第26話
白石さんと一緒に遊園地へ遊びに行った日からさらに時間が経ち、いよいよテスト本番まであと数日となった。
このところ、白石さんは宣言通り今まで以上に勉強を頑張っていた。
その頑張り様は鬼気迫るといったほどで、無理をしすぎていないか心配になるほどだ。
多少の無茶なら応援してあげたいけど、明らかに不調をきたしている場合はちゃんと止めなくちゃなと思っている。
この時期になると学校の雰囲気はテスト一色で、テスト勉強に集中しなさいと部活動なんかも休みになる……はずなんだけど、なぜか放送準備室はいつものように開いている。灰田さんも当たり前のように部活に来ていた。
そのおかげでこの時期でも部屋を使わせてもらえるわけだからありがたいことなんだけど、それはそれとして大丈夫なのか心配になってくる。
灰田さんに尋ねてみたところ、「うちの顧問は適当。問題ない」とのこと。それは問題があるんじゃないかと思いつつも所詮は間借りしている身、言葉にすることはできなかった。
ちなみに、今日もテキストではなくパソコンと向かい合ってる灰田さんにテスト勉強の方は大丈夫なのかそれとなく聞いてみたところ、若干気まずそうに「……問題ない」と返された。態度がどう考えても問題ない人のそれじゃなかったが、こちらも僕は何も言えなかった。
まあそんなわけで、白石さんとの勉強会も残すところあと一週間。
悔いが残らないように今日も気合を入れて僕は白石さんの勉強を見るつもりだ――と、意気込んだのはよかったのだけど……。
「あ、しまった」
「どうしたんですか先輩?」
突然声を上げた僕に白石さんが何事かと視線を向けてくる。
「いや、大したことじゃないんだけど教室に忘れ物したみたいで」
「ありゃ」
いよいよ仕上げと言った段階なので、テスト前にこれだけは確認しておきたいという箇所をまとめたノート。それがカバンの中に見当たらない。どうやら机の中に忘れてきてしまったらしい。
「ごめん、白石さん。ちょっと取ってきてもいいかな」
「もちろんかまいませんよ。私は先輩が戻ってくるまでこの問題解いてますから」
「ありがとう、すぐ戻るから」
「はーい」
問題に目を向けたまま返事をする白石さんを残して、僕は自分の教室へと向かう。
この時はまだ、あんな目に遭うなんて思ってもいなかった。
「ただいまぁ……」
「おかえりなさーい。先輩結構遅かったですね……ってどうしたんですか!?」
忘れ物を回収し放送準備室へ戻ると、僕の顔を見るなり白石さんは驚いたような声を上げた。
「いやあ……はは……」
「何ですかその力ない笑いは!?顔も疲れ切ってるし、この短い時間でいったい何があったんですか……!?」
心配そうな顔で事情を尋ねてくれる白石さん。
その優しさに感謝しつつ、僕は白石さんに一つ質問を投げかける。
「ねえ、白石さん」
「なんですか?」
「白石さんから見て、僕ってどんな人間……?」
「えっと……?うーん、お人よしで、面倒見がよくて、真面目……ですかね。あ、あとちょっとズレてて初心でブラコンってのも追加で」
突拍子のない僕の質問に困惑しつつも、白石さんはちゃんと答えてくれる。
最後の方はディスられてた気がするけど、だからこそその評価を聞いて僕は安心してしまった。
