第7話 こずえになった梢(1)

 二人が負った怪我は、幸いにも、り傷だけだった。だから、三日程度で退院できた。


 もう包帯は巻いていない。でも、まだ傷は残っていて、カサブタになっていないので、大小様々な絆創膏ばんそうこうが、そこら中に貼ってあった。


 「ほんなら、三日後の夜八時に、この病院の前に集合な!」


 「わかった。」


 二人はそう約束して、梢は、こずえとして、こずえは、梢として、それぞれの家に帰って行った。



 

          ◇




 こずえの姿をした梢が、病院を後にしたのは昼頃だった。


 梢は、こずえの母とアスファルトの道を歩いている。


 「もうお昼で、お腹も空いたし、外で食べよか!」


 (こずえがうとった。親とあんまり、コミュニケーションは取ったらあかんて。)


 だから梢は、「・・・・・・どっちでもええよ。」と、素っ気なく答えた。


 言葉とは裏腹に、梢は期待に胸を膨らませていた。


 長年、母とろくに会話もしていなかったから、母と同じ年ぐらいのオバサンと喋ることで、母と会話しないという、罪悪感のようなものから、解放されると思っていた。


 「ほんなら、どっかに食べに行こか。」


 梢は、ただ黙々と歩いた──できるだけ、コミュニケーションを取るのを避けるためだった。


 三分程歩くと、オシャレな外観の喫茶店の前に来た。


 そこに二人は、昼食をとるために入った。


 (何を注文しよかな?)


 二人が席に着くと、店員がメニューを持ってきた。


 そのメニューを見た梢の目は、キラキラと、星のように輝いていた。


 普段、ハンバーガーやコンビニのサンドイッチしか食べない梢にとって、夢に見た料理の名前が、いっぱい書いてあった。


 (カルボナーラもええな。オムライスも捨てがたいな。何食べよかな。ん? なんやこれ?)


 そこには、梢を惑わせる、料理名が書いてあった。


 (これ、果物くだものとちゃうんか? でも、洋食のらんにあるし、気になるなぁ。)


 「決まった?」と、こずえの母はたずねた。


 梢はうなずいた。


 こずえの母が、すみません、と店員を呼んだ。


 「私は、アイスコーヒーとサンドイッチで。」


 「ウチ・・・・・・私は、ドリアっていうので。」


 店員は注文を聞き終え、二人が座っている席から離れていった。


 それを確認するやいなや、こずえの母が話し始めた。


 「アンタ、ドリアなんて好きやったん? よくピザ頼むから、今日もピザやと思っとったわ。」


 梢は、ミスをおかしてしまった。しかし、この程度であわてる梢ではなかった。しかし、念の為に、誤魔化ごまかしておいた。


 「頭打って、味覚でも変わったんかな。ハハハ。」


 しばらくすると、店員が、二人が注文した料理を運んできた。


 「なんや、ドリアって、グラタンのことやったんか!」


 梢は、自分の前に置かれたドリアを見て、おもわずツッコミを入れてしまった。


 それを聞いた、こずえの母が言った。


 「まぁええから、食べてみ。」


 梢は、スプーンで一口すくって、口に入れた。


 「うまっ!! グラタンの下に米がいてある!」


 初めて食べるドリアの美味しさに、感動した。そして、ドリアの熱さなんて感じていないかのように、ガツガツと食べ進めた。


 そして梢は、ドリアをペロッと平らげた。カロリーが高かったのだろ、量に対して、満腹感がかなりあった。


 梢が、膨れたお腹をさすっていると、こずえの母が、重い口を開いた。


 「・・・・・・実は昨日、お父さんと喧嘩してしもてん[してしまった]。」


 こずえの母は、うつむきながら、悲しそうな口調で打ち明けた。


 「え!?」


 梢は、驚かずにはいられなかった。


 「ほんで、仲直りはしたん?」と、心配になって尋ねた。


 こずえの母は、しばらく間を置いてから、首を振った。


 もう、梢は黙っていられなかった。


 「早よ仲直りした方がええ! 難しいんやったら、が中を取り持ったってもいい。」


 必死になっていたので、一人称が、いつもの梢のように、ウチ、になっている事に気がついていなかった。


 梢の両親が離婚したのは、小さな夫婦喧嘩が発端ほったんだった。だから、梢は、夫婦喧嘩の行き着く先が、どこなのかを知っていた。


 それに、先日できた友に、自分と同じような、悲しみや苦しみを、絶対に、味わって欲しくなかった。


 


 

 

 

 

 


 

 

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