高校デビュー大成功!(大成功してよかったとは言ってない)

だんご

第1話

 梅雨時にしてはからりと晴れた6月半ば。今日は高校に入学してから実に三回目のテストである中間考査の順位が張り出される日だ。

 来月もテストがあることを考えると月1でテストを受けさせられていることになるので、ちょっとハイペースすぎません?と思わないでもないけど、それはまあ横に置いておく。


 一応ここらじゃ有数の進学校ということもあってか生徒たちの成績に対する関心は高いらしく、試験結果の前には人だかりができていた。


「すご、今回も冴島君一位だよ」

「マジかー。今回こそは黒崎さんが勝つかと思ってたんだけどなあ。やっぱ冴島半端ないな」

「黒崎さんも流石だけどね。ほら、三位とかなり差つけてる」

「二人とも何食ってたらあんな頭よくなるんだろうな」

「成績優秀なだけじゃなくて運動神経抜群、容姿端麗とかずるいよねえ」

「神は二物を与えずって嘘だよなあ。もはや別世界の人間って感じするわ」

「ま、上を羨んでも仕方ないよ。私たちは私たちのペースで頑張らなきゃ」


 人だかりの中から聞こえてきた男女の会話。あちこちで似たような内容が話題になっているようだ。

 僕は思わず叫びだしたい衝動に駆られたが、そんなことをしたら変人扱いは免れない。一瞬それもいいんじゃないかと思ったけど、実行に踏み切る勇気はなかった。仕方がないので、心の中で思い切り叫ぶ。


(僕は!そんな!!大した奴じゃねえええええええええええええええええええええ!!!)


 僕、冴島さえじま蒼真そうま。高校一年生。最近の悩みは周囲がやたら僕のことを過大評価してきて胃が痛いこと。まさか高校生活に胃薬の導入を本気で検討する日がくるなんて夢にも思わなかった。


「どうしてこうなった……」


 荒ぶる内心とは裏腹に、弱弱しく口から漏れたある種の常套句は、周囲の賑わいに飲み込まれ消えていった。




 "高校デビュー"という言葉がある。正確な定義があるのかはしらないけれど、高校進学を機に恰好や立ち振る舞いを中学校時代までとは大きく変えること、というのが多くの人にとっての解釈じゃないだろうか。僕はそんな高校デビューを果たした高校生の1人だ。


 高校デビューなんて試みるのは大抵自分に何かしら思うところがある人だと思う。僕も例に漏れずそういう人間で、しかも僕の場合はありとあらゆる点がダメだった。いや、今も大概ダメ人間なのだけど昔はそれ以上だったのだ。

 中学生だったころの僕は、暗くて、ダサくて、どんくさくて、空気が読めなくて……短所だけならいくらでも挙がるような奴だった。


 そんなだったから当然……かは知らないけど中学校時代はそこそこ嫌な目にも遭ったりして、高校では同じ轍を踏まないよう変わらなくては、と決意をしたわけだ。


 自分の中学校から進学する人が誰もいないようなレベルの高い高校に入るため、勉強量を今までよりずっと増やした。

 強いメンタルを作るにはまずフィジカルからなんて聞いたから、筋トレやランニングをする習慣をつけた。

 少しでも自分の印象に下駄を履かせるために、よくわからないと敬遠していたおしゃれやファッションについても兄から学んだ。


 そんな努力を一年以上続けて、中学校卒業が近づいてきた頃には以前よりだいぶマシな自分になっていたと思う。


 そしてありがたいことに第一志望だった高校に無事合格できた僕は、どうか穏やかな高校生活を送れますようにと願いながら高校への入学を果たしたわけだ。



 それから三ヶ月弱が経った今、僕は周囲からやたらと評価され尊敬の眼差しを向けられていたりする。


 高校デビュー成功どころか大成功だ!やったぜちくしょう!!


 うん、明らかにおかしいよね。高校入学後の展開、急だし雑だし意味わからないよね。仮に僕が他人から同じ話を聞かされたら絶対「いや、そうはならんやろ」って言う。


 でもこれにはある意味奇跡的な事情というかカラクリがあって、それは僕ではどうにもならなかったというかなんというか――


「冴島くん」


 現実逃避がてら過去を顧みていると、背後から鈴を転がすような声で僕の名前が呼ばれた。振り向いてみると、そこには思わず息のをんでしまいそうになるくらい美しい少女が。


「……黒崎さん」


 黒崎くろさき花音かのんさん。文武両道、容姿端麗、品行方正な嘘みたいな女の子。そして、僕の評価がやたら高まったからくりだったりする。

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