第19話

 少し時間が経って、白石さんの勉強を見始めてから五日目の金曜日の放課後。

 今日も今日とて僕と白石さんは放送準備室にお邪魔して一緒に勉強をしている。

 金曜日が終わるまでをひたすら長く感じていた以前と違って、この一週間はあっという間に過ぎていったように感じた。


 この五日間放課後の勉強会は滞りなく進み、今日で白石さんの大体の学力や授業の進度、テスト範囲になりそうなところを全教科分確認し終わった。

 来週からはもう少し本格的に勉強を教えることができそうだ。

 来週以降どんな風に教えていこうかをぼんやりと思い描いていたら、白石さんが声をかけてきた。


「明日から土日ですけど、先輩は休日は普段何して過ごしてるんです?」

  

 内容は完全に雑談のそれ。

 僕と白石さんの勉強会はそこまで厳格な雰囲気で行っているわけではないので、勉強の合間にこうして雑談を交わすことが今までもちょこちょこあった。

 まあ大抵僕の返答がしょうもないせいで微妙な雰囲気で終わるんだけど……。それでも懲りずに話を振ってくれる白石さんに、僕はもっと感謝をした方がいいかもしれない。

 それにしても休日何をして過ごすか、かあ。

 頭に浮かんだのは明らかに盛り下がる返答で、これを言ったらまた微妙な空気になるというのは予想がついた。でも、あいにくと僕はそれしか答えを持ち合わせていない。


「勉強、かなあ」

「うわぁ……先輩……うわぁ……」

「わかってても傷つくねそのリアクション」


 白石さんのうっすら引いたような声と表情に僕のガラスメンタルが砕けそうだ。


「いやだって先輩、花の高校生が休日にやることが勉強って……」

「学生の本分は勉強だよ」

「それ自分で言っちゃう人って学校生活充実してないんだろうなぁって思っちゃいます」

「僕はその通りだから別にいいけど、本気で勉強してる人に絶対言っちゃダメだからねそれ!?」


 苦し紛れな僕の反論にキレッキレなカウンターがぶち込まれた。言わんとすることはわかるけどそれにしたって言葉の切れ味が鋭すぎる。


「いや、勉強すること自体はえらいと思うんですよ?でもそれオンリーっていうのはどうなのって思うだけで」

 

 思うところがあったのか先ほどの発言を少しフォローする白石さん。まあ彼女の言うことも一理あると思う。

 勉強するのは大事なことだけど、勉強以外に大事なことだって数えきれないほどあるだろう。

 友達とバカなことをしたり、自分の好きなことにひたすら打ち込んだり、恋愛をしてみたり。

 そういう経験や思い出を作っておくことはきっと今後の人生で大きな糧となる。

 そう思いつつも僕がひたすら勉強をしているのは、成績を落として周囲に失望されるのが怖いなんていう情けない理由からで、ついでにいうと――


「他にやることもないからなあ……」


 僕は友達もいなければ当然恋人もいない。夢中になれる趣味なんて持ち合わせていないし、やりたいことすらない。

 充実した青春に憧れは抱きつつも、自分には縁遠いものだと言い聞かせて諦め、今やっていることは無駄じゃないからと逃避するように勉強に打ち込んでいるのが現状だった。


「いくらなんでも勉強だけってことはないですよね……?」

「いやあ……あはは……」

  

 まさか、というように白石さんが尋ねてくるけど、勉強以外に休日やっていることが思い浮かばない。

 そんな僕の様子に白石さんは顔をひきつらせている。


「あ、あれはどうなんですか。先輩、先週映画見にいってたじゃないですか。アニメとかお家では見ないんですか?」

「あー……」


 そういえば白石さんにはアニメを見ることがバレてるんだった。

 他人からアニメ見ないの?と聞かれることに少し気恥ずかしさを覚えるが、それはそれとして答えはノーだ。

 アニメは好きだし、今だって見れば楽しめるのは間違いない。でも自分から新しい作品を見る体力というか気力が今の僕には不足している。

 数年前は1日何作品も見れていたのに、一話を見るまでのハードルがいつのまにこんなに高くなってしまったのか……。

 

