第8話 こずえになった梢(2)

 二人は喫茶店きっさてんでの昼食を終え、店を出た。


 まだ、日が照っている。いつもなら、家で二度寝をしたり、ゴロゴロのんびりしているような時間だ。


 こずえの母と、こずえの家に帰ることになったこずえは辺りをキョロキョロと見まわしていた。


 こずえになってしまった梢にとって、その道は、初めての場所だった。


 こずえと入れ替わってしまったから、当分はこの辺りを行動範囲にするだろう。だから、どんな建物があるか、どんな風景なのか、そういったことを覚えなければいけない。


 梢が、そうやって歩いていると、前を歩くこずえの母が言った。


 「ありがとうね。はげましてくれて。」


 梢は、ぱっと、頭を切りかえて、返事をした。


 「いや。・・・・・・二人ずっと仲良う[仲良く]してもらいたいから、当然のことをしたまでやで。」


 「あんなん[あんなこと]言われたん始めてやったから、複雑な気持ちになったわ。娘が成長して大人になったような嬉しさと、親から離れていってしまうような悲しさと。でも、やっぱり喜ばなあかんな。」


 すると、前を歩くこずえの母が、突然振り返り、梢に近寄ってきた。


 そして、梢を抱きしめた。


 「ホンマにありがとう。絶対仲直りするから、心配せんとってな[心配しないでね]!」


 こずえの母は、涙声で娘に伝えた。


 梢は、そうされて嬉しくなるどころか、凄く悲しくなってしまった。


 今こずえの母は、娘の成長や、優しさに対して、感動しているのだろう。でも、姿は娘なのに、肝心の魂は娘ではない。まるで、相手の親をバカにして、相手を凄く傷つけてしまったような、罪悪感ざいあくかんを抱いた。


 さらに、母親とは、こんなにも優しくて温かいのだと、不意に知らされてしまい、それと同時に、自分の母はこんなことを、一生してくれないのだと、ひしひしと認識させられてしまった。


 梢の、頭と心がモヤモヤとしてきた。


 だからその後は、ただ、足を前に出していただけで、歩いている感覚など全く無く、家の周りがどんな道だったのかも、当然分からない。


 梢は、こずえの家に着くなり、病院で教えてもらった、扉に『kozue』と書かれたネームプレートがぶら下げてある部屋に駆け込んだ。そして、動物のぬいぐるみがいっぱい並べてあるベッドに突っ伏した。


 こらえていた涙が、滝のようにドバドバと流れてきた。


 他人が当たり前のように得られる母の愛情が、欲しくて欲しくてたまらなかった。


 でも、それを手に入れることが出来ないと分かって泣いている自分が、駄々をこねる子供のように、とても弱く見えて、悔しかった。


 梢の心は、ヒビが入ったガラスのように、もろかった。それを、普段の負けん気で、補強していただけに過ぎない。


 「仲間に・・・・・・『大阪 龍斬院りゅうざんいん』の仲間に、会いたいな・・・・・・。」


 その梢の声は、静かに響き、消えていった。


 

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