第14話
「じゃあ期間も時間も決めたので最後は……場所ですね」
「これが一番難しい気がするなあ」
期間も時間も決めて、残る議題は勉強をする場所。これに関しては今までよりもだいぶ難易度が高い。
空き教室なんかは大抵なんらかの部活が利用しているし、そうじゃなくても勝手に使っていたら怒られる可能性が高い。許可をちゃんと取ろうにも、個人的な自習で使用許可が下りるかと言うと怪しいところだ。
「そうなんですよね……自習スペースはありますけど基本私語厳禁なので教えるということには向きませんし、図書室も同じ理由で却下です」
白石さんが挙げた勉強のための代表的なスポットは、残念ながら勉強を教え合うには向いていない。
「だよねえ……どっちかの教室にする?」
正直、選択肢はこれしかないような気がする。
「まあ確かに教室なら私語をしながら勉強してても咎められることはないでしょうけど……。でも先輩、いいんですか?」
「いいって……なにが?」
神妙な声を出す白石さんに思わず身構えてしまう。
「いやだって考えてみてくださいよ。先輩の教室にせよ私の教室にせよ放課後残って駄弁ってる人なんかはいるはずじゃないですか。そんな人たちの前で、下級生と上級生、それも中学生と高校生っていう組み合わせで勉強なんてしてたら絶対注目集めますよ」
「う……それは確かに」
少なくともなぜ?と思われることは間違いないだろう。視線を集めるのは本当に苦手なのでそれはぜひとも避けたい事態だ。
「好奇の視線にさらされて、あることないこと言われたりしても先輩は耐えられますか?」
「いやいやでもやってることは真面目な勉強なんだしさ!最初はなんで?って思われてもちょっとしたら誰も気にしなくなるんじゃないかな?」
確かに高校生と中学生、それも異性同士が放課後一緒に過ごしている様子と言うのは確かに人の目を引くのかもしれないけど、やってることは面白くもなんともない勉強だ。周りだってすぐに興味が尽きるんじゃないだろうか。
「あーもう、甘い!実に甘いですよ先輩!思春期かつ青春真っただ中な学生の恋愛脳を舐めすぎです!ちょっと会話する機会が多いだけでも変に勘繰られたりするんですから、放課後男女で一緒に勉強しているところなんて見られようものなら秒で恋愛に結び付けられて言われたい放題ですよ!?」
ずいぶんと真に迫った様子で恋愛脳の厄介さを力説してくる白石さんに思わず気圧されてしまう。
あいにく思春期かつ青春真っただ中になってから友達がゼロだから、その辺の実感が薄いんだよ……。
「そ、そうなんだ……。隅でこそっとやってれば意外と何とかなる気もしたんだけど……」
「はい、無理ですねー。なぜなら私、美少女なので。こんなにも可愛らしい私が男子と一緒、それも冴島先輩と一緒なんて注目を集めるなって方が無理な話です」
さっき一瞬謙虚になっていたような気がしたんだけどそれは幻だったらしい。今日も白石さんは絶好調だ。
「まあ確かに白石さんはび、美少女なんだけどさ。僕と一緒かどうかは目立つ目立たないに関係ないんじゃないかなー……」
女の子を美少女だということに照れをおぼえつつも、ここだけはという部分に訂正を入れる。
「先輩本気でそれ言ってます?私、先輩にアプローチかけるにあたって少しだけ先輩のこと調べましたけど、先輩かなーり目立ってますよね?」
すると白石さんからストレートな指摘を食らって、僕の心と胃に甚大な被害が出た。
「やめてやめて言わないで。僕は目立ってなんかない、僕は誰にも見向きされない一介のモブ生徒……」
「ああ、そういう感じなんですね……。それなら先輩のためにこれ以上は言及しませんが、先輩が注目を集める存在だというのは客観的事実として受け入れてください」
「ふぐぅ……」
客観的事実だとしても主観的には受け入れたくないんだよ……。僕は路傍の石のようにちっぽけでくだらない存在なのに……。
「まあそんなわけですから、放課後教室でっていうのは結構なストレスにさらされる可能性がありますよって話です。私は……まあなんとかなりますけど、先輩は大丈夫ですか?」
