第24話

「着きましたー!」

「着いたねぇ」


 小学生以来だろうか。僕らが住んでいる場所から最も近場にある遊園地は、大きすぎず小さすぎずで、混み具合もほどほどという丁度いい塩梅の場所だった。


「先輩、先輩、なにから乗ります?」

「白石さんの乗りたいのからでいいよー」


 主体性ゼロ、優柔不断極まりない答えを返しても、白石さんの場合は「それじゃああれからいきましょう!」とずんずん進んでいってくれるからありがたい。これでもし相手も僕と同じタイプだったら何も決まらずうろうろし続ける羽目になる。


 最初の獲物をコーヒーカップに決めたらしい白石さんに引っ張られる形で、僕と白石さんのデート(?)はスタートした。



 

「あはははははっ、もっと回しますよー!」

「ストップストップ白石さん!?コーヒーカップってそういう乗り物じゃないから!」

「目指せ、最・高・速!」

「ちょ、待っ、ああああああああ!」


 ウォーミングアップとしてはちょうどいいと思っていたコーヒーカップがなぜか絶叫系アトラクションになったり――



「あの、白石さん?僕がこれに乗るのはかなり恥ずかしいものがあるんだけど」

「何言ってるんですか先輩。白馬の王子様なんて言葉もあるくらいですからむしろ男子こそ乗るべきですよ」

「ダメだって!絵面が絶望的にイタいって!」

「往生際が悪いですよ先輩。旅の恥はかき捨てっていうじゃないですか」

「旅って距離じゃないし、白石さんも恥だと思ってるじゃん!?」


 この年でメリーゴーラウンドに乗せられて赤面する羽目になったり――



「白石さん、これもうすぐ上がりきる?」

「私に聞かないで自分で見てみればいいじゃないですか」

「いや無理!怖い!」

「前にどっかで聞いた話じゃ目瞑ってる方が恐怖を感じるらしいですよ。何が起こるかわからないから体の準備ができないとかなんとか」

「それほんと……?じゃあ頑張って目を開けて――」

「あ、先輩、手遅れみたいです」

「え?ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ジェットコースターで恥も外聞もなく叫んだりしたけども、なんだかんだで僕は遊園地を満喫していた。


 白石さんも楽しんでいるように感じたし、目的として掲げていた僕、というか男の影が仄めかされている写真――いわゆる匂わせ写真も撮影できてご満悦そうだ。


 とまあ、そんな感じで概ね順調に進行していた僕と白石さんの遊園地デート(仮)だったんだけど、ここで一つの問題が発生してしまう。

 白石さんが次に行こうと指さしたのが、全体的に薄汚れたいかにもおどろおどろしい廃病院をモチーフにしたアトラクション――いわゆるお化け屋敷だったのだ。



「あのー、先輩?」

「っ!?な、なにかな……?」

「普通に声かけただけでそんな肩を跳ね上げられると申し訳なさがすごいですね」

「あ、ご、ごめんね」


 仄暗い通路を二人で進んでいる最中、白石さんが声をかけてきた。

 周囲の警戒に全神経を集中させていた僕はその声に過剰に反応してしまい、そんな僕の様子を見て白石さんが苦笑している。


「そのリアクションと言い、ひょっとしなくても先輩ホラーダメですよね?」

「ま、まあ、得意とは言えないかもしれないね……」


 確信めいた質問に、後輩の女の子の前ということもあって少し虚勢を張った答えを返す。もっとも、現在進行形で震えている声と体のせいで本当のところはモロばれだろう。

 何を隠そう僕はホラーが大の苦手である。夏の心霊特集をみようものなら電気をつけながらじゃないと眠れなくなるし、しばらくは鏡を見るのが怖くなるのがこの僕だ。昔遊園地に来た時もお化け屋敷だけは断固回避していた。


「なんていうか意外ですね……。先輩、見た目だけなら『やれやれ……お化けなんて非科学的なもの、存在するわけがないだろう』とか言ってそうなのに」

「待って僕そんな風に見えてるの!?」


 声を低くしてよくわからないキャラクターを演じ始めた白石さんに、一瞬怖さを忘れて本気で突っ込んでしまう。それがほんとなら主観と客観の乖離がすさまじいどころの騒ぎじゃないので、さすがに冗談だと信じたい。

 お化け屋敷とはまた違った恐怖を感じ始めた僕に、白石さんは少し困ったように言った。


「ホラー苦手なら無理して入らなくてもよかったんですけど……」

「楽しんでるところに水を差すのも悪いかなと思ってさ……」

「ほんとにイヤならそこは遠慮なく言ってくれていいんですよ?」

「イヤってほどじゃなかったし僕自身、成長した今なら人と一緒だし大丈夫かなって思ったんだけどねええええええええええええっっ!?」


 会話の途中で物音がしたので思わず大声を上げてしまう。何かが落ちたような鈍い音だったけど、音のした方を確認する勇気はない。


「先輩、急に叫ばないでくださいよ……!」

「だって、ゴンて、音、した」

「なんで片言になってるんですか……」


 そりゃあもちろん怖いからだよ!と心の中で抗議したところでふと疑問が湧く。さっきから妙に冷静な白石さんだけど、彼女は怖くないのだろうか。


「あんまり怖がってないように見えるけど、白石さんはこういうの平気なタイプなの?」

「いえ、別に人並だと思いますしさっきから普通に怖いなあとは思ってるんですけど……」

「ですけど?」

「横で自分よりはるかにビビり散らかしてる人がいると不思議と冷静になれるというか」

「なにそれずるい……」

「ずるいって言われても……」

「あ、そうだ。白石さんが僕以上にビビってくれれば僕も怖くなくなるんじゃない?というわけで白石さん、演技でもいいから僕より怖がってみせてよ」

「頭いいのに何アホなこと言ってるんですか先輩……。そんなこと言うなら私、先輩置いて一人で行っちゃいますよ?」

「冗談です怖すぎてつい口をついて出たジョークだったんです。謝るからそれだけは勘弁してください!」


 ただでさえ足が震えて思うように歩けないのに、こんなところに一人放置されたら腰が抜けてしまう。心なしか歩く速度を速めた気がする白石さんに置いて行かれないよう、僕は震える足を精一杯動かし続けた。


 

「そろそろ出口だと思いますよ、先輩」

「ほ、ほんと……?」

「ほんとですから泣きそうな顔でこっちを見ないでください……。多分このフロアを抜けたら外ですよ」


 年上の意地や男の意地を総動員してなんとか決壊を防いでいた涙のダムがそろそろ崩壊しそうになった時、白石さんからもたらされたのは福音のような知らせだった。

 ようやく、ようやくだ。異常なほど点滅する照明も、ベッドからゆっくり起き上がる謎の人影も、ロッカーから飛び出してくる化け物もいない平和な外の世界に戻ることができるのだ。

 そうとわかればこうしちゃいられない、一刻も早くここから脱出しなければ!――と気を逸らせたのがよくなかった。出口というわかりやすい目標を前に、今まで散々してきた警戒を緩めてしまった。

 そのせいで、明らかに何かが潜んでいそうな物陰を認識できていなかった僕は、心の準備もできないまま飛び出してきた血まみれの男と対面してしまい――


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「んなあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」

「ひゃあっ!?」


 化け物よりもはるかに大きな声を上げてその場から一目散に逃げだしたのだった。



「はぁはぁ、はぁ……」


 いつの間にかお化け屋敷の外へ出ていたらしい。室内のひんやりとした空気とは違う、照りつけるような暑さが意識を現実に引き戻してくれた。息を整え、思考も少しずつ動くようになってきたところではたと気づく。


(そういえば、白石さんは!?)


 逃げ出すことに無我夢中で、白石さんのことが完全に頭から抜けていた。お化け屋敷に置き去りにしたんだとしたら、もうなんかいろいろ最低だなと思わず嫌な汗をかいた――ところで横から少し焦ったような声がかかる。


「あ、あの、先輩っ!」

「あ、白石さん。よかったあぁ……!僕、お化け屋敷に白石さんを置いていっちゃったかと……」

「……もしかして気づいてらっしゃらない?」

「……?何が……?」


 嘘ですよね?と言わんばかりの顔と声をする白石さんにどうしたのかと尋ねると、彼女は目を伏せ、おずおずと言った様子でこう言った。


「その、先輩、ずっと手、握ってます」


 言われて気づく。自分の右手が何か温かいものをつかんでいることに。恐る恐る手の先を確認してみると、その指は白石さんの華奢な手と繋がっていて――


「うわあ!?ご、ごめん!」


 慌てて手を離す。今の今までドーパミンだかアドレナリンだかの脳内物質がドバドバで気づいていなかったが、僕はどうやら白石さんの手を取ってお化け屋敷からの逃走を敢行したらしい。

 女の子を置き去りにしなかったことを安心するべきか、女の子に無遠慮に触れたことを後悔するべきか。とりあえず、自分がやらかしたということだけはわかる。


「そんな慌てて手を離されるとそれはそれで傷つくんですけど」

「う……ごめん……。その、信じてもらえるかわからないけど、手を握ってたのは無意識だったからびっくりしちゃって」

「冗談ですよ。先輩の様子を見てればわざとじゃないっていうのはわかりました」

「その、痛かったりしなかった?」

「痛いってことはなかったですけど……。……スタッフさんに見られたのが少し恥ずかしかったです」

「重ね重ね申し訳ない……」


 うっすらと頬を染める白石さんにひたすら謝る僕。さっきから謝ることしかできていない。


「お化け屋敷よりも先輩にドキドキさせられるとは思いませんでした……」


 呟くようにそう言った白石さんになんて言っていいのかわからず、僕は無言で目を逸らすことしかできなかった。

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