第28話
「
普段の無表情さは鳴りを潜め、こちらをにらみつけてくる灰田さん。
普段であれば、壁1つ隔てた部屋でこちらのことなど我関せずと部活にいそしんでいる彼女だが、さすがに幼馴染が泣きながら部屋を出ていったとなるとそうもいかないらしい。険しい雰囲気でいったい何があったのかを尋ねてくる。
お前が泣かしたんだろうと言わんばかりの態度だけど、それは仕方がないことだろう。白石さんが泣いてしまった原因は僕くらいしか考えられないし、僕も自分が原因だろうことは思っている。
でも、自分が何をやらかしてしまったのかがわからないから僕だっていまだに困惑しているのだ。
彼女を傷つけるようなことを僕は何か言ってしまっただろうか。白石さんには一切関係のない、僕のしょうもない過去を話しただけだと思うんだけど……。
そう正直に告げると、灰田さんは責めるような雰囲気を霧散させこう問うてきた。
「紅葉にどんな話をしたの。教えて」
「えっと……」
「あなたはきっと嘘をついていない。でも、紅葉が泣いていた理由はきっとあなたの話が原因。だからその内容知りたい」
「それはわかるけど、今は白石さんのことを探さないと!」
なおも言いつのってくる灰田さん。彼女の言うことはもっともだし、知りたいという気持ちもわかる。
しかしこうして話している間にも白石さんはどこかで泣いているかもしれない。灰田さんの登場で意識がそっちに持っていかれていたが、まずは白石さんのことを探すことの方が先決に思えた。
「泣いている理由がわからないのに探してもグダグダになるだけ。まずはなんで紅葉が泣いてしまったのかを考えた方がいいと思うけど」
「それは……」
焦る僕とは対照的に冷静な様子の灰田さん。いや、彼女もこうして話を急かしている以上焦ってはいるんだろうけど、それでも非常に理性的だ。
確かに灰田さんの言う通り、白石さんが泣きだした理由も、彼女がごめんなさいとこぼした理由もわからなかったがためにさっき僕は固まってしまった。勢い任せに白石さんを探して見つけ出したとして、同じことを繰り返さないと言い切れるだろうか。
ここは灰田さんにも話を聞かせて、白石さんが泣いている理由を一緒に考えてもらった方がいいのかもしれない。
正直、僕の昔話はあまり他人に吹聴したいものではない、白石さんに話したのはこれまでの付き合いで話そうと思えるだけの信頼があったからだ。
とはいえ、僕の恥ずかしい過去を話すくらいで白石さんの涙を止められる可能性があるのなら、それを躊躇している場合ではないだろう。
「あなたが紅葉にした話があまり話したい類のものではないというのはわかる。それを無理に聞き出そうとしていることを申し訳ないとも思う。でも、私にとってはあなたの気持ちよりも紅葉が泣いている理由の方が大事。あなたから聞いたことは絶対に他言しないと誓う。だからどうか、何を話したか教えてほしい」
真摯な声音で、頭まで下げてくる灰田さん。
その様子から、白石さんのことを大切に想っていることが伝わってくる。
灰田さんは初めて会ったときから今この瞬間まで、一貫して僕に関心なんてないのだろう。それなのに、白石さんのために頭を下げてまで話を聞かせてほしいとお願いしているのだ。
あまり関心がないように見えてその実幼馴染想いな灰田さんの協力を得るべく、僕は白石さんに何を話したのかを話し始めた。
「――って話をしたら、突然白石さんが泣きそうな顔になって。あとは灰田さんも知っての通りここから出て行っちゃったわけなんだけど……」
「……ちなみに、紅葉は部屋を飛び出す前何か言ってた?」
どれくらいの時間が経っただろうか。
灰田さんから飛んでくる質問にも答えながら、白石さんが部屋を出ていく前に何があったかを話し終えると、最後にそんなことを尋ねられた。
思い出すのは、白石さんが涙をこぼしながらかすれるような声で告げた一言。
「ごめんなさいって言ってたかな……」
「そう……」
短くそう言って考え込むように俯いてしまう灰田さん。
少しの時間を置いた後、僕はおずおずと彼女に尋ねた。
「えっと……何かわかったかな……?」
「大体はわかった」
「ま、まじで……?」
動揺して言葉遣いが妙に乱れてしまった。灰田さんは白石さんが泣いてしまった理由にたどりついたらしい。
灰田さんに話をしたことで頭の中が多少整理されたものの、僕はいまだに白石さんを泣かせてしまった理由について検討がついていない。むしろなぜ白石さんが涙を流したのかますますわからなくなったくらいだ。
それを話を聞いただけで大体わかったと言ってしまう灰田さんにはもはや恐ろしさすら感じてしまう。
以前、白石さんが観察力や勘が鋭すぎると評していたのは伊達じゃないみたいだ。
まあそうはいっても灰田さんの推理が当たっているかはわからないか、なんて思ったところで爆弾発言が投下された。
「まじ。結論から言うと紅葉が悪い」
「……」
今度は驚きすぎて声すら出なかった。
え、白石さんが悪い?あんなに辛そうな顔で泣いていた白石さんが?僕が悪いの間違いじゃなくて?
内容だけでも衝撃的なのに、立ち位置的には白石さんの味方だろう灰田さんの口からその発言が出てきたことが驚きにさらに拍車をかけている。
思考のキャパがいっぱいいっぱいになってしまった僕は、恥も外聞もなく灰田さんに一体どういうことかと答えをせがんだ。
すると、灰田さんはわずかに苦々しさがにじんでいた表情を真顔に変え、こんなことを尋ねてきた。
「それを話す前に尋ねたい。この部屋で紅葉の勉強を見てきた一か月間、あなたにとってはどうだった?」
この質問にはどんな意味があるのだろう。
その意図はわからないものの、灰田さんの雰囲気から誤魔化していい場面じゃないことはわかる。
だから、僕はありのままに思うことを答えることにした。
「楽しかったよ。楽しくて仕方がなかった。さっきも話したけど、僕って中学校生活はろくでもなかったし、高校では息が詰まりそうな思いをして過ごしてるからさ。気負わずに接することができる白石さんとの時間は、僕にとってとにかく得難いものだった。ここ最近はこの時間がもうすぐ終わってしまうことが惜しくて仕方なかったくらい」
だいぶ恥ずかしいことを言っている気もするけど、まごうことなき僕の本音だ。
白石さんとの放課後があったから、最近は学校に行きたくないと思うこともなくなった。
白石さんがメッセージを送ってくれたり連れ出してくれたりしたから、ひたすら勉強ばかりで味気なかった休日が色づいた。
この一か月は、僕の今までの学校生活の中で最高のものだったと断言できる。
それを聞いて、無表情ながらもどこか嬉しそうに「そう……」とだけ呟く灰田さん。ややあって、彼女は僕としっかり目を合わせながら一つ息を吐いた。
「いまから話すことは、あくまで私の推測。さらにいうと、本来だったら紅葉の口から直接聞かなきゃいけないこと。第三者が勝手に喋っていい内容じゃない。……でも、あなたには聞く権利があると思ったから話す。これを聞いた後の行動は……あなたに任せる」
「わかった」
灰田さんの真剣な表情にこちらも居住まいを正す。彼女の口から淡々と語られた推測は僕にとって衝撃的なものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます