こずえと梢

気奇一星

プロローグ 1 こずえ

今日も退屈な日だった。


 いつもと変わらない時間に登校して、いつもと変わらない時間に授業が始まって、変わらない時間に終わる。


 いつもと変わらない時間に弁当を食べ、変わらない時間に午後の授業が始まる。そして、六時間目の授業が終わって、放課後になる。


 こずえは、そんなつまらない日々を過ごしていた。


 今はまさに、そのつまらない日々の内の放課後。


 ギー、と椅子を引く音や、バタバタ、と誰かの足音が聞こえる。


 こずえも帰り支度を始めた。すると、横から聞き慣れた声が聞こえてきた。


 「なぁ、こずえ。今日帰りに何か食べに行かへん?」


 友達のユミに誘われた。


 「・・・・・・うん。ええよ。」


 こずえは迷ったが、特に断る理由もなかったのでそうすることにした。


 二人は友達で、大阪市内の高校に通っている十七歳の高校生。


 学校を出てこずえたちが向かったのは、最近、学校の近くにできたばかりのハンバーガーショップ。


 店内は様々な制服を着た、学校帰りの少年少女でごった返していた。


 「座るとこあるかな?」と言って、こずえは店内をみまわした。


 しかし、空席は見当たらなかった。


 仕方がなく、注文したハンバーガーとジュース、ポテトをトレーに乗せて、その場で席が空くのを待っていた。


 しばらくすると、「あっ! あそこ空いたで!」と、ユミが指さして、狩りをする肉食動物のような速さでその席を確保した。


 こずえはユミの席の前に座った。まずは、ジュースを一口飲んだ。それからポテトを全部トレーの上にぶち撒いた。


 それを見てから、ユミが口を開いた。目がキラキラ輝いているように見える。


 「なぁ、なぁ、聴いて。実はウチな、・・・・・・昨日、彼とキスしてん!!」


 「ホンマ! すごいなあ。」


 こずえには、ユミの恋愛話などどうでもいいことだったが、ユミを傷つけないために話を合わせた。


 「ほんでどうやった?」


 「めっちゃ幸せって感じやった。」


 「はは。・・・・・・そうなんや。」


 ユミの話を聞きながらこずえは、ポテトを一本食べた。


 (ユミの話は、いつもノロケ話ばっかり。しょうもないわ。)


 まるで、ねたんでいるかのようなことを思ってしまう。


 「こずえは彼氏作らんの?」


 ボーッとポテトを食べているこずえの顔を下からのぞき込み、それがまるで異端者かのように、ユミが不思議そうにいてきた。


 「相手がおらんわ。」


 「ダイキくんに告ったらええねん。前、気になる言うとったやん。」


 「どうかなぁ・・・・・・。」


 ダイキとは、同じクラスの男子。一ヶ月ほど前、体育でバスケットボールをしていた彼を見て、こずえは、かっこいいな、素敵だな、と思った。しかし、つい最近になって、頭の中でその時の映像を再生しても、なんとも思わなかった。そもそも、かっこいいと思ったら、好きだということなのだろうか? 


 異性を好きになるとは、どういうことなのか、どういう気持ちになれば好きということなのか、恋をしたことがないこずえにはさっぱり分からないことだった。


 ユミの話の後は、昨日やっていたテレビの話や、流行りのアイドルの話などの、これといってとりとめのない話をした。


 店から出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 「バイバイ。」


 「また明日。」


 二人は別れて、お互いの家の方に歩き出した。


 こずえは、急いで腕時計で時間を確認した。


 腕時計の針は、七時半を指していた。


 (ヤバッ! 早よ帰らなママに怒られる。)


 こずえは、走って家に向かった。


 しかし、こずえの思いどうりにはいかなかった。


 (また赤や。)


 渡らなければならない信号は、赤ばかりで中々家に近づかない。


 腕時計を確認すると、もう七時四十分頃だった。

 

 イライラしながらも、こずえは、信号が青になるのを待った。


 そこで、ふと気づいたことがあった。後ろの方から重低音が聞こえてきた。


 この時間帯になると、彼女たちは、街を駆け抜ける。


 白や赤などの特攻服を身にまとい、改造を施した、オートバイ──バイク──にまたがっている。


 レディース──女性の暴走族──の連中だ。


 こずえは、車道を通っている彼女たちに視線を向けた。


 歳は同じぐらいだが、髪を染めたり、パーマをかけたり、ピアスをしたり、と周りにいないタイプの人なので、怖い人たちなのだろうと思った。


 (なんで、こんな時間から遊ぶんやろう? この時間やったら面白いテレビいっぱいやってんのに。)


 彼女たちは、オートバイに乗りながら、仲間とワイワイ喋ったり、笑ったりしている。


 彼女たちにとって、仲間と夜の街を駆けることは、面白いテレビをみることより楽しいことなのかもしれない。彼女たちの居場所は、家や学校ではなくこのレディースなのだ、とこずえは思った。


 学校には行かず、夜遊んでも親に怒られない。そんな彼女たちをこずえは、正直うらやましく感じていた。


 だからといって、レディースになることは無かった。なぜなら、そんな勇気は、 一ミリも持ち合わせていなかったからだ。


 中々青に変わらない信号に、待ちくたびれたこずえは、信号を無視して道路を渡ってしまった。それに、急いでいたので左右確認をおこたっていた。


 「あっ!!」


 だから、オートバイが横から突っ込んで来ているのに気がついた時には、どうすることもできなかった。


 ドンッ、と大きな音を立て、こずえとオートバイがぶつかって事故になってしまった。


 こずえは、吹っ飛ばされたところまでは覚えていたが、その後すぐに、スーッと意識が遠ざかっていってしまった。

 


 

 

 

 

 



 


 

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