第27話

 人の目が怖い、僕の告白を聞いた白石さんの反応は明らかに納得いっていない人のそれだった。今までの付き合いから、僕が人目をやたらと気にしていたのはわかりきっていたのかもしれない。

 納得していないのはきっと、どうして人の目をそんなに怖がるのかという背景について全く話していないから。その目がもうちょっと詳しく話せと語っていた。

 その辺もちゃんと話すとさっき覚悟を決めたから、白石さんにはちょっとだけ自分語りに付き合ってもらおう。


「中学生の頃の話しなんだけどさ、僕、いじめられてたんだよね」


「…………え?」


 今度は純度100%の驚いた顔だ。

 その驚きが言葉の内容に対してなのか、それを僕が話したことに対してなのかは定かではないけれど。

 ぽかんとしたまま固まっている白石さんに、つまらない話なんだけど、と前置きをして僕は話し始めた。



 中学生のころの僕は暗くて、ダサくて、どんくさいというそれはそれはだめな奴だったんだけど、意外なことに僕はクラス内でちゃんとグループに所属していた。

 それも、スクールカーストなんて残酷な基準を適用するなら一軍といっていいようなグループにだ。

 今になって振り返ってみれば、ほいほい宿題を写させたり日直を変わったりしていた僕は都合がいい人間だったんだろうなってちゃんとわかるんだけど、当時の僕はそれに気づくこともなくイケイケなグループの隅っこでそれなりに楽しく過ごしていた。


 しかし、そんな生活も長くは続かなかった。

 中学二年生のころの半ば頃、クラスで一番大きなグループ――要するに僕が所属していたグループが二分される事態が起きた。

 理由はまさかの痴情のもつれ。リーダー格の男子二人の好きな人が被っていることが判明したのだ。

 友情とは儚いもので、つい最近まで仲が良かった彼らはバチバチに対立。こいつと一緒のグループなんてやってられねえ!と元々のグループのメンバーに引き抜きをかけつつ、自分主体のグループを再編成することにしたようだった。


 そんな中でまさかの僕にもグループへのお誘いの話が来た。

 正直いてもいなくても大差ないだろう僕は、グループの再編成に伴って放逐されてもおかしくない存在だったから、それは非常にありがたいことだった。……それが二人から同時に誘われたのではなければだけど。

 人望を競い合っていたのか、少しでも自分の派閥を大きくしたいと考えたのか、僕のことを男二人が取りあうという全く嬉しくもない状況が発生。

 どうせなら女の子に取りあわれたかった……と舐めたことを思いつつも、僕は非常に困った。

 同時に誘われてしまった以上どちらかを選んでどちらかを切り捨てるという大変しんどい選択をしなくちゃいけないのもそうだし、そもそも自分が所属しているグループが分裂してしまったという状況に思うところがあった。

 そこに中学生特有の全能感というか無鉄砲さが相まって、空気が読めない僕は愚かしくも言ってしまったのだ。


「前みたいに二人とも仲良くしたらいいのに」


 さて、グループ内でヒラもヒラ、体のいい雑用くらいのポジションだった人間が、いきなりトップの人間に食ってかかったら相手はどう思うだろう。

 そうじゃなかったとしても、当人たちの感情に対して他者がずけずけと踏み込むということのどれだけ無神経で無粋なことか。

 当然の帰結として僕は二人の反感を買ってしまい、それからいじめられるようになったわけだ。


 幸いだったのは、直接的な暴力を振るわれるようなことはなかったこと。無視されたり、陰口をたたかれたり、持ち物を隠されたりするとかそんなのばかりだった。

 とはいえそれでも辛いものは辛くて、僕のさして強くもないメンタルはどんどん消耗していった。

 最初はいじめをやめてもらえないかと許しを乞うてみたりものしたんだけどそれが実を結ぶことはなく、早々に僕は中学校生活を諦めた。


 中学校生活は最低なものでかまわない。でも、高校では穏やかな日々を送りたい。

 そう考えた僕は、穏やかな高校生活を得るための行動を開始した。


 同じ学校の生徒がいないような高校に受かるため勉強をして、フィジカルを強くすればメンタルも強くなるなんてネット記事を信じて体を鍛えて、見た目を馬鹿にされるようなことも多かったので少しでもましにみえるようおしゃれやファッションを学んだ。


 その結果、現在通っている西鶴高校に合格することができ、周りから虐められるようなこともなくなった。

 これだけならめでたしめでたしで終われたんだけど、そうはいかなかったのが何とも僕らしい。

 黒崎さんという超超ハイスペックガールにテストで勝ってしまったがために、高校における僕の評価は想定をはるかに超えるものになってしまった。


 しかもどうやら、中学校時代のことが結構なトラウマになってしまっているらしい。人にどう見られているか、人に嫌われていないかを僕はかなり気にしてしまう。

 そんなわけだから、実態からどれだけかけ離れた評価をもらおうと、それを苦しく思っていようと、自分はそんな大した人間じゃないと声を大にして言う勇気が僕にはなかった。

 もしかしたら、白石さん同様みんなあっさりと受け入れてくれるのかもしれない。でももしそうじゃなかったらと考えてしまうと、どうしても勇気が出ないのだ。

 僕は自分に対して負の感情を向けられることが怖くて仕方がない。



「――っていうのが、僕がどうしようもなく人目を気にしちゃって、多少無理してでも学校で背伸びしてる理由。情けないとは自分でも思うんだけどどうしても――って白石さん!?」


 さして壮大な話でもなく、聞いていて楽しくもないだろう自分語りを終え、白石さんの反応を窺おうと顔を上げたところで異常に気付く。白石さんが今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 予想だにしていなかった展開に一瞬頭が真っ白になってしまう。

 え、泣くポイントあった……?空気の読めない陰キャがイキった結果痛い目見たってだけの話だよ?笑い話とまではいかずとも曖昧に笑って流すような話よこれ?

 僕の自分語りがウザすぎて辟易するとか、自分の勉強を見ていた奴の成績の出処が逃避のためだったことに幻滅するとか、そういう反応ならまだわかる。

 わかりはするものの、白石さんならそんな反応はしないだろうと思ったからこそこんな恥ずかしい自分の過去なんて語ってみせたわけだ。

 だから、泣かれるのは予想外すぎる。

 一体なぜ、理由を考えてフリーズしている僕の目の前で、今にも泣きだしそうな顔を泣き顔に変化させた白石さん。

 彼女は俯きながら、絞り出すような声で言った。


「ごめんなさいっ……!」

「……え?」


 突然の謝罪。

 一体なぜ白石さんは謝っているのか、この状況でむしろ謝らないといけないのは僕じゃないのか。

 そんなことを考えてまたも身動きがとれなくなってしまった僕をよそに、白石さんは逃げるようにして部屋を出て行ってしまった。


 一人取り残された狭い部屋で呆然としてしまう。

 さっきのはいったい何だったんだろう。もしかして夢や幻だったんじゃないかと思うくらい唐突で、わけのわからない出来事だった。でも、現実として白石さんは今この部屋におらず、床には彼女が零した涙の跡が残っているわけで……。

 自分が白石さんを泣かせてしまっただろうこと、泣いてる彼女に対し咄嗟に何もできなかったことを後悔しつつ、いまだ動転気味の思考で白石さんを追いかけなくてはと考えたところで、部屋のドアが開く音がした。

 そこに立っていたのはついさっき出ていった白石さん――ではなく、


「紅葉が泣きながら出ていったんだけど、何があったの」


 こちらをどこか非難するような目で見つめている、この部屋の貸主である女の子だった。

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