第2話

 黒崎さんと僕の評価に一体どんな関係があるのか。それを説明するには僕が通う学校のシステムについて少し触れる必要がある。


 僕が通っている市立西鶴にしづる高等学校は実は中高一貫校なのだ。西鶴高校の校舎は西鶴中学校の校舎と併設されているし、西鶴中学校に通う生徒たちは受験を経ずに西鶴高校に入学することができる。


 僕が入学できていることからもわかるように、中学校からの内部進学者だけでなく外部からの入学者も募ってはいるのだけど、高校の生徒の大半は内部進学者で、中学校の頃からの仲というわけだ。


 そんな内部進学者たちの中で、黒崎さんはそれはそれは圧倒的な人気がある。その人気のありようはもはや信仰じみているといっても過言じゃないほどだ。

 とはいえその理由よくもわかる。女神もかくやというような美しい容姿に、誰に対しても分け隔てない優しい性格、おまけに文武両道の完璧超人だ。人気が出ない方がどうかしているだろう。


 その圧倒的人気とカリスマ性で中学校時代は生徒会長を務め、歴代会長の比じゃない支持を集めたとかなんとか。枚挙にいとまがないらしい彼女の武勇伝だが、その中の一つに中学校時代テストで一位の座を一度も譲らなかったというものがある。一般的な中学校と比べてテストが多く、偏差値も高いとされる西鶴中学校で三年間一位をキープし続けたというのは相当なことだ。


 そんなこともあって、内部進学者たちの間では一位と言えば黒崎さんだし、黒崎さんと言えば一位みたいな風潮があったらしい。それは高校に上がってからも当然続くものだと思われていたのだけど、なんとその流れに終止符を打つ者が現れた。


 笑えることに、僕である。入学して早々に受けさせられた新入生テストなるもので、僕は一位をとった。

 当時、自分がしてきた勉強が高校でもとりあえずは通じるらしいと安堵していた僕は、周囲が妙にざわついていることに気づかなかった。最低限のコミュニケーションしかとってこなかった弊害か、その日を境に周りが自分を見る目が変わったように感じつつも、気のせいだと意識しなかった。


 そして二回目のテストで再び一位を取ったとき、周囲の目の変化をよりいっそう感じるようになってようやく違和感を受け入れたんだけど、その時にはもう手遅れだった。

 僕の高校におけるレッテルは、"黒崎花音に匹敵する人間"になっていたのである。


 このレッテルは非常に厄介なものだった。というのも、何をしようにも色眼鏡で見られるというか、補正がかかるのだ。……プラス方向に。


 性別が違うので一概に比較することはできないが、僕は黒崎さんと比べると何枚も落ちるような人間だと思う。成績では今の時点でなんとか勝っているにしても、例えば運動なんかは平均より少し動ける程度。

 バドミントン部に所属していて全国大会にも出たことがあるらしい黒崎さんとは比べ物にならないだろう。


 だというのに、周囲は僕のことを運動神経抜群だなんてほめそやす。まるで

 "黒崎さんと同格であってほしい"

 "あの黒崎さんに勝つのは黒崎さん同様に超人でなくてはならない"

とでもいうようにだ。

 運動に限らず、容姿や人格に関しても同様だ。人格とか評価されるほど僕は周囲とコミュニケーションとれてないです……。


 こんな感じで、"あの超すごい黒崎さんに成績で勝ってるんだから冴島君もすごくないはずがない"と、僕の評価は中身を伴わない形で過剰に高くなってしまった。


 周りからよく思われるのが嫌というわけではないが、モノには限度がある。ここまで評価が高くなってしまうともはや怖い。高ければ高いほど落ちた時の衝撃は大きくなるものだ。

 周囲に幻滅されるのが怖くて自分の評判を裏切るような言動はとれず、かといって開き直ってそれを受け入れることもできない。

 メッキがはがれないか、失望されやしないかひやひやしながら僕は学校に通っている。


 とまあこの通り、僕の高校生活が思わぬ方向に転がってる理由の大半は、黒崎さんが漫画のキャラみたいな超絶ハイスペックガールだからだ。

 かなり無理をしながらなんとか見栄を張ってるガリ勉クソ陰キャに彼女のライバル役はあまりに荷が重い。


 彼女に人気がなければ僕もこんなことにならなかったのに、と全く悪くない黒崎さんを恨めしく思ってしまう。


「あの、冴島君?声を掛けただけでそんな親の仇を見るような目で見られると怖いのですけど」


 いけない。純度100%の逆恨みが顔に出てしまっていたらしい。なけなしのコミュ力を総動員して何とか取り繕う。


「そんなことはないよ。普通の顔をしていたつもりだったんだけど」

「その顔が普通の世界なんて私は嫌ですよ」


 ジトっとした目でこちらを見てくる黒崎さん。そんな表情も可愛いのだから美人は得だ。これは旗色が悪いと話題を変える。


「あー、そんなことよりなんか用だったかな?」

「用というほどではないのですけど。まずは学年一位おめでとうございます」

「ありがとう」

「今回も負けてしまいましたが、次こそは、来月の実力テストではあなたに勝ってみせます。だから、覚悟をしておいてくださいね」

「……できる限り頑張るよ」


 こんなやりとりはもう三回目だ。初めてテストの結果が出た時、いきなり美少女に話しかけられ、宣戦布告じみたことを言われた時はたいそう混乱した。

 物腰柔らかそうに見えて負けん気が強いんだなと意外に思いながらも、「今回は運が良かっただけで、次は負けるんじゃないかな……」と返したところ、雰囲気がものすごく冷ややかになったため以降今のように返すようにしている。


 黒崎さんがこんなことをするから周りが僕に注目してる感があるし、そうじゃなくても美人と話すのは緊張レベルがとてつもないので正直勘弁してほしかったりするのだけど、それを口にする勇気など僕にあるはずもない。

 なんだかんだ言っても、美人と話す機会があるのはうれしいしね。……尋常じゃなく疲れるだけで。


 「黒崎さんと冴島君が並んでいると絵になるなあ」とか「あれがトップの貫禄か……!」とかわけのわからないことを言ってる周囲の声は聞こえなかったことにして、僕はそっとため息をついた。

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