第6話

 途中までいい感じだったのに、黒崎さんのおかげでなんでこんなことに状態になった勉強会の翌日。

 まああれはあれでいい経験になったかなと思いながら、金曜日ということでいつもより少しだけ浮ついた気持ちで登校した僕が下駄箱を開けると、そこにはかわいらしい薄桃色の封筒が一つ入っていた。


「え?」


 反射的に下駄箱を閉めてしまった。慎重な手つきでもう一度下駄箱を開けるが、そこにはやはり封筒が鎮座している。


「いやいやいやいや……え?」


 誰か別の人の下駄箱を間違えて開いてしまったのではないかと下駄箱の番号を確認してみるが、僕の下駄箱で場違いない。

 これはまさかアレだろうか。ラブなレターというやつだろうか。灰色の青春を送る僕にもついに春が来たのだろうか。


 ……いや、そんなわけないな。周囲とまともにコミュニケーション取れてない僕が恋愛感情なんて持たれるはずないだろ。入学してこの方事務的なやり取りしかしとらんわ。


 下駄箱に手紙という、こってこてなシチュエーションに思春期が暴走して一瞬舞い上がってしまったが、冷静に考えてみたらこれはラブレターではないという結論に落ち着いた。

 仮にラブレターだったとしても入れるところを間違えたとか、ドッキリ大成功!とかするための罠に違いない。後者だったら僕は泣く。


「とりあえず読んでみないことには始まらないよなあ……」


 僕は封筒をカバンに忍ばせ、人気のない空き教室へ向かった。



「さて、何が書いてあるのやら」


 空き教室で僕は少しドキドキしながら封筒を開く。ラブレターではないと結論付けていても妙に緊張してしまうのは仕方がないことだと思う。


 封筒の中から出てきたのはかわいらしい便箋で、そこにはこれまたかわいらしい字でこう書かれていた。


『放課後屋上前でお待ちしています』


 …………。


「いやなんもわかんないよ!?」


 思わず大きな声がでてしまった。手紙を出した理由がつづられているわけでもなく、時間と場所だけが書かれていたらこういうリアクションにもなる。しかも差出人の名前までないときた。

 読んでみなきゃ始まらないとか言って読んだのに、読んでも何もわからないとは思わなんだ……。


 どうしたものかと思う。正直いたずらな気がしてならないし、誰ともわからない相手からの呼び出しに応じるのは結構怖い。のこのこ指定された場所に行ったら笑いものにされて……なんて想像すると俄然行きたくなくなる。

 しかし、万が一相手が真剣な用件があって僕を呼び出していた場合無視するのは非常に申し訳ない。大事な話があった人に待ちぼうけをくらわせたかも、なんて考えながら週末を迎えるのは精神衛生上とてもよろしくないといえる。

 そもそもの話だ。ドッキリかも、なんて心配をしているが仮にそうだったとして。こんないじめじみたドッキリを仕掛けられてる時点でもう負けというか詰みというか、行っても行かなくても大差はないだろう。  

 となると、僕が出せる結論は一つだけだ。


「行くしかないかぁ……」


 登校してわずか十数分。金曜日の浮ついた気分は完全に霧散していた。



 そして迎えた放課後。今日は例の手紙のことが気になって、授業内容がろくに頭に入ってこなかった。帰ったら復習をちゃんとせねば……。そんなことを思いながら重い足取りで屋上へ向かう。

 指定場所は定番の屋上ではなく屋上前となっていたけど、これは我が校の屋上が開放されていないからだろう。ただ屋上前には使われていない椅子や机が放置されているそこそこ広いスペースがあるので、差出人はそこで待っているんじゃないだろうか。


 屋上前が近づいてくるにつれて不安な気持ちが強くなってくる。名前も顔もわからない手紙の差出人。いったいどんな人物なのだろうか。

 手紙や文字はかわいらしいものだったが、ラブレターを装うことが目的だったら女性に見せかけるくらいはするだろう。筋骨隆々の男が待っていて、拳でお話合いしようぜみたいな展開になったらどうしよう。

 嫌な想像ばかり膨らませていたら、とうとう屋上前の階段にたどり着いてしまった。一つ深呼吸をして、ええい、ままよ!と階段を上る。


 階段を上った先で待っていたのは、全く予想外の人物だった。


「あ、来ちゃいましたか」


 不思議なことを言いながら僕を迎えたのは、茶色がかった髪を肩口くらいまで伸ばした可愛らしい中学生の・・・・女の子。確か名前は……白石さん。

――昨日の勉強会で僕がついた班にいた女の子だ。

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