「アニメは好きなんだけど、見るかって言われるとなかなか見ないんだよね……。この前映画を見にいってたのだって、きっかけがあったから数年ぶりに見たって感じでさ……」


 妹のお願いがなければあの休日も僕は家でひたすら勉強をしていただろう。


「先輩の1日がどんなか逆に気になってきたんですけど……。朝起きてから寝るまでどんな感じで過ごすんですか?」 

「そんな掘り下げる価値のある話じゃないと思うけど……」

「まぁまぁ別にいいじゃないですか。先輩、朝起きたらまずなにするんです?」


 白石さんは僕の休日に興味があるらしい。言葉を濁しても引いてもらえなかったので、仕方なく話すことにする。


「顔洗って、天気が良ければランニングに行ったりするかな」

「ほうほう、さわやかな感じでいいじゃないですか」


 お、出だしは好感触だったみたい。


「それで帰ってきたらシャワーを浴びて、朝ごはんを食べて……そのあとはお昼ご飯の時間まで勉強」

「今のところめちゃくちゃ模範的な学生って感じですね……。で、お昼を食べてからは何するんです?」

「とりあえず腹ごなしに勉強して……」

「待ってください先輩。腹ごなしに勉強ってなんですか」


 雲行きが怪しくなってきた。白石さんが意味が分からないという顔をしている。


「そのままの意味なんだけど……」

「えぇ……」

「で、夕食の時間まで勉強して……」

「待っっってください。なんかえらく時間飛びましたけど、お昼ご飯食べてから晩御飯までずっと勉強してるってことですか?」

「まあ、そうなるかな」

「もうそれ腹ごなしでも何でもないと思うんですけど……」


 呆れたような雰囲気の白石さん。言われてみたら確かに腹ごなしとは言えないかもしれない。


「あ、でも集中力が限界だなーって思ったら筋トレしたり家事をしたりもするよ」

「いや健康的だし偉いですけど!でもこうなんというか、こう……違うでしょう!?」

「って言われてもなあ」


 もう!とでも言いたげな白石さんだけど、本当のことだからどうしようもない。


「はあ……それで、晩御飯食べた後は何してるんです?」

「お風呂入って眠くなるまで勉強して就寝、かなあ」

「また勉強!?え、マジで先輩そんな休日送ってるんです?」

「マジなんだよねえこれが」


 突発的なイベントとして瑠璃が部屋に来たり、瑠璃の勉強をみたりするけどいつものことというわけではない。

 僕の休日の基本スタイルはこんな感じだ。


「嘘でしょ……。先輩、それ何が楽しいんです?」


 白石さんは本気で疑問に思っているみたいだけど、本音を言うと何も楽しくはない。

 成績を落とすのが怖い、他にやることもないっていうマイナス方向の動機があるから勉強をしているだけで、前向きな理由なんて一つもないのだから。

 とはいえ、それをそのまま伝えるのは憚られるので、適当に話を逸らすことにした。


「楽しいっていうより習慣みたいなものだからね。それより、白石さんはどうなの?休日何して過ごしてるのさ」


 質問を投げかけられた時は同じ質問を相手にもすればとりあえず場がつながる。僕が身に着けている数少ない会話術の一つだ。

 こっちの内心を知ってか知らずか白石さんは僕の質問に乗ってくれた。


「んー私は動画見たりとか、お買い物に行ったりして過ごすことが多いですよ」

「へー動画かぁ。どんなの見るの?」

「最近は、お料理動画とか見ることが多いかもです」

「え、なんか意外」


 どうしよう、白石さんと料理が全くつながらない。


「あー!先輩、いまこいつ料理とかできなさそうなのにそんな動画みるのかって思いましたね!?」

「…………」


 似たようなことを考えていたので僕は目を逸らすしかなかった。


「まったく、失礼な先輩ですね!」

「ごめんごめん、確かに失礼だった。白石さん料理とかするんだね」

「いえ?できませんけど?」

「じゃあなんだったの今の会話!?」

「本当にできなくてもできなさそうって思われるのは気に入らないじゃないですか!」


 そう主張する白石さん。それは確かにそうかもしれないけど微妙に納得できない……。


「料理するわけじゃないのに料理動画とか見るものなんだね」

「料理できなくても見てみると楽しいですよ?食材が一つの料理になっていくのって魔法みたいですし、作る人によって十人十色なこだわりとかコツを知れるのも面白いです。あとは出来上がった料理をおいしそうに食べてるところとかは見てると和みます」

「あ、それは確かにわかるかも」

 

 幸せそうに食べる人を見ていると幸せな気持ちになるというのは完全に同意だ。


「あ、そうだ。先輩のあまりにあんまりな休日に彩を加えるために、私のおすすめ動画を送ってあげますよ!」

「ええ?」

 

 白石さんの突然の申し出に困惑してしまう。というか僕の休日がしれっとディスられている。

 でも否定できないのが悲しいところ……。


「勉強もいいですけどたまには息抜きもしなくちゃですって!大丈夫です!私がおすすめする動画は面白いので!」


 自信満々な白石さん。別に動画の内容を気にしてるんじゃないんだけどなあ……。

 とはいえ別に断る理由もない。急な提案に驚いていただけだ。


「じゃあ、お願いしようかな。今週末は来週から白石さんに勉強を教えるためのあれこれを準備しようと思ってたから見られるかはわからないけど……」

「それはめっっっちゃありがたいですけど!感謝してますけど!ほんと、たまには休むことも重要だと思いますよ?先輩と同じ生活をしたら私は発狂する自信があります」

「そこまでいう……?」


 瑠璃に散々心配されてきた僕の休日の過ごし方は、他人から見てもおかしいということがわかってしまった放課後だった。

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