第196話 姉の代わりにVTuber 196


「はぁ~~~……。何やってんだろ私…………」


春奈(はるな)は、昼食中、大貫(おおぬき)達のグループから抜け、女子トイレへ訪れていた。


ため息交じりに、独り言を放った春奈だが、幸いにも、今この瞬間には、女子トイレに人がおらず、春奈は、洗面器の前で立ち尽くしていた。


少しの間、トイレで時間を潰した春奈は、自分の気持ちが落ち着いた事を確認すると、女子トイレから出ていく。


そして、トイレから共用廊下へと身を乗り出した所で、危うく一人の男子生徒と衝突しそうになる。


「――ッ!? あッ、ご、ごめんなさいッ!」


衝突の寸前で、男子生徒が避けたことにより、衝突が防がれ、呆然と歩いていた自覚がある春奈は、自然と謝罪の言葉が出た。


「い、いや、こっちこそごめ……って、春奈(はるな)か?」


「――え?」


聞き覚えのある男性の声が、返ってきた春奈は、顔を上げると、そこには、今一番会うと気まずい男子生徒、天ケ瀬 穂高(あまがせ ほだか)の姿があった。


「あ、え……、穂高君……」


「?? おう……」


何故かぎこちない様子で話す春奈に、穂高は違和感を感じつつも、春奈の雰囲気に流され、穂高もまた妙な返事を返した。


二人の間に、妙な雰囲気が流れた事で、穂高はその状況を気持ち悪く思い、すぐに春奈に話題を投げかけた。


「大貫、帰ってきて良かったな?」


「え? う、うん……、そうだね」


穂高は出来るだけいつものように話し、春奈も穂高の言葉に笑顔で答えるも、その笑顔は悲しさも帯びていた。


「どうした? なんか元気ないな??」


「え、い、いや……、元気だよッ」


「本当か? 今、色々と忙しいだろ??」


穂高はそう言いながら、春奈の顔色を伺うため、少しだけ顔を近づけるも、穂高のそんな行動に気づき、春奈は穂高が近づくのに対して、大きく後退りする。


「だ、大丈夫ッ、大丈夫!

忙しいけど、体調崩したりとかはしてないから」


「――そうか? なら、いいんだけど…………」


春奈は、取り繕うようにそう告げ、笑顔を浮かべながら答え、一連の流れに、穂高は違和感を感じながらも、春奈の言葉を一先ずは鵜呑みにした。


「佐伯(さえき)さんも、親身にフォローしてくれてるし、穂高君も文化祭、色々助けてくれてたでしょ??

それだけで、大分助けられてるよ!」


「別に俺はそんなに手助けしてないけど……。

――――あぁ、そういえば、春奈に伝えたい事があったんだ!」


疲れていないと主張する春奈に、穂高はそれ以上詮索せず、春奈と話す中で、ある話題を思い出す。


「88(ハチハチ)、浜崎 唯(はまさき ゆい)との、配信の日程、決まったぞ。

少し前だけど、春奈にも話したろ?

俺が『てっちん』として、アイツの配信に出るって話」


穂高の言葉に、春奈は驚いた表情のまま、一瞬固まった後、次の瞬間、目を輝かせ、今までの笑顔が不自然に感じる程に、自然な笑顔を浮かべる。


「ホントに!? また、穂高君、配信してくれるの??」


「まぁな……、なんか、期間も開いて、こっぱずかしいけど……。

翼にも約束したし、お前とも約束してたからな?」


勢いよく話に食いついてきた春奈に対して、穂高は、旬もとうに過ぎている事もあり、今更ハチの配信に出る事を、恥ずかしく感じ始めた。


「約束? なにか、私と約束なんてしたっけ??」


「え……? 忘れたのか?

配信辞めた理由とか、一通り説明するって……。

まぁ、今更感すごいし、ハチの配信で話しても、視聴者はチンプンカンプンだろうけどな」


穂高は、少し恥ずかしそうにしながらも、晴れやかに笑顔を浮かべた。


「そっか……、うん。

絶対見るねッ! 配信!!」


「あくまで主役はハチだから、俺の出番は、あんまり期待しないでな?

――それじゃ、俺、行くわ」


穂高は、春奈に伝えたかった話しを一通り伝えると、急ぐようにその場を後にし、春奈は、少しの間、離れて行く、穂高の後姿を見つめていた。


「――――私も頑張らないと……」


穂高が、過去の配信者として、けじめを付けようとする姿を見て、春奈は現実に引き戻されたような、そんな感覚を覚え、自らも、新しい配信者として気をより一層に、引き締めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「ただいま~~……」


学校から帰宅した穂高は、一言そう告げると、玄関にて靴を脱ぎ始めた。


「――穂高! アンタ、佐伯(さえき)ちゃんから聞いたわよ!

