第191話 姉の代わりにVTuber 191


「――大貫(おおぬき)、お前、今、文化祭でやる劇の台本、どこまで頭に入ってる??」


穂高(ほだか)は、やって貰うべき事を話す前に、大貫に劇の台本の覚え具合を確認した。


「台本??

――覚えてるのは、更新される前の台本。

先週更新されたばかりの台本は、まだ覚えてない……、っていうか、病気と重なって、まだ目を通してない…………」


穂高の質問に、大貫は少し申し訳なさそうに答え、大貫のそんな状況に、穂高は溜息を付いた。


「――致命的だな…………」


「しょ、しょうがないだろッ!? 病気で休んでたんだから……」


悪態を付く穂高に、大貫は必死に弁明したが、穂高はそんな大貫の言い訳を許す事は無かった。


「病気だったとしても、今の様子を見る限り、最近の具合は安定してたんだろ??

いくら病気で休んでたとはいえ、体調の良い時は、台本に目を通す事くらいは出来たはずだ」


「なッ! 

――――ま、まぁ……、確かにその通りだけどさぁ……」


穂高の鋭い指摘に、大貫はぐうの音も出ないに等しい状況だったが、それでも、穂高の言葉には、納得のいっていない様子だった。


「で、でもよ? まだ、本番までは時間があるだろ!?

それまでに覚えて、劇の練習もみんなで合わせて、協力すれば問題ないだろ??

――そ、それに、友達から聞いたけど、俺以外にも休んでる奴はいるんだろ?

きっと、そいつらも台本に目を通してないって……」


大貫は、穂高と違い、現状を楽観視しており、まだまだ、これからの頑張りで挽回できると考えていた。


「確かに、焦る現状じゃないな。

今週中に復帰できれば、間に合うだろうよ。 本番には」


「だろ!? なら、別に焦る状況じゃないじゃないか」


楽観視している大貫であったが、穂高も間に合う、間に合わないの観点で言えば、まだ余裕のある時期だと思っていた。


しかし穂高は、ここで大貫をサボらせるつもりは、まるでなかった。


「確かに、焦る状況ではないな。

でも、本番に間に合わせる為には、周りへの負担が大きい。

その負担は、お前の好きな春奈(はるな)への負担にもなる」


穂高は鋭い視線を向けると同時に、それを言い放ち、穂高の言葉を聞いた大貫は、今度こそ、文字通り、ぐうの音も出ない状況だった。


穂高の言葉に、隣にいた聖奈も、何か言いたげな様子であったが、穂高の真剣さを見て、口を挟む事は無く、穂高は続けて大貫に話しかける。


「代役でやってる身分の俺が、言える立場じゃないのかもしれないが、既に春奈の演技は完璧だぞ?

正直、全体練習と言ったって、春奈は付き合ってやってるだけで、自分の練習としたら、合わせた時の感触を確かめる程度……。

今ですらそんな状況で、全体練習に時間を取られてるのに、お前が戻って更に時間を取らせる。

そんな事で良いのか??」


「そ、それは…………」


穂高の言葉は大貫に効いている様子であり、大貫のそんな様子を見て、穂高は内心でほくそ笑み、ここぞとばかりに、キメの言葉を告げる。


「病気明けの練習。

一発でいいとこまで、お前が合わせられれば、春奈の中での好感度が上がるかもなぁ~~」


穂高の言葉に大貫はハッとした表情を浮かべ、大貫のその表情を引き出した時点で、穂高の思惑通りに、事が運んだことを示し、作戦は成功した。


「――俺、台本覚える…………」


「当たり前だアホ。

――とゆうか、覚えるだけじゃ駄目だ。 演技も完璧にしろ」


大貫の決心に、穂高は呆れ気味に答えた。


そして、穂高は続けて大貫にある提案をする。


「大貫。 お前、夕方、あるいは夜に時間あるか??

何時なら暇だ?」


「え? あるけど……。

特に今は、体も元気だし、あまり遅い時間じゃなきゃ、時間は空いてる……」


「よし、分かった。

なら、お前……、今日から夜の21時は、練習に付き合ってやる」


穂高は、何の前触れもなく、端的に大貫にそう伝え、大貫は穂高の放った、言葉の意味を、理解するのに時間が掛かった。


「――は?」

「え……??」


間抜けな声を出す大貫と、穂高の隣で会話を聞いていた聖奈も、困惑した様子で、声を漏らした。


「だから、21時から俺とお前とで、劇の練習をするって言ってんだよ……。

幸いな事に、俺は春奈の役のセリフも覚えてるし、お前と春奈の役の掛け合いも、俺なら代役勤まるぞ??」


「い、いやいやッ、いやいやいやッ!

