第15話

 憂鬱さはぬぐえないものの、ほんの少しだけ気持ちが軽い月曜日。

 白石さんからの連絡がいつ来るのかとそわそわしつつ、普段学校にいる時は滅多に開かないスマホを休み時間のたびに確認して過ごしていた。


『こんにちは、先輩。例の場所の件、何とかなりそうです』


 そんな連絡が届いたのが昼休みの終わりごろ。

 おっ!!と思ったのも束の間、次に届いたメッセージに書かれていたのは少し意外な場所だった。




「第一放送準備室……ここか」


 放課後、僕はメッセージで伝えられた場所を訪れていた。

 

 中学校の校舎、実験室や家庭科室のような普通教室以外の部屋が集まっている棟の最上階にその場所はあった。扉や教室名が書かれたプレートは古びていて、お世辞にも綺麗とはいえない。

 こんな部屋が存在している目的はその名が示す通り放送準備のためなのだろうけど、白石さんがどういう経緯でここを使うことにしたのかは想像もつかなかった。


「失礼しまーす……」


 軽くノックをした後、恐る恐るといった様子で入室する。すると、中で待っていたのは二人の・・・女の子。

 1人は言わずもがな白石さん。なぜだかわからないけど微妙に気まずそうな雰囲気を漂わせている。

 そしてもう一人は、制服を着ていなければ小学生かと思ってしまうほど小柄で、黒の髪を目にかかりそうなくらい伸ばした、こちらをじっと見つめている少女――


「えーと、どちら様でしょう……?」


 ぶっちゃけ知らない子だった。



「あーこの子はですね、灰田はいだ沙枝さえちゃんといいまして、私の幼馴染兼お友達で放送部に所属しているんです。それでこの放送準備室を部室として一人で使っているというのを以前聞いていたので、私たちにも使わせてくれないかと頼んだ次第でして……」

「あ、そうだったんだ」


 僕の疑問に答えをくれたのは白石さんだった。どうやらこの小柄な女の子が場所を提供してくれたらしい。

 唐突な展開に気持ちは追いついていなかったけど、白石さんの説明のおかげで一応状況は飲み込めたので反射的に理解した風な返事をする。

 だいぶてんぱってはいるものの、そういった事情ならとりあえず灰田さんにちゃんと挨拶をせねばと彼女に向き合った。


「西鶴高校1年の冴島です。今回はこちらのわがままに応えてもらったみたいなんだけど……本当によかったのかな?」


 初対面だしなるべくさわやかな雰囲気を心掛けて自己紹介をしつつ、灰田さんに改めてよかったのかを聞いてみたのだけど、彼女はじっとこちらを見ているだけ。

 何かが気に障ったのだろうかと内心冷や汗をかいていると、今まで黙っていた灰田さんがようやく口を開いた。


「別にいい。こちらも対価はもらうから」


 呟くようにそんなことを言う灰田さん。

 初めて聞く彼女の声は淡々としていながらもとても綺麗で、聞き惚れてもおかしくないくらいのものだったんだけど、残念ながら発言の内容がそうさせてくれなかった。


「た、対価……?」


 対価――物を買う時にお金を払うように、何かを与えてもらう際にこちらが支払うもののこと。

 この世に無償のものなんてそうはないし、確かにこの部屋を使わせてもらうというのならそれを求められるのは当然のことなのかもしれないが、そういった話を聞いていなかった僕としては寝耳に水だった。


「紅葉に聞いてない……?」


 明らかに困惑している僕に対して、不思議そうに尋ねてくる灰田さん。

 何も聞かされていない僕としては、さっきから微妙に気まずそうだったのはこのせいかーなんて思いつつ白石さんのほうを見るしかない。


「実はですね、この部屋を使わせてもらうにあたって沙枝ちゃんから条件を提示されていまして……」

「確かにただで使わせてもらうっていうのは虫がいい話だし、そりゃそうかって感じなんだけど……事前に話しておいてほしかったかなあ……」


 報告連絡相談とても大事。


「いやーメッセージ送ったの昼休みギリギリでしたしこういう交渉は直接の方がいいかなーって……」

「ま、いいけどさあ……。それで結局条件って?」


 過ぎたことをあんまり言っても仕方がないかと思って本題である対価の内容について尋ねてみたところ、答えを返してくれたのは白石さんではなく灰田さん。

 そしてそれは、全く予想だにしないものだった。


「ドラマに出てほしい」

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