第185話 姉の代わりにVTuber 185


「はいッ! じゃあ、今日の練習はここまでッ!!

演者部隊はここで解散ねッ!?」


3-B教室にて、演者を取りまとめる一人の女子生徒がそう告げ、教室の隅で練習していた、穂高(ほだか)や春奈(はるな)はようやく解放された。


「――天ケ瀬(あまがせ)君やるねぇ~~?

急な代打なのに、すぐに新しい台本も覚えて」


「あ……、えっと、まぁ……、暇だからね?」


演技の練習が終わるや否や、グループのリーダーに穂高は声を掛けられ、穂高は当然の様に余所行きの声で猫を被り、不器用に笑みを浮かべながら答えた。


「こんな事なら、本番天ケ瀬君に頼めばよかったよぉ……。

大貫(おおぬき)よりも覚え早いし、台本もすぐに頭に入れてくるし……」


「いや、大貫君じゃないと流石に成り立たないよ。

美男美女がやるからこの劇は映えるであって」


穂高は愛想笑い気味だが、笑顔を崩さずそう答え、穂高のそんな様子を見て、グループリーダーである女子生徒は、穂高の顔をじっと見つめたまま、黙り込んだ。


「――――な、なにかな?? 何か顔に付いてる?」


会話の途中でいきなり黙り込み、凝視された事から。穂高は気まずそうに、目の前の女子生徒に尋ねた。


「う~~~ん、よく見ると天ケ瀬君って、イケメン寄りだよね?」


「はぁッ!?」


恥ずかし気も無く、堂々と穂高にそう言い放つ女子生徒に、穂高は驚きのあまり声が漏れる。


「な、なに言ってッ……、無い無いッ!

彼女できた事無いし、モテた事も無いから」


「ホントに~~?? 彼女いるかいないかは、イケメンであるないの基準にはならないし。

告白とかはされた事あるんじゃない??」


否定する穂高に、グループリーダーの女子生徒はニヤニヤと笑みを浮かべ、どんどんと穂高に質問を投げかけ、踏み込んでくる。


そして、穂高はこの状況を打開する為、どうするべきかと、思考を巡らせ始めたその時、会話をする女子生徒とは別の方向から、名前を呼ばれた。


「穂高君! 

ちょっと、練習で合わせておきたい所があるんだけど、いいかなッ?」


穂高を呼んだ人は、春奈(はるな)であり、声のする方へと視線を向けると、そこには春奈が、少し焦った様子で目の前に現れた。


春奈が声を掛けてきたのは予想していない事態であったが、穂高にとっては助け舟でもあり、春奈の提案を断る選択肢は無かった。


「別に、俺は大丈夫だよ。

――――じゃあ、ごめんね? 俺、練習だから」


穂高は春奈に心の中で感謝しながら、グループリーダーの女子生徒に一言告げると、その場を後にした。


演者組のグループから離れ、二人きりになると、春奈は穂高に向き直り、話し始める。


「――ご、ごめん。 

余計なお世話だぅたかもしれないけど、困ってそうだったから……」


春奈は穂高に向き直るなり、少し申し訳なさそうにしながら、穂高にそう告げた。


「いや、助かった。

知っての通り、あんまり人付き合い得意じゃないしな」


穂高は苦笑いを浮かべながら答えると、春奈は余計なお世話では無かったと、ホッと胸を撫で下ろした。


「でも、よく気付いたな?

端から見たら、別に普通に談笑してる様にしか見えないだろうに……」


「え…………?

あ、あはは……、た、偶々だよ、偶々ッ……、ははははッ…………」


安堵する春奈に、穂高は疑問を投げかけると、春奈は一瞬焦った様子を見せつつも、何故か乾いた笑いを零しつつ答えた。


そして、この話題を嫌ったのか、今度は春奈から別の話を、穂高に切り出し始める


「そ、そういえば、穂高君、

もう覚えてたんだね? 台本」


「ん? あぁ~、まぁ俺は、今はそんな忙しくないしな?

――今後、もっと暇になるんだけど…………」


春奈の質問に、穂高は素直に答え、最後に呟くように言い放った言葉は、独り言の様に、子声で話した。


今月で、成り代わりの任が解かれる穂高は、言葉の通り、今まで忙しさが嘘のように、空き時間が増え、本来の生活に戻りつつあった。


「まぁ、俺は別に暇人だから、良いとして、そっちは大丈夫なのか??」


「え? あ、あぁ~~、まぁ……、そうだね。

忙しくはあるね…………」


事情を知る穂高だから、春奈は変に取り繕う事は無く、穂高同様に素直に現状を伝えた。


詳しくは何も分からない穂高であったが、抽象的な春奈の答え方で十分であり、それなりにやるべき事があっても、中々厳しそうな雰囲気を出さない春奈が、忙しいとはっきり答える時点で、状況は推測できた。


「この話はまた後で……。

二人きりの時に話すね?」


「あぁ。

俺に出来る事は無いかもしれないけど、力は貸すよ」


まだまだ、教室内には生徒が多く在籍したことから、穂高と春奈は『チューンコネクト』の名前は一切出さず、穂高の返答に、春奈は笑みを浮かべながら感謝を述べた。


「――お?? お二人さ~~ん?

