第9話 梢になったこずえ(1)

 「なんやここ!?」


 こずえは驚きすぎて、どう反応していいか分からなかった。


 扉を開けると、そこは何もかもが、赤かった。


 壁も、机も、座布団ざぶとんも、小さなブラウン管テレビも、ベッドも、クローゼットも、ハンガーでカーテンレールに吊るしてあるTシャツも、ライターも、極めつけには、ガラスで作られている灰皿はいざらまで赤色だった。


 こずえの姿になってしまったこずえは、梢の部屋へ来ていた。


 (赤色が好きやってっとったけど、ここまでやとは思わんかったな。)


 こんな部屋では、全然リラックスできない。しかし、梢に、昼間はあまりうろつくなと、釘を刺されていたので外出もできない。


 仕方なく、その赤い座布団の上に腰を下ろした。


 夕方になるまで、なにか時間を潰せるものはないかと、机の上を見た。


 すると、そこには、こずえの興味を引くものが一つ置いてあった。


 こずえは、息をんだ。


 それから、その紙でできた箱を手に取った。この箱もやはり赤い。


 その箱のフタをパカッと開け、中からタバコを、一本だけ取り出した。


 胸がバクバク鳴っている。


 そのタバコを一本咥くわえてから、ライターを手に取った。そのライターは、コンビニなどで手に入る、比較的安価なタイプのライターだった。


 こずえは、火の付け方を知っている。通学路や飲食店などで、大人たちがタバコに火をつける姿を、何度も目撃したことがあったからだ。


 だから、ライターで簡単に火をつけられると思っていた。


 大人たちが、ライターで火をつけている姿を思い出しながら、こずえは、ライターの上部についている、歯車のようなもの──ヤスリ──を親指で回してみた。


 しかし、そのヤスリがクルクルと回るだけで、火がつく気配は全くない。


 オイルが入っていないから火がつかないのだ、と思ったこずえは、ちゃんとオイルが入っているか、手でライターを振ってみた。


 ライターの中から、ぴちゃぴちゃと、音がする。


 赤いプラスチックで出来たそのライターに、オイルが六分目ぐらいまで入っていることを目視できた。


 (オイルも入ってんのに、なんで火つかえんのかな[なぜ火がつかないのかな]?)


 壊れているんじゃないかと、手に持っているライターを隅々まで、こずえはよく確認した。


 すると、シールが貼ってあることに、すぐに気がついた。


 そのシールには、ライターの使い方がくわしく説明されていた。


 こずえはその説明に従って、もう一度、ライターに火をつけようと試みた。


 まず、利き手の親指でヤスリを押し込んだ。するとヤスリが回転して、親指が勝手に下の黒い突起の上に着地した。そのまま、その突起を力強く押し込んだ。


 カチッ、という音と共に、オレンジ色をした温かい火がともった。


 こずえは、慌てて、口に咥えたまま、タバコを火に近づけた。しかし、火がほんの数ミリ前にあるかのように見えてビックリしたので、タバコを、ライターを持っていない方の手に持ち替えてから、火にかざした。


 すると、タバコの先端が焼け、そこが黒く焦げて紫煙しえんが上がった。


 こずえは、恐る恐る口に咥えて、ゆっくりと吸った。


 実は、こずえは、タバコの煙が大嫌いだった。あんなにくさいものを吸うなんて、大人は頭がおかしいんじゃないかと、常日頃つねひごろ思っていた。


 そんなこずえは今、好奇心に負けてタバコを吸ってしまったのだ。


 でもそれは、美味しいと言えるほどでは無かったが、普段臭におう煙くささは無かったし、世間で言われているような、苦さも感じなかった。


 むしろ、なんだか、休日に自分の部屋にいるような気分になった。


 (落ち着くなぁ。)


 こずえは、タバコが短くなるまで味わった。そして、灰皿でタバコの火を消した。


 タバコを吸い終えると急に、恐怖感に似た何かが、こずえを襲ってきた。


 だから、直ぐにもう一本タバコを取り出して吸った。


 すると、また気持が落ち着いた。


 このようなことをあと一回繰り返し、この短時間で、計三本もタバコを吸ってしまった。


 (なんで、最後までタバコを吸えたんやろう? 梢の体やから吸えたんかな? 初めてタバコを吸う時は、むせたり、最後まで吸えんって[最後まで吸えない]、雑誌かテレビで見た気いする。それに、嫌な気もせんかったし。)


 そんなことを考えている内に、いつの間にか、よかに横になって眠ってしまっていた。

 

 こずえが目を覚ました時には、部屋が真っ暗だった。


 外から、誰かが名前を呼んでいる。


 窓を開けて、声のした方を見下ろすと、そこには、白い特攻服を着て、改造したオートバイ──バイク──にまたがっている女たちがいた。


 「降りてこいよ! 梢!」と、その女たちの内の一人が、甲高かんだかい声で言った。


 こずえは、クローゼットから、背面やそで、パンツの股下に、赤い糸で文字が刺繍ししゅうされている、白い特攻服を一着取り出して、身にまとった。さらしは巻いていないが、気合いが入っていたら、さらしがなくてもいいと、梢が教えてくれた。


 梢が、事故を起こした時に着ていた特攻服は、血で一部が赤くなってしまったり、事故の衝撃でいたんだりして、修繕しゅうぜんが必要な状態だった。


 だから、梢は、こずえに、必要になったら予備の特攻服がクローゼットに入っていると、あの夜、伝えていたのだ。


 こずえは、急いで外に出た。


 「早く行こうぜ!」


 「乗れよ!」


 こずえは、スズの後ろに跨り、スズのお腹にガッチリと手を回した。


 「じゃあ、飛ばすぜ!!」


 こずえは、『大阪 龍斬院りゅうざんいん』のレディース──女性の暴走族──たちと、夜の街に消えていった。


 


 


 




 


 

 


 


 


 


 


 

 

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