第16話
「ドラマ……?」
この部屋を使わせてもらう対価として、灰田さんから提示されたのが"ドラマに出てほしい"。
あまりに予想外なその内容が理解できなくて、思わずオウム返しをしてしまった。
「そう、ドラマ。あなたと紅葉にでてほしい」
しかし、灰田さんから返ってくるのはさっきと同じ言葉だ。
「ドラマってあの、俳優さんが出てて、テレビで放送されてるあのドラマ?」
「私が作るのはあれらとは比べるのもおこがましいくらい小規模なものだけど、概ねその理解で間違いない」
「え、作るの?ドラマを?灰田さんが?」
「そう、私、放送部だから」
「んん?」
放送部だからとはどういうことかと疑問に思っていると、白石さんが補足をしてくれた。
「あの、先輩。放送部ってアナウンスとか朗読とかをするアナウンス班と動画とか音声作品をつくる機材班に分かれてるんですよ。それで放送部唯一の機材班が沙枝ちゃんなんです」
「へぇ、そうなんだ……。全く知らなかったや」
放送部と言えば体育祭の実況とか文化祭でのアナウンスが主な仕事だと思っていたけど、どうやらそれだけというわけではないらしい。
「というか先輩高1ですし、去年学校の説明会とか来てたんじゃないです?」
「うん?それは行ったけれども……」
急に学校説明会の話を持ち出してきた白石さん。なにがというかなのかはわからないが、僕もここに入学しようと思っていた以上もちろん学校説明会には行っている。
「じゃあその時、学校の紹介映像みたいなの見せられませんでした?」
尋ねられて、そういえばと去年見た西鶴高校の紹介映像が頭に浮かぶ。普通だったら忘れていてもおかしくないようなそれをすぐに思い出せたのは、その完成度があまりに高く、鮮烈に印象に残っていたからだった。
当時の僕は中学時代の自分を知る人が誰もいないような高校へ進学することを目標にしていたのでその条件を満たしていればどこでもいいと考えていたが、あの映像をみて西鶴高校に対するモチベーションが上がったのを覚えている。
「あー!あったあった!やたらクオリティが高くてさ!ここに入りたいなってよりいっそう思った――ってまさか……?」
この会話の流れはそういうことなのだろうか。
灰田さんの方を見てみると、今までこれといって表情を動かしていなかった彼女がうっすらとではあるものの得意げな顔になっていた。
どうやら僕の推測は正解らしい。
「お察しの通り、あの映像は沙枝ちゃんが作ったものなんですよー!すごいですよねー、沙枝ちゃん編集とかそういうのがめちゃくちゃ得意なんで、学校とか生徒会からの依頼を受けて映像とかちょくちょく作ってるんです」
「めっちゃすごいね!?まさかあんなすごい映像が学生作とは思わなかった……」
大人が作ったものだとばかり思っていた作品がまさか自分より年下の子の手によるものだったとは。
あんなに素敵なものを作れる灰田さんには称賛しかない。
「ふふ、褒められて悪い気はしない。それで、私が映像を作っていることはわかった?」
「そりゃあもうよくわかったよ」
「それはよかった。それで、私が次に作ろうと思っているのがドラマ作品。でも、ドラマを私一人で作るのは……できなくはないけど今回作りたいものとずれる。だから、私が作りたいもののためにあなたと紅葉にはキャストをしてほしい」
なるほど。ドラマに出てほしいとはそういうことだったのか。
それは理解したけれど、それじゃあ素直にうんと頷けるかというと微妙なところだ。
「えっと、灰田さん。それって演劇部とかに頼んだ方がいいんじゃないかな?」
灰田さんの映像を作る技術は間違いなく本物なのだろう。
だからこそ、そんな彼女が扱う素材が自分というのは非常にもったいない気がしてならない。演劇部とかその辺の本職に頼んだ方が絶対いい気がする。
そう素直に灰田さんに告げてみたところ、彼女はゆるゆると首を振った。
「撮影を予定してるあたりが演劇部は大会に向けて一番忙しい時期。頼むのは気が引ける。そうじゃなかったとしても……まあいい。とにかく私はあなたと紅葉に出てほしい」
灰田さんが途中でいい淀んだのが少し気になったものの、演劇部に頼みづらい状況なのはわかった。
「だとしても、僕って演技とかしたことないし正直不安なんだけど……」
「その点については心配いらない。だってあなた、今も演技してるし。ついでに言えばこっちもハイレベルな演技なんて求めてない。あくまでメインは編集技術とか映像の魅せ方だから」
「っ!?」
なんでもないことのようにしれっといった灰田さんの言葉。その内容は僕を凍り付かせるには十分だった。
"演技してる" その言葉は、僕のくだらない中身を見透かしてのものだろうか。
自分で言うのもなんだけど、今日この部屋で僕はボロらしいボロは出していないと思う。いない……はず。え、いないよね?
灰田さんという予想外の人物がいたことでてんぱりこそしたものの、それでも普段学校で過ごしている時くらいの立ち振る舞いはできていたはずだ。
だというのに、灰田さんは僕が演技をしていると言い切った。いったいなぜ、と固まってしまった僕を前に、灰田さんは一つ小さくため息をついた。
「言っておくけど、私は素のあなたがどんな人なのかは知らない。興味もない。そもそも、たいていの人は大なり小なり自分をよく見せようとしながら生きているもの。あなたの場合はそれがだいぶ過剰と言うか、極端な感じがしたからつい言ってしまっただけ。だから、そんなに驚かないでほしい」
「あ、ああ……そうなんだ……ごめんね、変な態度とっちゃって……」
「沙枝ちゃん、観察力とか勘の鋭さが常人離れしてるんですよ……。そのうえ思ったことをわりとためらいなく口に出すので相手を驚かしてしまうことが少なくないんですよ……」
いまだ混乱の最中にいて返事がぎこちなくなってしまった僕と灰田さんの間を取り持つように、どこか疲れた様子で白石さんがそう言った。その様子をみるにこういうことはよくあるみたいだ。
どうやらこれが灰田さんの通常運転らしい。
僕としては驚いたどころの騒ぎではないのだけど、いつまでも動揺しているわけにもいかないので灰田さんについては白石さんの言う通りの人物だとひとまず飲み込んでおくことにした。
「それで、ドラマ、出てくれる?」
ついさっきのやりとりなどまるでなかったかのように訪ねてくる灰田さん。
彼女がめちゃくちゃすごくて、だいぶずれている人物だという認識が僕の中で固まりつつある。
マイペースなその生き方はちょっと……いやかなり羨ましいかも。
「まあ、うん。もうなんかさっきのやりとりにいろいろ持っていかれすぎてそれくらいいいやって思えてきたよ……。そもそもこっちは灰田さんにお願いしてる立場なんだし、灰田さんがそれがいいって言うなら拒否しづらいしね……」
僕がドラマに出るのを渋ったのは自分じゃ役者不足だと思ったからであって、嫌だったからというわけではない。
いや、自分が無様を晒してそれが映像になるというのは正直気が進まないし、僕一人だったら絶対に受けない案件なんだけど、白石さんのためとなると話は別だ。
落ち着いて白石さんと勉強ができるスペースを提供してもらえるのであれば、多少気が進まないことくらいはやるつもりだった。
「よし、交渉成立。この部室を好きに使っていい」
「ありがとうございます……」
交渉が成立して嬉しそうな灰田さんとは対照的に、僕はくたびれきっていた。
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