プロローグ 2 梢

 夜の街を風を切って駆けるのが大好きだ。


 果てしない道路が続いている。


 上半身にさらしを巻き、白い特攻服とっこうふくを着て、オートバイにまたがり、ブンブンと重低音を響かせて、仲間たちと一緒に駆けるのが大好きだ。


 「こずえ。気合い入ってるか!」仲間のスズが言った。


 「当たり前や!」


 梢たちは、公園に向かっているところだった。


 オートバイに乗って走ると、肩まで伸びている髪の毛が涼しい風でなびくのが、とても気持ちよく感じた。


 梢が所属しているレディース『大阪 龍斬院りゅうざんいん』は、大阪市内を拠点に活動している。しかし、最近『大阪 龍斬院』の許可なく、市内で活動し始めたレディースがあった。


 そこと、今夜喧嘩をする。負けた方のレディースは解散となる。


 しばらくするとその公園に到着した。


 すでに、相手のレディースが待ち構えていた。人数は十人ぐらい。


 その連中は皆、梢たちにガンを飛ばしている──にらみつける──。


 こんなことは、あまりにも日常茶飯事にちじょうさはんじだったので全然驚かなかった。


 それよりかお返しにと、梢たちはオートバイから降りガンを飛ばした。


 『大阪 龍斬院』と相手のレディースの人数は、ほぼ互角。


 しかし、決定的な違いがあった。それは、梢を含め『大阪 龍斬院』のメンバーは、全員が素手なのに対して、相手チームは木刀や鉄パイプ、鎖などの武器を持っている奴がちらほらいた。


 それでも、『大阪 龍斬院』のメンバーは、誰一人としてビビらなかった。それもそのはず、結成から負け知らずのレディースだった。


 時間になり喧嘩が始まった。


 一斉に、女たちの怒号どごうがそこに響き渡る。


 一人の敵が、梢に向かって突進してきた。その敵が、木刀を梢の頭上から振り下ろす。しかし、それが頭に命中する前に、敵の腹にげんこつを一発撃ち込んだ。


 ドスッ、とにぶい音がした。


 すると敵は、顔をゆがめながら腹を押さえてうずくまってしまった。梢は、そんな敵の横腹を力いっぱい蹴り飛ばして、しばらく立ち上がれなくした。


 仲間たちも、武器を持った敵に恐れず果敢かかんに攻め、どんどん敵を倒していく。


 そして、『大阪 龍斬院』は勝利を収めた。


 頭から血を流している仲間や、攻撃されたところ押さえて痛そうにしている仲間もいた。だが、幸いにも梢は無傷で済んだ。


 敵は、オートバイを手で押しながら、ぞろぞろと公園から出ていった。


 「楽勝やったな!」と、スズが言った。


 「アイツら、ウチらを舐めすぎとちゃうか? 弱いにもほどがあるで。」


 過去には、相手と喧嘩をして、骨が折れたこともあったし、折ってやったこともあった。頭から血を流したこともあったし、流してやったこともあった。でも梢は、こうやって仲間と一緒に喧嘩をするのも好きだったし、得意だった。


 しばらく公園で一服──タバコを吸う──していると、赤茶色の外車が一台やってきた。


 「梢! おるか!?」


 その優しい声を聴き、座り込んでいた梢は、飛び跳ねるように立ち上がった。


 「ヒロシ!」


 梢は、ヒロシの首に腕を回して抱きついた。実に三日ぶりの再会だった。


 「ちょっと待っててな。」


 梢は、明日会う約束を仲間たちと交わしてから、オートバイにまたがった。


 そして、公園を後にして、恋人同士の二人は夜の街に消えていった。


 次の日の昼前、梢は自宅で目を覚ました。昨日は、何時に帰ってきたのか全然覚えていない。


 今年で十七歳になった梢だが、高校には通っていない。


 中学一年の時にイジメにあい、学校に行くのを辞めてしまった。その時期から、夜に出歩くようになった。そして、気がついたら『大阪 龍斬院』に入っていた。


 母は、まだ寝ているだろう。起こしでもしたら殴られるだけでは済まないはずだ。


 梢は、夕方まで二度寝をした。


 夕方になり、母が家から出ていくのを確認してから、自分も家から出て仲間たちと会う。


 こんなことを、もう何年も続けてきた。


 梢は、こんな生活をイヤだとは思っていなかった。学校に行かなくても、家に居なくても、外に行けば仲間がいるから、それで良いと思っていた。


 しかし、梢の頭は利口でも、心はそうではなかった。


 夕方、いつもの集合場所にオートバイに乗って向かっている途中、学校帰りの少女たちを見た。


 (ウチも今頃は、あんなカワイイ制服着て学校から帰ってたんかな。)


 そんな光景を見ると、よく、心の隅を針でチクチクつつかれているような、鬱陶うっとうしいしい痛みを感じる。


 その度に、オートバイを全速力で走らせて、全身で風を切ることにしていた。


 そうすると、風を切るのに夢中になって、痛みを忘れられたからだった。


 「どっかぶらぶらしようや。」


 「せやな。」


 オレンジ色だった空が黒みがかってきた頃、仲間たちと合流した梢は、その仲間の意見に賛成した。


 オートバイで駆けると聞こえてくる、ヒューヒューという風の音と、バイクから出ている重低音が心地よかった。


 しかし、ずっとその音は聞いていられない。


 オートバイに乗っていると、当然、一日に一回ぐらいは赤信号で足止めをくらってしまう。


 少しでも長い間走っていたかった梢だが、仕方が無いので止まった。


 ふと、前方から視線を外した。


 そうしたら、飲食店から出てきた仲の良さそうな親子が視界に入った。両親が子供の手を引いて歩いていて、子どもも笑顔をみせている。


 (懐かしいなぁ。)


 梢にもあんな頃があった。数回しかないけれど、父や母と外食に行くのが楽しくて好きだった。しかし、それは遠い遠い昔の事だった。


 母が、父と離婚してからは、水商売を始めたので、夜に仕事に行き朝帰って来て夕方まで寝ているので、最近は、母と一緒に食事をすることすら無い。


 そんな親子を見た梢に、また、さっき味わったような、針でチクチクつつかれているような鬱陶しい痛みが心を襲ってきた。


 (なんか、イライラする。)


 梢は、信号が青になるのを確認してから、オートバイを走らせた。


 しかし、前方を確認していなかった。気がついた時には目の前に人がいた。


 ドンッ! と音をたて、梢は、歩行者とぶつかって、事故を起こしてしまった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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