第25話

 散々遊びまわって、そろそろ帰ろうかという時間。

 〆のアトラクションといえばこれ!という白石さんに連れられるまま、僕は白石さんと二人で観覧車に乗っていた。


「先輩、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

「こちらこそ、すごく楽しかったよ。誘ってくれてありがとね」


 お互いに今日一日楽しませてくれたことへの感謝を告げ、どちらともなく照れたように笑いあう。

 いかにも青春らしいシチュエーションだ。これでちょうど夕暮れ時であればよりエモかったんだろうけど、七月である今はこの時間帯でもまだまだ明るい。

 まあそれでも女の子と二人きりで観覧車なんて、僕からすればどれだけありがたがっても足りないような状況なんだけど。


「先輩がそう言ってくれてよかったです。私の都合で振り回しちゃった感があるので、先輩が楽しめてなかったらどうしようかと」 

「ばっちり楽しんでたから全く問題なしだよ。あー、でも……」

「で、でも……?」

「僕、先輩らしいところを一つも見せられなったなあ……」

「へ……?」


 緊張した面持ちから一転、キョトンとする白石さん。

 前々から思っていたけど、彼女は感情表現がとても豊かだ。


「いやさ、今日の僕って基本叫んだり慌てたりでかなり情けなかったというか、スマートさとは無縁だったよなあと思ってね」


 コーヒーカップで叫んで、ジェットコースターで叫んで、お化け屋敷では叫ぶどころじゃ飽き足らず白石さんの手を思い切り掴む始末。

 今日一日が楽しかったのは嘘偽りない本音だけど、もっとかっこよくて頼りがいのある立ち振る舞いができていればとはどうしても思ってしまう。

 自分のみっともないところを思い出し苦い顔をしているだろう僕を見て、白石さんはどういうわけか笑っていた。


「ふふっ、先輩、そんなこと気にしてたんですか?」

「そりゃあ多少は気にするよ。一応これでも先輩なんだし、みっともないところばっかり見せてたら恥ずかしいって」

「恥ずかしく思う必要なんてないですよ。むしろ、等身大の先輩と一緒に楽しめてる感じがして私は嬉しかったですよ」


 穏やかな笑顔でそんな照れくさいことを言ってくる白石さん。以前ショッピングモールで出会った時と同じだ。

 僕が情けないところを晒してもそれを馬鹿にしたりせず、あっさりと受け入れてしまう。

 そんな白石さんが相手だからこそ、僕も肩の力を抜いて接することができるし、彼女が望むなら力になりたいと思える。

 僕と白石さんの勉強会ももう折り返しといった時期だけど、残った期間も彼女のためにできる限りの力を尽くそうと改めて思った。


「なんていうか、ほんとにいい人だよね。白石さん」

「……前も言いましたけど、私はいい人なんかじゃないですよ。というかむしろその逆です」


 いつかと同じように、いい人だという言葉を白石さんは即座に否定する。

 普段美少女だと自称して憚らないにも関わらず、いい人という言葉を明確に否定するのは何か白石さんの中で譲れないラインがあるのかもしれない。

 とはいえ、僕がそこに踏み込めるかというともちろんそんなことはなく。


「ま、あくまで僕の主観の話だから。白石さんが実際は悪い人だったとしても、それを知らない僕からすればいい人に見えるよってだけのこと」


 そんなことを言うに留める。我ながらこの言い分はどうかと思ったけど、気まずそうな白石さんの表情が苦笑に変わったので間違いというわけでもなかったみたいだ。

 

「私がいい人だっていうなら先輩は聖人君子ですね。よく知りもしない後輩の勉強を見てくれたり、雨の日に自分の傘を渡そうとしたり、無茶苦茶な理由で休日突然誘っても律儀に付き合ってくれたり……」

「いやーそれは……」


 僕がいい人だからやっているわけではなく、白石さんが相手だからやっていることだ。

 僕がいかにチョロくてあっさり絆されたとはいえ、白石さんが先にこちらに歩み寄ってくれなければ今の関係は成立しなかっただろう。

 現に僕は一回白石さんの頼みを断っているわけだし、誰に対しても同じ様に接するわけじゃない。

 だから結局のところ、白石さんがいい人だからこそ僕も白石さんに対していい人でいられるということなんだけど、それを伝えても白石さんは認めない気がしたので曖昧に笑って誤魔化した。



「あの、先輩」

「ん、どうしたのかな?」


 ゆっくりと回っていたゴンドラもそろそろ地面につきそうだという頃、真剣な様子の白石さんに声をかけられる。

 さっきの会話以降なんとなく二人とも黙り込んでしまって、その間も白石さんは何かを考えこんでいた様子だった。

 雰囲気から大事な話だろうなと思ったので、こちらも居住まいを正して耳を傾ける。


「私、明日からもっと勉強頑張りますね」

「……え?」

「え?って何ですか、え?って。こっちが真剣に話をしているのに」

「いや、むしろ真剣にそんなことを言われたから驚いたというか。もっと重大な話があるのかと……」

 

 えらくシリアスな雰囲気だったのに、内容がまさかの勉強頑張ります宣言だったのでちょっと混乱してしまった。


「私にとっては結構重大な話だったんですけどねー」

「それは大変失礼しました……。でも、白石さんはもう十分頑張ってると思うよ?」

 

 放課後に自主勉強をしているだけでもえらいのに、僕が教えている時は毎回真剣に話を聞いてくれるし、わからないところがあれば積極的に尋ねてくる。

 これ以上頑張る必要はないように思えた。


「いーえ、もっと私は頑張らないといけないんです。だから先輩。あと二週間、よろしくお願いしますね?」

「全力を尽くすよ。僕も白石さんの頑張りに応えられるよう頑張るから」


 どうしてももっと頑張りたいらしい白石さん。

 なぜそう思ったのかはわからないけど、そういうことなら僕もそれに応えられるよう一層気合を入れることにしよう。


「えへへ、ありがとうございます」

 

 そう言って微笑む白石さんの表情は、頑張るという本人の言葉に反して少し元気がないように感じた。

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