第8話
白石さんからのお願いを再度断った後、あの流れで断られるとは思っていなかったのかぽかんとした白石さんを残して、僕は逃げるように帰宅した。
諸々のやることを済ませ、今は自室でベッドに突っ伏している。
頭の中をぐるぐると回るのは、やっぱり白石さんとの一件だ。勇気を出してくれただろう白石さんに申し訳ないという気持ちはあるけれど、僕としてはあの答え以外はあり得なかった。
白石さんは僕のことをかっこいいと言ってくれていたけど、それは精いっぱい取り繕って背伸びをしている僕のことだろう。素の僕は根暗だしダサいし、何をするにも要領が悪いような奴だ。
白石さんのお願いを了承しようものなら、ふとした時にぼろを出して幻滅されてしまうのがオチだろう。もしかしたらもう幻滅されているかもしれない。
人に幻滅されるのが怖い。人に失望されるのが怖い。人に嫌われるのが怖い。
そうじゃなければ身の丈に合わない評価に流されるまま無理をして八方美人なんてしているものか。
嫌われる可能性があるくらいなら、接点を持たない方がいい。たとえ誰にも好かれなくても、誰かに嫌われるよりはいい。僕はそう考えるからこそ、白石さんのお願いを断った。
それを後悔しているわけではない。でもやっぱり胸に罪悪感のようなものは残っているわけで……。
せめて了承できない理由をちゃんと説明できていたら少しは気持ちが楽になったのかもしれないけれど、ほぼ初対面の相手に自分の胸の内を明かせるほど僕は勇気があるわけでも誠実なわけでもない。
「どうすればよかったのかなあ……」
「何が?」
「何がってそりゃあ……え?」
帰ってきてからもう何回目かもわからないぼやきだったけど、今回はなぜか返事があった。この時間に僕の部屋を訪ねてくるのは基本1人しかいない。
「瑠璃……いつのまに」
「いつのまにもなにもちゃんとノックしたよ?いつもみたいに勉強に集中してるのかと思ったらなんかベッドでうじうじぶつぶつしてるからどうしたのかなって」
「あー、ちょっと今日いろいろあってさ」
「私でよければ話聞こうか?」
当たり前のようにそう言ってくれる瑠璃は優しい子だと思う。
「ああいや、大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「無理してない?」
「大丈夫、ありがとね」
妹曰くうじうじぶつぶつしていたらしい僕だけど、その原因が自分の臆病さにあることはわかっている。
それをわかっていても自分を変えようとは思えないんだから、僕が凹んでいるのは正直無駄としか言いようがない。どうすればよかったのか、なんてさっきは言ったけど、どうしようもなかったが答えだと頭では理解している。
理想と現実とか、理屈と感情とか、そういうもののバランスがうまく取れなくなってネガティブになっていただけだ。今回のは白石さんとのことが引き金になったけど、割と定期的にこんな状態にはなっているので妹に話を聞いてもらうほどじゃない。
「それより、瑠璃はどうしたの?また勉強教えてほしいとか?」
これ以上心配されても申し訳ないので話題を妹の方に移した。
「勉強は今のことろ大丈夫なんだけど、それとは別にちょっとお願いがありまして……」
「お願い?」
「お兄ちゃん、今週の土曜日、まあ要は明日なんだけど……って予定空いてる?」
なぜか明日の予定を確認してくる妹。
「うん、空いてるけど……」
部活もやってない、友達もいない、当然彼女なんているわけもない僕の休日は空いていないことの方が珍しい。買い出しに行ったり家族で出かけたりすることはあるけど、基本的には勉強で休日を消費している。
「じゃあお願い!私の代わりに明日公開の『みーてぃあず!』の映画みて入場特典もらってついでにグッズも買ってきて」
「いや早口」
お願い!以降がやたら早かった。瑠璃が言う『みーてぃあず!』とはアニメのタイトルだ。複数の女の子が力を合わせてアイドルを目指すという内容で、オタク界隈でとても人気がある。
意外と思われるかもしれないが、瑠璃は運動部でコミュ強という陽キャ的ステータスを持っていながらも、実はサブカルにも詳しいし熱心だったりする。
もともとは僕がそういうのが好きで、中学校1年生の時、当時小6だった瑠璃に勧めたところすっかりはまってしまったのだ。
ここしばらく勉強やらにいっぱいいっぱいで他のことに時間を割けなくなっている僕と違って、瑠璃は部活や勉強をこなしながらもそつなく趣味も楽しんでおり、今や僕より立派なオタクになってしまった。
そんな瑠璃だからこそ、こういう頼みをしてくるのは珍しい。
「お願いの内容はわかったけどなんで僕?別に自分で行けばいいのに」
「そりゃあ私だって出来たらそうしたいけどさー、明日部活の試合あるから行きたくても行けないんだよ」
なるほど。試合となると一日拘束されるし疲労もすごいだろうから、明日瑠璃が映画に行けないというのはわかった。
「明後日は?」
「明後日なら午後から行けるし実際そうするつもりだよ」
「じゃあ僕行かなくていいじゃん」
至極当然の結論に至った僕を瑠璃は呆れたような顔で見ていた。いや、なんでよ。
「甘い、甘いよお兄ちゃん。今や『みーてぃあず!』の人気は圧倒的なんだよ。そんな『みーてぃあず!』の入場特典やグッズが明日のうちに売り切れないなんて誰が言いきれるのさ」
やれやれといった風にそんなことをいう瑠璃。
まあ確かに、僕らが住んでいる場所はさほど都会ではないし、『みーてぃあず!』の人気があるというのも事実だから初日から在庫切れという可能性はあるのかもしれない。そして熱心なファンである瑠璃がそれを絶対に確保したいという気持ちもわからないでもない。
「ねー、お願いお兄ちゃん。グッズ代はもちろん全額だすし、映画代も半分出すからー」
「そこは全額じゃないんだね」
「だってお兄ちゃんも好きでしょ。完全に興味のないモノを私の都合で見に行かせるなら全額だすけどさあ。むしろ半額でもかなりサービスしてる方だと思ってほしい」
「……そりゃそうだけどさ。でも僕二期すら見てないから話わからないよ」
『みーてぃあず!』の二期が放送されたのはちょうど僕が高校デビューに向けて必死だった時なので見れておらず、そのままとなっている。
「そんなの今から履修すればいいだけじゃん」
さも当然という感じで瑠璃はそういうが、ちょっと待ってほしい。
「いや簡単に言うけど全部見るとかなり時間かかるんだけども」
「明日休みなんだしいいじゃーん。ベッドに突っ伏してうじうじしてるよりはよっぽど健全だよ」
「それは確かにそうかもしれないけどさ……」
今日は思考がネガティブな方に行きがちだろうし、アニメを見て気分転換というのは悪くないかもしれない。
「というかお兄ちゃん、明日行ってくれるの?」
今更ながらそんなことを聞いてくる瑠璃。そういえばお願いに対してちゃんとした返答をしていなかった。
「まあ用事もないし、瑠璃の気持ちもわかるしね。それくらいなら引き受けた」
「やったぁ!お兄ちゃん優しい!好き!」
「はいはい、調子のいいことで」
嬉しそうに笑う瑠璃を見ながら、白石さんのお願いもこんな風に気負わず引き受けられたらよかったんだけどなあと思った。
そんなこんなで、明日僕は瑠璃の代わりにお使いに行くことになった。
久しぶりに見た『みーてぃあず!』はそれはもうめちゃくちゃ面白かった。映画代は僕が全額だそうと思う。
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