「すみません、大丈夫じゃないです……」
もし白石さんの言う通りだったとしたら、ただでさえ胃が痛い僕の高校生活が胃薬導入不可避になってしまう。
「じゃあ別の案を考えるしかないですね……。何かいい場所はないものか……」
「あ、それなら学校近くの公園はどうかな?確か東屋があったよね」
学校から少し歩いたところにある公園。屋根付きの机と椅子があった気がするからあそこなら勉強ができるんじゃないだろうか。主要な通学路から少し外れたところにあるので人目に付く可能性も低そうだ。
「あー、確かにあそこなら勉強できそうですし人目も避けられそうですね……」
「って割には気乗りしなさげだね?」
発言自体は肯定的なものの、白石さんの声音は明らかに乗り気ではなかった。
「だって外ですよ?いまからの季節暑い、虫が出る、雨に降られるの三重苦ですよ」
言われてみれば確かにと思ってしまう。現在6月、これからどんどん気温は上がっていくだろうし、梅雨ももう少し続きそうなので雨が降ることも多いだろう。虫に関してはそこまで僕は気にならないけど、苦手な人の気持ちもわからないでもない。そう考えると外で勉強と言うのは確かに難しいかもしれない。
「うぅん、どうすればいいんだろ……室内でってなるとほんと候補がなあ……。文化部にでも入っていれば部室が使えたのかもしれないけど僕ら二人とも帰宅部だしなあ……」
「文化部……部室…………あっ!」
何の案も浮かばずいよいよ手詰まりかと思っていると、白石さんがいかにも何かを閃きましたといった声を上げた。
「お、どうしたの?なにか候補でも浮かんだ?」
「そう……ですね。一応一つここならもしかしたらって場所が……」
期待して尋ねてみたものの、白石さんから返ってきたのは少し歯切れの悪い言葉だった。
「おーさすがだね。どこどこ?」
「えっと、まだそこが使えるかがわからないというか、私の交渉次第というかそんな感じでして……。ぬか喜びさせるのもなんですから無事使えることになったら連絡するってことにしていいですか?」
「それはかまわないけど……」
交渉……一体どんな場所をチョイスしたのだろうか。
そんな風に言われるとかなり気になるんだけど白石さんがそう言うのならこれ以上尋ねるのはやめることにする。
「明日そこが使えるかわかったらアプリで連絡入れますんで、もし使えた場合指定の場所に来てもらってもいいですか?もしダメだったら改めてまた考えましょう」
「うん、大丈夫だよ。明日の連絡をドキドキしながら待ってるね」
「頑張ってみますけど可能性としては微妙なところなんであんまり期待はしないでくださいね……。あ、もうそろそろいい時間ですね。結構話し込んじゃいました」
「ほんとだ。意外と長く話してたんだね僕たち」
時計を見ると時刻はもう22時を回っていた。1時間くらい話していたことになる。
会話スキルクソ雑魚な僕がこれだけ人と話せるとは感動ものだ。白石さんのコミュニケーション能力の高さがなせるワザにちがいない。あとは僕の素がばれているのであまり固くならないで済むというのも大きいか。
「最低限決めることは決めましたし今日はこれくらいにしましょうか」
「そうだね、わざわざ連絡してくれてありがとね」
「いえいえ、私から頼んだことなのでこれは当然です。改めて、これからよろしくお願いしますね冴島先輩」
「うん、僕も改めてよろしくね」
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみ」
電話が切れる。少しだけ寂しさを感じている自分に驚いた。なんとか無難に話さなくてはという緊張感を感じない会話なんていつぶりだっただろう。
明日は月曜日。いつもなら嫌で嫌で仕方なくて寝るのが怖かったりもするのだけど、今日は少しだけ明日を楽しみにしながらベッドに入れそうだった。
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