変なお願いしたみたいね!!」


玄関にいる穂高に、先に家にいた美絆(みき)が、勢いよく玄関まで訪れ、穂高にそう声を掛けた。


「あぁ、姉貴……、佐伯さんから聞いたのか?

悪いな、姉貴に了承してもらう前に、佐伯さんに話しちゃって」


「いいわよ、そんなことは。

それよりも、本気なの!? リムの成り代わり期間を延長して欲しいって、頼んだって……」


靴を脱ぎ終えた穂高は、困惑する美絆の正面に向き直り、質問に答える。


「あぁ、頼んだ。

ちょっとやりたい事があってさ……。

――姉貴にも迷惑かける、ごめん」


「やりたい事…………、それも、佐伯ちゃんから聞いたわ。

あの子の……、春奈ちゃんの為、なんでしょ??」


穂高は、会話を続けたまま、リビングへと向かい、穂高の後を追うように、美絆も歩みを進めた。


「まぁ、本当は春奈の為7割、自分の為3割って所だけどな」


「自分?? 穂高自身の??」


穂高の発言に益々困惑する美絆に対し、穂高はどこか楽し気な様子で話した。


そして、穂高がリビングへ入る扉を開けると、今度は美絆ではない、女性の声が穂高に投げかけられる。


「あら? 穂高。

おかえりなさい! 早いわね?」


「帰ってたのか、母さん」


穂高は、数日ぶりの静香(しずか)に、驚いた表情を浮かべつつ、返事を返した。


静香は、日本に帰ってからというものの、仕事の都合もあり、実家にはあまり帰れず、帰ってくる時も、いつも不定期であり、唐突だった。


「ごめんねぇ~~、愛する我が子がいる家に中々帰れず……」


「今更……。

次は、いつ出てくの??」


申し訳なさそうに話す静香に対して、穂高はニヤりと悪戯な笑みを浮かべ、静香にチクチクと刺激するような言葉を返した。


穂高の物言いに、「酷い~~ッ」と甘えた声を出すが、穂高の表情や、雰囲気に感じるものがあったのか、静香はキョトンとした表情を浮かべる。


「――穂高? 何か楽しい事でもあった??」


「ん? あぁ、楽しい事……。

――まぁ、ここ最近は色々と良い事があったな。

母さん……、仕事に余裕あるなら、来週のウチの文化祭来てよ。

多分、母さんが見ても、面白い物があると思うよ?」


「――へぇ~~~……。

穂高がそこまで言うなら、行こうかしら?

楽しみねぇ~~」


自信ありげな穂高の話を聞き、静香は微笑し、美人である彼女の笑顔は、表面上、美しいものであったが、それと同時に、何か裏がありそうな、そんな不気味さを感じる笑みでもあった。


「日本に帰ってきて、一番の楽しみになりそう」


静香のそんな言葉を受け、穂高はそれ以上、何も言葉を返す事は無く、鞄を置くため、リビングを後にした。


「ほ、穂高!? だ、大丈夫??

お母さんを焚きつけるような、あんな言い方して……。

――も、もしかして、佐伯ちゃんと三人で話した時の事、気にしてるよね??

お、お母さんの言いなりになってるとかって、言った話……」


穂高の行動を珍しいと感じた美絆は、自分が過去に、穂高を焚きつけるような事を、言った事を思い出し、すこししおらしく、穂高を心配するように、そう声かけた。


「あぁ、あれか……。

確かに姉貴に、一方的に色々言われた、あの件の回答だと思って貰っても良いよ。

自分でもまだ確証はないけど、今度はハッキリと、『やりたい』って思える事が、見つかりそうな気がしてるんだ」


穂高は、そう一言告げると、自室へと向かっていき、美絆はそんな弟の背を、じっと見送った。


「――穂高のやりたい……か…………」


美絆はポツリと一人で呟くと、様々な思考を巡らせる。


(私が焚きつけた意味があったのかな? リムの成り代わり期間も延長したし、きっとまだ配信者として活動したいって、そんな気持ちがあるからだよね……。

それを確かめる為にも、もう少しだけ、リムを演じるって……、そういう事だよね……?)


露骨に演者として、表舞台に上がる事を拒否していた穂高に、自分から「配信を行いたい」という言葉を引き出せた事に、美絆は安堵の表情を浮かべた。


(個人でやってる時代だって面白い事はやれてたし、なにより人も多く集めれてた……。

リムだって、十分すぎる程に成り代わりを成功させた。

――穂高には、きっと才能がある!! この延長期間で、私の配信も超えられる!

お母さんの先見の明が絶対だなんてこと、あり得ないんだから!!)


美絆は、そう強く思いながら、リムの配信の準備の為、自室へと戻っていった。

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