なぁ~に、二人でイチャイチャしてるのかな??」


穂高と春奈が話していると、面白いものを見たと言わんばかりに、春奈の友人である、四条 瑠衣(しじょう るい)が話しかけてきた。


「いッ!? イチャイチャなんてしてないよ!」


「えぇ~~~?? 教室の隅で、二人きりで談笑なんて、怪しいけどなぁ~~?」


瑠衣の登場に驚きつつも、春奈はすぐに瑠衣の言葉を否定し、春奈の反応を楽しんでいるのか、瑠衣はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「別に普通だろ? 俺と春奈が二人で談笑してても。

俺は大貫の代役で、春奈は大貫の相手役なんだから」


「うんッ! そうだよ! うんッ!!」


淡々と答える穂高に、春奈は何度も首を縦に振りながら、穂高の言葉に賛同した。


「ふ~~~ん、まぁ、確かに? 理屈は通ってるね……」


瑠衣はそのまま、穂高と春奈を茶化そうとする心積りだったが、そんな瑠衣の思惑は別の人物によって妨害される。


「あッ! 穂高君ッ!! 劇の練習終わったなら、こっち手伝ってよぉ~~ッ!!」


穂高、春奈、そして瑠衣の三人で会話をする中、まるで春奈と瑠衣に配慮することなく、穂高一直線に、一人の女子生徒が声を掛けた。


そして、その声が聞こえたと同時に、穂高はその声の主に、腕を捕まれる。


「――うおッ!? せ、聖奈(せな)ッ!?」


穂高に体重を預ける様にして、ガッツリと体を密着させ、抱き着いてきた女子生徒は、愛葉 聖奈(あいば せな)であり、聖奈は春奈や瑠衣には目もくれず、穂高にだけ話しかける。


「ねぇ、もう終わったんでしょ?

なら、大道具の方も手伝ってよぉ~~。

穂高君、本来、こっちの係じゃん~~」


「え? いや、まぁ……、そうだけど…………」


穂高は聖奈の言葉は頭に入ってきていたが、それどころではなく、体が密着している事で、聖奈のお世辞にも控えめとは言えない胸が、穂高の腕に当たっていた。


「早くいこッ? 穂高君いないと進みも悪いし、何より楽しくないし!」


「わ、わわかったッ! 分かったから、ちょっと離れてッ」


穂高は春奈達に別れの一言も告げられず、半ば強引に聖奈に連れていかれた。


穂高がいきなり連れ去られた事で、春奈と瑠衣はその場に残され、あまりの強引さに、止める間も無く、穂高と聖奈の後姿を見つめていた。


「くそぉ~~~ッ! お色気かぁ~~。

有効的かつ威力も申し分ない……、何より手っ取り早くアピールできるしな~~」


春奈の恋心を知る瑠衣は、『やられた~~』と言わんばかりに、悔しそうに呟き、その瑠衣の隣で、春奈はしばらく穂高を見つめていた。


「よしッ! ハルも今度は、お色気作戦試してみようッ!!

あの天ケ瀬君も、流石に何らかのリアクションをしてくれると思うよッ!?」


基本的には春奈に協力的な瑠衣は、敵から学びを得つつ、春奈に助言した。


しかし、瑠衣の助言は春奈に届いている様子はなく、春奈は依然として、穂高に視線を送っていた。


「ハル??」


瑠衣は、春奈の顔を覗き込むようにして、心配そうに尋ねると、春奈はようやく口を開いた。


「穂高君……、ちょっと鼻の下伸びてた」


「――――え?」


春奈のボソりと呟いた一言に、瑠衣は思わず声を漏らした。


しかし、そんな戸惑いを見せる瑠衣に、今度は春奈からグイグイと話しかける。


「穂高君、絶対鼻の下伸ばしてたよねッ!?」


「え? あ、いやぁ~~~……、どうだったかなぁ~?

伸びてたと言えば伸びてたかもしれないけどぉ~~、穂高君だしね?

どっちかって言うと困惑してるみたいに見えたけど……」


「絶対伸びてたッ!!」


「えぇッ!? そ、そんな、アタシに凄まないでよぉ」


聖奈に抱き着かれた時の穂高の反応が、春奈は気に入らないのか、何故か瑠衣に怒りに似た感情をぶつけ、からかいに来た瑠衣は、春奈をなだめるのにタジタジだった。

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