェに連行する。

 先輩はいまだに怯えているようだ。全く、こんなにか弱くて可愛らしい女の子のどこに怯えるような要素があるというのか。


 捕食される前の小動物オーラがにじみ出ている先輩に意地悪を言ってみたり、アニメ好きという先輩の新たな一面を発見したりして多少場が温まってきたところで、私はさっきから気になって仕方がないことを尋ねてみた。


「先輩、一昨日や昨日と今じゃ全然雰囲気違うじゃないですか。一体、どっちが素の先輩なんです?」

 

 だってそりゃ気になるじゃん。

 昨日までは見た目はクール、中身は優男って感じでスマートな雰囲気を漂わせてた先輩がさ。

 それがいきなりなんかこう、もたっとした感じになってオドオドしてたら気になるのは仕方ないじゃん。

 スルーする方が逆に不自然だろうと投げかけた質問だったけど、答えに関しては半ば予想はついていた。


「どっちが素かっていうと多分今日の僕が素だよ……。昨日一昨日、というか学校にいる時の僕はちょっと背伸びしてるっていうか、見栄張ってる」


 予想通りの返答。休日、プライベートな時間を過ごしていた今の先輩の方が素なのだろうという何の捻りもない根拠だったけど、ちゃんと当たっていたらしい。

 そうなってくると、なぜ学校では先輩が言うところの背伸びをしているのかが気になってくる。そこを掘り下げてもいいものかと内心迷っていると、先輩はなぜか申し訳なさそうな様子で謝ってきた。

 何か謝られることがあっただろうかと困惑する私に、先輩は自分を見てがっかりしたのではないかと言ってくる。

 え?がっかり?一体なぜ……?と思考をフル回転させると、思い当たる節が一つだけ。


『えー、その……ですね、昨日冴島先輩に勉強を教えてもらって……すごくかっこいい人だなと、思いまして……』

 

 ……そういえば、昨日私は告白じみたことを言ったんだった。先輩に会うまではちゃんと覚えていたそれが意識の外だったのは、それだけ先輩との出会いのインパクトが強かったからだろう。

 そもそも気持ちが伴っていない言葉だったので、私の中に強く残っていなかったというのもあるかもしれない。

 それはともかくとしてだ。今この状況はどうだろう。

 私に幻滅させたのではないかと謝ってくる先輩。その原因は私が昨日ヤケになって言い放った告白じみた言葉(100%嘘)。

 しかもそんなことをした理由は、花音先輩に勝っている冴島先輩の邪魔をするためという幼稚かつ自分勝手な悪意。

 これはひょっとしなくても私、結構なクズなのでは?

 いや、自分の行動がアレだったのは理解してたけど、今さらその実感が非常に強く湧いてきたというか、罪悪感が半端じゃないというか……。


 とにかく、このまま先輩に頭をさげさせておく訳にはいかない。

 謝る必要なんてないし、別に幻滅したりもしていないということを告げると、安心したように先輩は表情を緩めた。そんな仕草にさらに罪悪感が刺激される。

 昨日の真相を正直に告げた方がいいのだろうか、いやでもそれは……なんて私が葛藤していると、先輩が遠慮がちにこんなことを尋ねてきた。


「その、白石さんはさ。なんで僕が僕だってわかったの?」


 字面だけだと何言っているんだコイツって感じの質問だけど、その意図はわかる。

 確かに、今目の前にいる先輩と、学校で見た先輩は見た目や雰囲気から何もかもが違う。今日の先輩と学校での先輩を同じ人物だと見破れる人はそういないに違いない。

 先輩の言動的に今の恰好を見られることをよく思っていないみたいだし、どうして私が気づけたのかが気になっているみたいだ。

 隠すことでもないし、私は正直に理由を答えることにする。


「あーそれはですね、声でわかりましたね」


 ここ数日で結構な回数聞いた声。それに加えて学校での先輩のクールな雰囲気と柔らかい声音はどこかちぐはぐな印象があって、それで記憶に残っていたというのもあるだろう。

 それでも100%の確信をもって先輩だと見抜いたわけではなく、もしかしたら程度の思い付きがたまたま当たっていただけの話。そんなことを説明しつつ改めて思う。

 学校での先輩の見た目はなんだか冷ややかで、だからこそ声やしゃべり方の柔らかさにギャップを感じた。

 でも、今の先輩はどうだ。

 無造作で整えられていない髪、クールな雰囲気を作るのに一番大きな役割を果たしていただろう鋭い目つきは、ダサ……愛嬌のあるメガネでだいぶ緩和されている。それに加えて自信がなさそうなこの態度。

 うん、すごくしっくりくる。

 大多数の人は今目の前の先輩よりも学校での先輩の方がイケてると評するのだろうけど、学校での先輩にはちょっとビビってすらいた私からすると……

 

「こっちの方が親しみやすくていいですね」


 純粋な感想としてそう言うと、なぜか先輩は黙ってしまった。

 もしや怒らせてしまったかと焦っていると、先輩は慌ててそれを否定した。怒っているどころか嬉しかったらしい。

 嬉しかったというのは嘘ではないらしく、先輩の表情は今まで怯えていたのが嘘ではないかというくらい、晴れやかで穏やかなものとなっていた。

 

「ふふっ、今なら先輩の好感度うなぎのぼりな感じしますし、勉強教えてほしいって言ったらOKされちゃいそうですね?」


 先輩の表情の変わりようがおかしくて、ついそんなからかいの言葉をかけてしまう。

 断りながらもきっと申し訳なさそうな顔をするんだろうななんて想像しながら、この軽口を最後に先輩を解放してあげようなんて思っていたのだけど、ここで予想外の出来事が起きた。


「いいよ」


 ……えっ!?

 まさかのOKが出てしまった……。聞き間違えかとも思ったけどどうやら本気でOKらしい。

 え、なんで?この短い時間でまじでそんなに好感度上がったの?先輩チョロすぎでは?そんなにチョロいと悪い人にホイホイ騙されちゃいますよ?例えば私とか。

 慌てる私に、なぜか吹っ切れた雰囲気で再度どうするか尋ねてくる先輩。いつの間にか立場が逆転してる……。

 少し迷った末、混乱気味な頭で私は結論を出した。

 

「じゃあその、先輩、勉強、見てもらっていいですか……?」

 

 正直、冴島先輩に対する蟠りはあまり残っていない。

 でも、一度失敗したのにチャンスが降って湧いたなら、なんとなく飛びつきたくなってしまうのが人の性というものだろう。

 それに、冴島先輩という人物そのものにも少しだけ興味が湧いてきた。

 

 だからこそ私は「よろしくお願いします」と答えたのだけど、あとから思えばこれが一番の間違いだった。

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