第5話

 翌日、今度は僕以外の生徒も一緒に集められ、中学生と合同の勉強会について改めて説明を受けた。明後日の5限目と6限目に教えに行くことになるらしく、科目は英語と数学を1時間ずつだそうだ。

 配られた課題のプリントを見て、これを二日で解説できるまで仕上げろって結構無茶ぶりでは?と正直思ったが、引き受けた以上はなんとかするしかない。


 集められた生徒の中には当然と言えば当然だけど黒崎さんもいて、「がんばりましょうね」と微笑まれてしまった。

 黒崎さんはこういったイベントも難なくこなせるんだろうなあとうらやましく思いながら、「できる限り頑張るよ」といつも通りの答えを返しておいた。




 そしてあっという間に西鶴中学校へ教えに行く日がやってきた。

 準備としては、本当にできる限りのことはやったと思う。自分がかつてどこで躓いたか、どうやって理解したかを思い出しながら課題を解いて、どんな風に説明しようかもシミュレートしてきた。

 昔のノートや参考書なんかも引っ張り出して参考にできそうなところはメモしてきたし、二時間くらいならしのげるレベルになっていると信じたい。


 指定された中学校の教室に行ってみると、想像以上の歓迎ムードで迎えられた。

 その理由の大半は黒崎さんが同じ教室に割り当てられているからだと思う。まるでアイドルでも来たかのような盛り上がり方をしている。後輩たちにも黒崎さんの威光は及んでいるらしい。

 

 教えに来た高校生組は軽く挨拶をした後、それぞれ中学生が作った班につく。僕が担当することになった班の生徒たちはなんというか美男美女が多くて、やたらキラキラとした班だった。

 ただでさえその雰囲気に気圧されそうになっているのに、隣の班には黒崎さんがついていて、すごい盛り上がりを見せているためやりづらいことこの上ない。

 僕の班の中にも黒崎さんがついた班をうらやましそうに見ている生徒がいて、僕でごめんよと謝りたくなる。


 とはいえ黒崎さんと代わってもらうわけにもいかないので、気まずさをぐっと押し殺して僕は口を開いた。


「えっと、1年6組の冴島って言います。なるべくわかりやすいよう説明するつもりだけど、解説でわかりづらいところとかもっと詳しく話してほしいところとかがあったら遠慮なく指摘してくれると助かるな」


 年下相手のコミュニケーションは妹で多少心得があることに加えて、中学生とは基本接点がないのでちょっとやらかしてもなんとかなるだろうという考えから同級生相手よりは緊張せずしゃべれる。

 僕は日常的に接する相手より一回きりの相手とのほうがまだ会話が盛り上がるタイプだ。


 中学生たちは僕の発言に遠慮がちにうなずきや返事を返してくれた。いきなりよく知りもしない先輩が勉強を教えるというのだからこの反応は当然だろう。多少のぎこちなさを感じながら、勉強会はスタートした。 



 流石というべきか、僕がいざ解説を始めると生徒たちは真剣な表情で説明に耳を傾け、メモを取ったり質問を飛ばしてきたりした。

 正直、僕が逆の立場だったら見ず知らずの先輩に質問をするのは結構な勇気を要する思うのでその姿勢は立派なものだと思う。


「冴島先輩、ここの問題についてなんですけど」

「ああ、そこはね――」


 相手が真面目に自分の話を聞いてくれると、教える側としてもうれしいし頑張ろうと思える。よりわかりやすく伝えるためにはどうすればいいかを考えながら勉強を教えていると、いつの間にか勉強会1時間目が終わっていた。


「はい、これで5限目は終了です。中学生のみんなも、高校生のみんなもお疲れ様。いつもより勉強になりましたか?6限目もありますのでちゃんと休憩をとってくださいね」


 先生のそんな声を合図に、休憩時間にはいる。中学生と高校生で仲睦まじく交流を深めている班もあるが、あいにくこちらにそんなコミュニケーション能力はない。知り合いの後輩でもいればそれを会話の糸口にできるんだろうけど、残念ながら全員初対面だ。

 かといって黙ったままだと中学生たちも気まずいだろうし、何か話さないとだよなあと考えていると、隣の班――黒崎さんがついてる班だ――の話が聞こえてきた。


「黒崎先輩に勉強を教えていただけるなんてすごく光栄です!」


 すごいな、勉強教えただけで光栄と言われる高校生とかそういないぞ。


「黒崎先輩の解説めちゃくちゃわかりやすかったです!さすがは不動の学年一位ですね!」


 イメージ通りというべきか、黒崎さんは教えるのも上手いらしい。天才キャラにありがちな人に教えるのは下手クソというパターンをちょっと期待してたのに。でも、もし仮に教えるのが下手だったとしてもそれはそれでギャップがあっていいとか言われそうだなあ。

 黒崎さんほど完璧な人だと欠点をもはや見てみたくある。なにか弱点とかないのだろうか。

――と、そんな不埒なことを考えたのが良くなかったらしい。


「ふふ、ありがとうございます。でも私はもう学年一位じゃありませんよ。高校に入ってからはずっと二位です。ねえ、冴島君?」


 いつものように微笑を浮かべながら、こちらに水を向ける黒崎さん。その視線の意味は中学生たちも理解したようで、僕に注目が一気に集まったのを感じる。

 黒崎さんに悪意はないのだろうけど、自分の人気を理解して発言をしていただきたい。いや、わかっててやってるのだろうか。どっちにしろ質が悪いよなあ……。

 黒崎さんのせいで僕に向けられる視線の圧がすごい。驚愕とか猜疑とか憧憬とかいろんなものが混じった視線を受け止めながら、僕はなんとかこのキラーパスを処理しようと試みる。


「いや、黒崎さんは部活やってるけど僕は何もしてないし。同じ条件だったらきっと黒崎さんが勝つよ」


 さすがにこの空気で「僕は黒崎さんに勝ってるんだぜ(ドヤッ」なんて言う勇気はない。というかどんな空気だろうとそんなことは言えない。今言ったことも本心ではあるしね。


「部活をすると決めたのは私の選択ですし、そんな仮定に意味はないと思いますけどね。というか私、部活して生徒会にも入ってましたけど中学時代はそれでも一位とってましたし」


 そんなことを言う黒崎さんは不満そうにしている。なぜか知らないけど黒崎さん、僕が黒崎さんには勝てない旨の発言すると機嫌悪くなるんだよなあ。

 なんともいえない空気になってしまってどうしたものかと考えていると、6限目の開始を告げるチャイムが鳴った。ナイスチャイム!助かった!


「ほら、6限目始まったみたいだし。ちゃんと勉強しなきゃ」


 そういって解説に戻ったものの、中学生たちの僕を見る目が1時間目とは明らかに変わっていてめちゃくちゃやりづらかった。おのれ黒崎さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る