「なんてありがたい評価なんだ……!いうほどお人よしでも面倒見がよくもないんだけど、そう思われてるっていうのは悪い気がしないよ……!あとブラコンではない」
「あの、先輩?口調というかテンションがちょっと変なんですけど……。さっきの質問といい一体どうしたんですか?」
わけがわからないといった様子の白石さん。
そんな彼女に、僕は一から説明することにした。一体何があって、どうして僕がこんなにも憔悴しているのかを。
「実はね――」
忘れ物を回収するために教室の前まで戻ってきた僕は、教室に入ろうと扉に手をかけたところでぴたりと停止した。というのも、中から楽しそうな話声が聞こえてきたからだ。
どうやら女子数人が残っておしゃべりをしているらしい。テスト前ということを考えると、一緒に勉強をしながらその合間で雑談をしているのかもしれない。
教室から聞こえてくる声に中に入るのをためらってしまう。盛り上がっていた会話が途切れて視線がこちらに向くあの瞬間が苦手なのだ。
とはいえ、白石さんをあまり待たせるのはよくない。意を決して扉に手をかけたその時――
「じゃあさー、冴島くんは?」
「!?」
教室の中から聞こえてきたそんな声に再び動きが止まり心臓が大きく跳ねる。理由は言うまでもなく自分の名前が出てきたからだ。
もしかしなくても、これから陰口をたたかれるのでは……?そんなことを考えてしまう。
こちとらすれ違う人が笑っているだけで自分が笑われているのではと不安になってしまうような人間なのだ。自意識過剰、卑屈、臆病、全く以てその通り。
それでもその性質を変えられなかったからこそ、今も虚勢を張って学校で過ごしているわけで……。
何を言われるのかわからなくて怖いという気持ちはあったが、自分の名前が出たのを聞いてしまった以上そこから逃げ出すのも怖かった。
ここで逃げ出したって後から何を言われていたのかと良くない想像を膨らませるのは目に見ている。それならいっそう一思いに聞いてしまった方がまだましかもしれない。
きゅっと目をつむり、心の中で身構える僕。
どんな悪口でもどんとこい!あとで絶対気に病むけどな!
そんな情けない覚悟を決めた僕の耳に飛び込んできたのは、想定とは違うものの、やはり言葉の暴力だった。
「イケメンだよねー!!寡黙だし、クール系って感じ!あの鋭い目でじっと見つめられたい……!」
「どことなく陰があるっていうか、ミステリアスな雰囲気がいいよね!」
「しかも成績は学年一位で運動だってできるんだからすごいわー」
「でも、付き合いたいかって言うと違うんだよねぇ」
「あーわかる。高嶺の花っていうか、観賞用って感じだよねー。自分じゃ絶対釣り合わないもん」
「冴島君と釣り合うのなんてそれこそ黒崎さんくらいじゃない?」
「私たちみたいな凡人からすれば遠めに見てるくらいがちょうどいいよねー」
(もうやめて……!僕のライフはゼロよ!)
心の中でふざけないとやってられないほど、僕はダメージを受けていた。
悪口でこそなかったものの、下手するとそれよりも質の悪い言葉の暴力に晒されているからだ。
あまりの羞恥に顔を覆い、その場に伏せる。普通なら不審がられるような行動だけど、放課後の廊下は人気がなく僕の奇行が見とがめられることはなかった。
(ああああああああ恥ずかしいよおおおおおおおおおおお!!)
