第192話 姉の代わりにVTuber 192


 ◇ ◇ ◇ ◇


「――違う違うッ! そこは、もっと勇ましく!!」


大貫(おおぬき)家での一件から、穂高(ほだか)は、大貫と演技のレッスンを行う約束を取り付け、さっそくその夜から、通話を繋ぎ、大貫の稽古をつけていた。


大貫の稽古を始めて、まだ数分程しか経っていないが、穂高の目で見ても、改善点がいくつも見つかり、大貫の演技の出来映えに、内心、少し落胆していた。


「勇ましく?? そんな事言ったって、気持ち入んないよ……。

感覚掴めないって言うかさぁ……」


穂高の演技指導に、大貫は不満げにそう呟き、大貫の実力で文句を言う様に、穂高は溜息を付きつつも、大貫の気持ちは分からなくない為、用意していた秘策を出す事に決める。


「台本も覚えてないのに、文句垂れやがってぇ……。

――分かったよ、お前の気持ちが乗るように、春奈の所は俺が演技してやる」


「はぁ~~?? そんなんで…………。

――まぁ、やってみれば分かるか」


悪態を付きつつも、打開案を出す穂高に対し、穂高の案が、土壇場の、考えなしの案だと思った大貫は、大きく落胆しながら、上手く行きっこないと思いつつも、穂高と付き合う事を、約束してしまった手前、断る事はしなかった。


乗り気でない大貫に対し、穂高は一つ咳ばらいをした後、本気(ほんいき)で演技を始める。


「私の敵なのは、貴方の名前だけ。

貴方は貴方、モンタギューではなくても、あなたはあなたのままよッ」


穂高は、出来るだけ女性に声を寄せ、苦しくそうに訴える、ジュリエットのセリフを大貫にぶつけた。


そして、穂高は続くジュリエットのセリフを読み上げ、次は大貫が演技するシーンへと移行するが、いくら待てども、大貫のセリフが返ってくる事が無かった。


少しの間、妙な沈黙が流れ、真剣に行っていた穂高が耐え切れず、大貫に声をかける。


「――――おいッ、次! お前のセリフだぞ」


穂高は先程の、天使のような女性の声でなく、低く冷たい、いつもの声で、不満そうに大貫に声を掛けた。


穂高の呼びかけに、大貫はハッとした様子で我に返り、ようやく穂高に返事を返した。


「――な、なんだよ!! 今の声はッ!!」


セルフを待っていた穂高に投げかけられたのは、ロミオのセリフではなく、大貫の困惑した言葉だった。


「は? なんだよも何も、普通にジュリエットを演じた声だよ」


「普通しゃねぇだろッ!? な、なんで女の声が普通に出来るんだよ。

し、しかもちょっと可愛い声だし……」


淡々とした様子で答える穂高に対して、大貫は慌てた様子で、穂高を問い詰めた。


「やろうと思えば、別にお前でも出来るよ。

――とゆうか、練習に集中しろッ」


「集中できるかッ!! むしろ気になってしょうがないわ!」


「はぁ?? 気持ち入らないって言ったのは、お前だろ!?」


大貫に譲歩して、大貫の望む様に演技したつもりだったが、大貫は別の部分に気が散り、穂高はそんな我儘な大貫にムっと来ていた。


「き、気持ちは入るかもしれないけど、穂高が演じてるって言うのが、チラつくんだよ」


「集中すれば、チラつかねぇよ。

――それよりか、別の声色の方がいいか??」


駄々をこねる大貫に、穂高はニヤリと笑みを浮かべ、事前に用意していた、別の案を試そうと考えた。


「べ、別の声色~~??」


まだ、先程の衝撃が拭えていないのか、大貫は戸惑った様子で、穂高に聞き返し、穂高は再び、一つ咳払いをすると、大貫に話しかける。


「――俊也(しゅんや)? やっぱりこういう声の方が、気持ち入る??」


「なッ……!?」


穂高は、大貫の思い人である、杉崎 春奈(すぎさき はるな)に声を寄せ、穂高の声に、大貫は絶句した。


「お~~い? 俊也? 大丈夫??」


絶句する大貫に、穂高は畳みかける様に大貫に呼びかけ、再度呼びかけたことで、ようやく大貫が反応を示す。


「ど、どうゆう事だ! 天ケ瀬ッ!!

その声……、少し違和感はあるけど、春奈の声だろ!?!?

な、なんでお前の通話から春奈の声が…………。

ッ!? お、お、おおまえ、もしかして……、隣にいる……? とか??」


大貫は完全に取り乱し、早口で捲し立てると共に、突拍子もない結論へと至っていた。


「は? いるわけねぇだろ? アイツは忙しいし。

――てゆうか、本物と比べたら一目瞭然ならぬ、一聴瞭然。

声を寄せはするものの、雰囲気モノマネに過ぎないしな」


「ふ、雰囲気モノマネって……、そんなレベルじゃなかったぞ?

電話越しだったら、ワンチャン騙されるレベルだぞ??」


淡泊な様子である穂高に対し、大貫は事態を深刻そうに捉えており、声色は信じられないといった様子だった。


「お、お前、もしかして、春奈の声を、AIとかで作ってないよな??

な、なんかあるらしいじゃねぇか、ネットでそういうのを作れるみたいな?」


「そんな面倒な事しねぇし、そこまでコンピューターに強くねぇよ。

大体、する意味がないだろ??」


どうしても、穂高から発せられた声だと信じがたい大貫は、別の可能性を提示するが、穂高は呆れた様子で、それらを否定した。


「い、意味…………。

へ、変質的な、す、ストーカーみたいな??」


「〇すぞ」


遂には、変質者としてまで扱われた穂高は、思わず暴言を吐いてしまった。


その後、穂高は大貫と何度か、セリフのやり取りをし、声色を様々なパターンで、演技するも、最終的には、大貫の要望で、春奈の声を真似た演技に落ち着く事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る