第4話

「ただいまぁ……」


 詳しいことはまた明日に連絡するといわれて化学準備室から解放され、僕はようやく自宅へ帰ってきた。現在時刻は18時。いつもよりだいぶ遅い帰宅だ。


「お兄ちゃんおかえりー」


 そういって僕を迎えてくれたのは妹の瑠璃るり。年は一つ下で、現在中学三年生。

 年が近い兄弟は喧嘩しがちなんて聞くけど、僕と妹はこうして出迎えてもらえる程度には仲がいい。


「瑠璃、今日は帰りが早かったんだね。部活は?」

「今日は体育館が使えなかったからなかったんだー、体動かしたかったんだけどね」

「そうなんだ。まあ明日にでも思いっきり動かせばいいよ」


 瑠璃はバレー部に所属していて、僕と比べるとかなりアクティブな方だ。同じ家庭環境で育っても性格が似るとは限らないらしい。妹の社交性が僕にもあればと何度思ったことか。


「お兄ちゃんは帰りいつもより遅いよね?なにかあったの?」

「ちょっと放課後先生に呼び出されてね……なんか中学生に勉強教えることになった」

「え、なになにどういうこと」


 僕は事の顛末をざっくりと説明した。


「なるほどね……お兄ちゃんにぴったりな役目だね!」

「それ本気で言ってる?それとも煽ってる?」

「なんで煽ってるって発想がでてくるのさ……。本気で言ってるに決まってるじゃん。お兄ちゃんが勉強見てくれる時いつもわかりやすいし、ばっちりな人選だと思うよ私は」

「そういってくれるのはありがたいんだけどね……。家族に教えるのと初対面の子に教えるのはまた勝手が違うだろうし不安は尽きないんだよ」

「お兄ちゃんならきっとできる!でもどうしても不安だったら予行練習として後で私に勉強を教えてくれてもいいよ」


 家族に教えるのとは勝手が違うといったばかりなのに、しれっとそう言ってのける瑠璃は強かだと思う。とはいえ断る理由もない。


「了解。あとでそっちが都合いい時間に声かけてくれ」

「うん!ありがとね、お兄ちゃん」


 そういって嬉しそうに自室へ向かう瑠璃。受験も控えているし、気合を入れて勉強を見てやらねばと思いながら、僕も自分の部屋に向かった。



 日課の筋トレをすまし、シャワーを浴びる。コンタクトレンズを外し、整髪料も落とした時の安心感がすごい。力が抜けるというか、精いっぱい背伸びをしてる状態から等身大の自分に戻る感じがする。

 さっぱりした気持ちでリビングに顔を出すと、妹がちょうど夕食の用意をしてるところだった。


「夕飯準備してくれてたんだ。ありがとね」

「いつもはお兄ちゃんがやってくれてるし、早く帰ってきた日くらいはね」


 うちは両親共働きであり、ともに帰りが大体19時から20時と遅めなので、早く帰ってきた人が夕食の準備をするようにしている。妹は基本部活で帰りが遅いので普段は僕が夕食を作ることが多い。

 冴島家の長男、要するに僕の兄が実家にいた時は兄さんが作ってくれることも多かったのだけど、今は他所の大学に通うために家を出ているので夕食づくりは大体僕の仕事だ。


「今日のメニューは何でしょう?」

「今日はカルボナーラです。ソースは作ったからお母さんたち帰ってきたら麺ゆでてベーコンと和えたら完成だよ」

「おー楽しみだ」

「すっごい濃厚にできたから期待していいよ!……それにしても」

「……?」


 言葉を途中で切ってこちらをじっと見てくる瑠璃。その意図がわからずこちらとしては困惑するしかない。


「いや、お風呂入る前と後でやっぱ全然違うなって思って」

「あ、そういうこと」


「いつもなら私が帰ってくることにはお兄ちゃんの余所行きモード解けてるからさ。ビフォーアフターみれるのちょっとレアかも」

「ビフォーアフターねえ……。アフターの方がグレード下がってる感じするんだけどどう?」

「まあカッコよさとかそういうのは確実に落ちてるよね。わりかしクールぽい見た目だったのがぼさぼさダサメガネに」

「ダサメガネ言うんじゃないよ」


 僕が愛用しているメガネは僕以外からクソダサいと評判である。目つきが和らいで見えるし愛嬌があって可愛いと思うのだが、誰も共感してくれない。


「いや、だってそのメガネお兄ちゃんの顔に合ってないし。それつけて様になるのは結構な上級者だと思うよ」

「ぐう……容赦ないね……」


 ガチトーンでの指摘にちょっとへこんでしまう。そんな僕をみて思うところがあったのか瑠璃が焦り気味に付け加えた。


「い、いやでもほら!ダサいけどダサい故の親しみやすさみたいなのがあるというか!私としてはそのダサいお兄ちゃんのほうが付き合い長いわけだし安心感あるよ!」

「フォローにみせかけた追撃だよそれ!ダサいって言葉の毒を安心感だけで打ち消せると思うなよ!?」

「あははー……あ!お母さんたち帰ってきたみたいだよ!私出迎えに行ってくる!」


 そういってぱたぱたと玄関にかけていく瑠璃。逃げたな。

 まあこのお礼は後で勉強を教える時にでもするとしよう。たまにはスパルタ教育も悪くないと思う。



 美味いカルボナーラを食べて英気を養った僕は、いつもの五割増しくらいの厳しさで妹に勉強を叩き込んだ。

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