ここが自室だったら枕に顔をうずめて延々と叫んでいるところだ。白石さんの勉強を見ることをかっこつけて承諾した時よりもはるかに恥ずかしい。
というか、彼女たちが話題に出している冴島とは本当に僕のことなのだろうか。
寡黙でクール?何を話していいかわからないだけだ。
陰がある雰囲気?誤魔化しきれない陰キャオーラが漏れ出ているんだと思うよ。
黒崎さんと釣り合う?黒崎さんと僕を天秤にかけたら僕は吹っ飛ぶことになるんじゃないかなあ……。
彼女たちは集団催眠にでもかかっているんじゃなかろうか。それか冴島という人間は別にいて、僕が自分を冴島だと思い込んでいる異常者という可能性も……そんな風に現実逃避に興じていると、いつの間にか彼女たちの話題が僕から別の男子生徒に移っていた。
少し時間を置き、一つ深呼吸をした後教室のドアを開ける。
こちらを見て『今の、もしかして聞いてました?』と言わんばかりに焦った顔をする女子たちに、渾身の『なんか見られてるけど何が何だかわからない』という顔をして忘れ物を回収。
主演男優賞受賞間違いなし!と自分を内心褒めつつ、ダッシュで僕は放送準備室に戻った。
「――ってわけなんだよねえ……」
「っぷ、あははははははは!なんですかそれ!先輩、いつのまに乙女ゲームのキャラクターになったんですか?」
「ほんとそれね……」
僕がなぜ疲れていて、先のような質問をしたのかを説明し終わると白石さんは爆笑しながら僕のことをからかってきた。
普通なら怒るところなのかもしれないけど僕も全くの同意見だし、こうして笑い飛ばしてくれることはむしろありがたくすらあった。
「あーおかしい。まあ、傍から見ている分にはそういう風に見えるっていうのもわからなくはないですけど」
「嘘でしょ!?」
散々笑って涙がでてきたのか、目じりを指でぬぐいながら白石さんが聞き捨てならないことを言う。
わからなくもないことがわからないんですけど……。
「そんな悲壮そうな顔しないでくださいよ。話してみたらすぐ気づくと思うんですけどねー。先輩普通に喋りますし案外抜けてたりもしますし……」
「あー……僕、同級生とほとんど話さないから……」
「私が言えたことじゃないですけど悲しいですね……。というかそもそもの話なんですけど」
「ん?」
不思議そうで、それでいてどこか真剣な様子でこちらを見てくる白石さん。一体どうしたのだろう。
「なんで先輩ってそんな感じなんですか?」
「え?」
突然質問をぶつけられたものの、内容がふわっとしていて意図がよく分からない。
そんな僕の様子をみて、白石さんが補足するように口を開いた。
「以前先輩って学校での自分は背伸びしてるーみたいなこと言ってたじゃないですか」
「言ったね」
白石さんに完全に素の状態で出会ってしまった時、そんなことを言った気がする。
「これまでの様子から先輩って、学校での恰好、先輩が言うところの背伸びしてる状態のことがあんまり好きじゃないのかなーって思ってたんですよ」
「まあ概ねその通りではあるね」
しんどいし、落ち着かないし、めんどくさいし。
「でもさっきの話みたいに先輩やたら高く評価されるのは先輩がしてる背伸びの影響も大きいと思うわけで」
「それは……そうかも」
「かといって高い評価を喜んで受け入れてる感じでもないですし、むしろしんどそうにしてるじゃないですか」
「そりゃああまりに実態からかけ離れたことを言われても嬉しいとはならないし、むしろプレッシャーだからなあ……」
おかげさまで毎日[状態異常:腹痛]にかかっている。
「じゃあなんで先輩は重荷だと思うような評価を受けてまで好きでもない背伸びを続けてるんですか?どう考えても素でいた方が楽じゃないですか」
「あー……そういうことか」
やっと白石さんの質問の意味が理解できた。
要するに、僕にとってメリットはなさそうなのにどうしてわざわざ見栄を張ってるんですかということらしい。
白石さんからすれば僕がしんどい思いをするためにしんどい思いをしてるようにしか見えないんだろう。実際それを否定できるかというと否定できないし。
でもなあ……。この質問に対して真剣に応えようとするとだいぶ僕の情けない過去を晒さないといけないというかなんというか――と考えたところでふと思いなおす。
(まあ、今更かな……)
この
大体、それで白石さんが軽蔑するような人間じゃないと知っているからこそ僕は今白石さんとこうして一緒に放課後を過ごしているわけだ。
そんなに長い付き合いではないけれど、大抵のことなら話せるというくらいには白石さんのことは信頼している。むしろ、少し聞いてほしくすらあるかもしれない。
一瞬の葛藤の後、覚悟を決めた僕はゆっくりと口を開いた。
「僕さ、めちゃくちゃ人の目が怖いんだよね」
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