第5話 前途は多難かもしれない

 「なんでウチが目の前におるん!?」


 そこに、鏡でもあるかのような光景を目の当たりにしたこずえ


 「なんで私が目の前におるん!?」と、相手は言った。


 摩訶不思議まかふしぎ、自分と全く同じ姿をした人物がそこに居た。


 まるで、まだ意識を取り戻していなくて、夢の中の出来事のような気がした。むしろ、夢であってくれと梢は願った。


 梢は、本当に現実で起こっている出来事なのかを確かめるために、いつかテレビで見た、ほほをつねる、という事を試してみた。痛かったら現実で痛くなかったら夢だと、そのテレビでは言っていた。


 思い切って、グイッと、強めに引っ張った。


 (痛っ!!)


 夢なんかじゃ無いことが分かってしまい、梢は、落胆らくたんした。


 梢の脳では、怪我の痛みと、交通事故を起こしてしまったことを、処理するので精一杯だった。


 そして、相手の言ったことも気になる。


 目の前に梢の姿をした人が居るということは、自分は梢の姿をしていないのだろう。


 そう思うと、冷や汗が全身から吹き出てきた。


 こんな、漫画やテレビドラマのような、作られた世界でしか起こるはずが無い、不思議な出来事に遭遇したのは、生まれて初めてだった。それに、こんな意味のわからない出来事が降りかかってくるなんて、呪われているかもしれないと思った。


 すると、目の前いる梢の姿をした人が、話しかけてきた。


 「あなたは誰ですか?」


 梢はとりあえず、この状況を整理するために、深呼吸をして、それから質問に答えた。


 「私は、レディース──女性の暴走族──で、『大阪 龍斬院りゅうざんいん』のメンバーの梢ってもんやけど・・・・・・アンタは誰や?」


 梢は尋ねた。


 「それホンマですか!? 私も、こずえっていう名前です! ちなみに、普通の高校生です。」


 「ウチらおんなじ名前か!?」


 「ええ。私は平仮名ひらがなのこずえですけど。」


 「なんや、そうやったんか。ウチは漢字の梢や。」


 どうしてか分からないけれど、梢は、自分の名前が漢字であることに、優越感ゆうえつかんを抱いた。


 薄暗い病室に目が慣れてきて、目の前にいる梢の姿をした別人が、くっきりと見えてきた。


 (なんか、目の前のウチはパンピー──一般人──に見えるな。姿はウチやのに。あの包帯と、病人が着るダサい服があかんねんな。それ以外は、髪の長さも色も変わってない。いつものカッコエエ、ウチやもん。)


 「ごめんなさい。私が信号無視したばっかりに、事故を起こさせてしまって・・・・・・。」


 こずえはビビっているのだろうか、声を震わせながら、ベッドに座ったままペコりと腰を折り謝罪した。


 「いや、ウチも悪かった。横見て運転してたから。まぁ、お互い様ってことにしとこや。」


 「優しいんですね。私、レディースの人たちってもっと怖い人たちばっかりやと思ってました。だから、信号無視したってホンマのこと言うたら、リンチ──個人や集団による私的な暴力行為──されるかと思ったけど、嘘ついてもされそうやったから、一か八かでホンマのこと言ったんです。」


 それを聞いて、梢は、ハハハッ、と腹を抱えながら大笑いした。


 自分の姿をした人物がレディースを怖いと思っていた、なんて口にしたから、それが可笑おかしくてたまらなかった。


 すると、こずえも声を出して笑いだした。


 「なんで・・・・・・こずえも笑ってんねん。」


 梢は、笑いをこらえながらいた。


 「だって、お腹抱えて笑ってる自分の姿が面白すぎて。」


 「確かに。普段、鏡見ながら爆笑せええんもんな。そりゃおもろいわ。」


 二人は病院に居ることを忘れてしまったかのように、大笑いした。

 

 夜中の静かな病室に、二人の少女の笑い声が、高らかに響いた。


 


 

 


 

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