第29話

「紅葉のところに行くの?」


 白石さんが泣きながら部屋を出て行ってしまった理由について、灰田さんの推測を聞いた後。

 こうしちゃいられないと立ち上がった僕に灰田さんが尋ねてくる。


「うん。今の話が本当なら僕は白石さんとちゃんと話さないとだし」


 そう言うと、灰田さんの表情に少し不安の色がさした。


「……今回の件は紅葉が悪いと思う。でも、あの子は別に、悪い子というわけではなくて、私みたいな変わり者ともずっと仲良くしてくれてるような子で……。その、できれば、紅葉が泣きながら謝ったワケを汲んでほしいというか……。あまり追い詰めるようなことはしないであげてほしいと、幼馴染としては思う……」


 いつもの淡々としている様子からは想像もつかないほど、しおらしい様子でそんなことを言ってくる灰田さん。他人に興味がないように見えていた彼女は、身内にはかなり甘いらしい。

 そんな様子を微笑ましく思いながらも、僕は灰田さんの勘違いを訂正する。


「えっとね、灰田さん。僕は怒ってないというか、そもそも白石さんが悪いとも思ってないよ。灰田さんの話を聞いた後でも白石さんに対する印象とか気持ちとかは全然変わってないし。だから、白石さんにはそれを伝えに行くだけ」


 僕がそう告げると、どこか安心したように灰田さんは微笑んだ。

 初めて見る彼女の笑みに内心驚きつつも、それじゃあ行ってきますと放送準備室のドアに手をかける。


「ありがとう。それと頑張って、冴島先輩」


 扉が閉まる直前、いつものように淡々とした、それでいてどこか柔らかい声でそう励まされた僕は、白石さんを探すべく駆け出した。




「はぁはぁ……やっと見つけた……!」

「……」


 学校中を探し回った末、白石さんをようやく見つけることができた。

 屋上前の踊り場、僕が白石さんのお願いを一度断った場所に彼女はいた。

 僕が思いつきそうな場所にはいないだろうと思いつつも、一応と思い確認したらいたので正直ちょっと驚いてる。

 こちらに気づいた白石さんはゆっくりと顔を上げた後、またすぐに俯いてしまう。そのわずかな時間でも涙の跡がはっきりと見えてしまい、苦しい気持ちになった。

 どうしたものかと迷った挙句、ふさぎ込んでいる白石さんの横に座り込む。

 人1人分くらいの間隔をあけているとはいえ、隣に腰を下ろした僕に一瞬びくりとした白石さんだったけど、立ち去るつもりはないようだ。かといって何かを口にするわけでもなく、自分の膝に顔をうずめているままだった。

 

 非常に気まずい時間が流れる。どういう風に話を切り出そうか僕が悩んでいると、白石さんの方が先に口を開いた。


「その、先輩。ごめんなさい……」


 彼女の口からこぼれたのは、またもや謝罪の言葉だった。


「白石さんは、いったい何を謝ってるのかな」

「それ、は……」

「僕のちょっと暗めな過去を踏み込んだこと?」

「……」

「勉強会を途中でほっぽりだしたこと?」

「……」


「それとも、勉強を教えてほしいって口実で・・・僕に時間を割かせ続けたこと?」


 そう言った途端、白石さんの肩が目に見えて跳ねた。どうやら灰田さんの推測は当たっていたらしい。白石さんは伏せていた顔を上げ、目を見開いてこちらを見ている。


「なん、で……?……ってああ……。沙枝ちゃんですか……」


 力なく呟く白石さん。その表情があまりに痛ましいものだから、僕は「正解!」と冗談めかしていった。


「灰田さんすごいよね。あれ絶対名探偵になれる器だよ」


 わかっていたことだけど、僕に軽口のセンスは皆無らしい。白石さんはいまだに苦しそうな、思い詰めたような表情のままだ。

 

「その様子だと、沙枝ちゃんからいろいろ聞いちゃってますよね……」

「それに関しては本当にごめん。灰田さんはあくまで推測だし、本来は白石さんの口から聞くべきことだって言ってたんだけど。僕が不甲斐ないせいで灰田さんに頼ることになっちゃって」

「気にしないでください。沙枝ちゃんが言う通り、私の口からお話ししないといけないことですから……。だから、先輩。今更って感じですけど……答え合わせも兼ねて、私のお話も聞いてもらえませんか?」


 悲しそうな、諦めたような顔で尋ねてくる白石さんにノーと言えるはずもなく。

 白石さんは、突然涙を流した理由、そしてこの一か月間にわたる勉強会の真相について語り始めた。 

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