第9話
土曜日、僕は妹のお願いを果たすべく、映画館が入っているショッピングモールを訪れていた。
予約が取れた中で最も早い時間の上映を見て、入場特典を確保し、頼まれていたグッズを購入する。瑠璃にお願いされていたものは全部買いそろえることができた。
「あー……めっっっちゃよかった」
一通りの要件を済ました僕は、少し疲れたこともあってショッピングモール内のベンチに腰掛けながら映画の余韻に浸っていた。
『みーてぃあず!』は劇場版も素晴らしかった。昨日遅くまで『みーてぃあず!』の二期を見ていたため少し頭がぼーっとしていたのだが、映画が始めるとそんなこと忘れてしまうくらい引き込まれたし、最後の方なんて少し泣いていた。テンションが上がって自分の分のグッズまで買ってしまったし、正直入場特典を妹に譲るのが惜しくなってきたほどだ。
「瑠璃と交渉……いやさすがにそれは不義理だよね。……なんならもう一回見るのもありかな」
そんなことをぼんやりと考えていると、目の前を通った女の子のカバンからキーホルダーが落ちたのが目に入った。落とした当人はそれに気づいていないらしく、誰かが気づいて拾ってあげる様子もない。
さすがに落としたところを見て知らないふりをするというのは精神衛生上よくないので、仕方なくキーホルダーを拾って女の子に近づく。
「あの、すみません」
声をかけてみるも女の子は振り返らない。自分の声が小さすぎたかもと思い今度はきもち大きな声で声をかけてみる。
「あのっ、すみませんっ」
「はい?」
すると今度はちゃんと声が届いたのか女の子はこちらを振り向いてくれた。が、僕はその顔を見て思わず固まってしまった。
「あの、なんでしょう……?」
不思議そうな顔でこちらを見ているのは、茶色がかった髪をした中学生の可愛らしい女の子。昨日僕に強烈な印象を与え、しばらくの間は忘れることなんてできないだろう相手――白石さんだった。
(まずいまずいまずいまずいまずい!)
声をかけた女の子がまさかの顔見知りという事態に僕はとにかくてんぱっていた。しかも色んな意味で今は会いたくない相手だ。
白石さんのことはかなり強く印象に残っているとはいえ、さすがに後ろ姿で判別できるほどではなかった。知っていたら絶対声なんてかけなかったのにと後悔するが、ばっちり手遅れだ。
幸いというべきなのか、彼女は声をかけた相手が冴島蒼真だとは認識していないらしい。今の僕は髪も整えていないしメガネをかけていることもあって、学校での自分とは全然印象が違うからだろう。
こうなってしまった以上、初対面という体で落とし物だけ渡してさっさと去るのがベター……!
声をかけてきておきながら挙動不審な僕に対して、ますます怪訝そうな顔をする白石さんにキーホルダーを渡す。
「ぁ、あの、その、これ、落としていたので……」
めちゃくちゃ声が震えていたけどもうこれは勘弁してほしい。僕としては言葉が出てきただけ上出来だ。
「あ、私落としちゃってたんですね!拾ってくださってありがとうございます」
声をかけた用件がはっきりしたからか、僕を見る目が幾分和らいだ白石さんはお礼を言ってキーホルダーを受け取った。やることは終えたのでさっさと撤退する。
「い、いえ、その、自分はこれで……」
「あ、はい、ありがとうございました」
最後の最後まできょどりながら、彼女に背を向けて歩き出す。確実に気持ち悪い奴だと思われたよなあと少し凹みつつも、僕だとばれなかったことに安堵する。
しかし、それも束の間のことだった。
「……あ!冴島先輩……?」
ショッピングモールの喧騒の中でもその声はやけにはっきりと僕の耳に届いて、頭で考えるよりも先に僕はその声の方に振り返ってしまう。
すると、少し驚いた顔をした白石さんと目が合ってしまい――
(あ、終わった)
あまりに想定外の事態に脳がキャパオーバーを起こし思考も足も止まってしまった僕に、白石さんはなぜかにこやかな顔を浮かべながら近づいてきた。
「あれあれ?昨日ぶりですね?冴島先輩」
面白いものをみたというような彼女の声に体がびくりと震える。
「あの、人違いで……」
「あんなにばっちり反応しておいてさすがにそれは苦しいんじゃないでしょうか?」
なんとか言い逃れできないかとあがいてみるが、完全に無駄な抵抗だった。
「ここであったのも何かの縁ですし、ちょっとお茶でもどうですか?」
新しいおもちゃを与えられた子供の顔で告げられた提案に、ここで彼女から逃げる方がまずいことになりそうだと感じた僕はこう返すしかない。
「い、いいですね……」
「ふふ、私の方が後輩なのになんで敬語なんですか?別に取って食おうってわけじゃないんですからそんなに緊張しないでくださいよ」
そう言って楽しそうに笑う白石さんはとてもとても可愛らしかったのだけど、それが悪魔の笑みに見えてしまった僕はさっきと同じことを思った。
(あー、終わった……)
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