何急に変なこと言ってんだ??」


既に乗り気な穂高に対し、状況が飲み込めない大貫は、大きく取り乱しながら、声を上げた。


「変じゃねぇだろ? お前が休むせいで、俺は代役に引っ張り出されてんだ。

セリフも何も覚えてる、俺は。

――まぁ、春奈の役のセリフまで覚えたのは、別の要因もあるんだけど……」


「いやいやッ! だからって、お前が俺の練習に付き合うって変じゃないか??

しかも、春奈の役って、女だぞ? 天ケ瀬とじゃ、気持ち入んないって……」


「変じゃねぇし、怠けた事言ってんじゃねぇよ。

春奈の役とか、別にお前が気にする事じゃ無い、俺ならどうとでもなる。

――それに、対面で顔を合わせて練習するってわけじゃないしな、リモートで声だけの練習だ。

リモートで俺の声が流れるだけなら、なんとでもなる。

勿論、お前はテレビ通話にしてもらって、俺が演技の指導もさせてもらうけど……」


まくしたてる様に、練習の内容を話す穂高に、大貫はたじたじであり、聖奈も、不安そうな視線を穂高に向けていた。


「む、無理無理ッ! 

だ、台本は覚えるから!! 遅れtる分は自力で取り戻すよ!」


「無理だな、お前の自力じゃ」


穂高に時間を拘束される事を嫌がった大貫は、自力でどうにかすると告げるも、穂高はそれを許さない。


「とりあえず、騙されたと思って、今日、俺と一緒に練習してみろ?

それで、お前が意味無いと判断したならば、俺も諦める」


「そ、そんな強引にッ……」


一歩譲ったつもりの穂高だったが、それでも大貫は強情に、練習することを否定した。


そして、再び弁明をしようとする大貫の言葉を、穂高は遮り、声を上げる。


「おいッ、もうお前も諦めろ。

はっきり言うけどな? 俺は、もう台本も完璧だし、春奈と演技もばっちり合わせられる。

俺からしたら、お前が役を降りる方が楽なんだよ」


穂高は、睨みつけるような鋭い視線を大貫に向けながら、声色も少し凄みを聞かせていた。


穂高のそんな態度に、大貫は一瞬、体を仰け反らせ、圧に押されたが、大貫にも引けない部分があり、穂高のそんな言葉に食い下がった。


「お、降りないからなッ!

俺だって、今回の劇は、心から俺がやりたいって思ってるんだから!」


穂高に怖気づかず、きっぱりと答えた大貫に、穂高は鋭い視線を飛ばすのを止め、一呼吸置き、再び会話に戻った。


「そう、本気で思ってるなら、一先ずは俺に付き合え。

お前の悪いようにはしない。

――――それに、お前の練習次第じゃ、褒美をくれてやってもいい」


「ほ、褒美……??」


穂高の言葉に、大貫は不思議そうにそう呟き、穂高はその言葉の内容を話し出す。


「――夜の春奈との、劇練習。

俺もアイツに頼まれて、何度か練習に付き合ってたし、お前の出来次第では、俺が春奈との練習の機会をセッティングしてやる」


「は…………? マジか?」


穂高がそう告げると、大貫は明らかに、その話題に興味を示し、穂高はそんな反応を見て、ようやく話が纏まりつつあると実感した。


「マジだよ。

お前が学校に復帰した後も、放課後練習とかで、春奈との練習機会があると思うけど、それとは別に用意してやる」


「本当かッ!? ありがとう!!」


穂高の褒美は、大貫に刺さったのか、明らかに嬉しそうな反応見せ、穂高もようやく安堵することができた。


そして、今後の方針について、穂高はあらかた大貫に説明した。


時間が経ち、そろそろ帰ろうかと、穂高がそんな事を思ったその時、大貫が、今度は別の話題を穂高に投げかけた。


「なぁ、天ケ瀬……、そろそろ帰ろうかとそう思ってるとこ悪いんだけど、一つ聞いていいか??」


「ん? なんだ??」


時計に視線を向け、何気ない様子で返事を返す穂高に、大貫は真剣な表情を向け、穂高に質問を投げかけた。


「さっきから、会話の端々で気になってたんだけどさ?

いつから、杉崎(すぎさき)の事、春奈って呼んでるんだ??

――それに、春奈と劇の個別練習の話しだけどよぉ~~?? いつから、そんな仲になったんだ??」


大貫の言葉に、穂高は思わず「あっ」と言葉を零し、代役を務める一連の流れでの事を、大貫は知らない事、穂高が春奈を名前で呼んでいる事を、知らないという事実に気が付いた。


「さぁ! 話してもらおうか?? 天ケ瀬ぇ~~」


「私も知りたいなぁ~~、穂高君?」


大貫も聖奈も、笑みを浮かべてはいたものの、目は笑っていない表情で、二人のそういった圧から、穂高は、この場からは逃れられない事を悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る