第186話 姉の代わりにVTuber 186


日曜の文化祭準備は、14時を回った時点で終わり、休日である事から、夕方近くまで準備を行うという事は無かった。


演技部隊に一時的に入っていた穂高は、演技の練習を行って以降は、本来の役割である大道具係へ戻っていた。


演技部隊の連中が終わった時点で、帰宅できたはずだったが、穂高(ほだか)も結局、一番遅い、14時の解散となった。


「――お疲れッ!

結局、時間一杯まで付き合わされてたね?」


係の仕事を終え、帰りの支度をする穂高に、春奈(はるな)が話しかけてきた。


「ん? まだ帰ってなかったのか??

演技の方は、とっくに帰ってると思った」


「演技組の方もまだまだ結構残ってるよ? 他の係との連携もあったりするし……。

私も、色々な方面で呼ばれてたし……、それに何より、穂高君と話したい事あったし」


意外だと言わんばかりの表情を浮かべる穂高に、春奈は淡々とした様子で受け答え、春奈の一番の目的は、最後に話した理由が主だった。


「――話したい事…………? あぁ。『チューンコネクト』の件か??

さっき話した時もろくに話せなかったもんな。

俺も土曜の事とか聞きたかったし、帰りながら聞かせてくれ」


穂高は、まだ自分たちがいるところが教室であり、他に生徒が多く滞在している事から、この場で具体的な事を聞こうとはせず、春奈も穂高の言葉に頷き、答えた。


そして、穂高は手早く帰りの支度を済ませると、適度に友人である武志(たけし)を撒きつつ、学園の近く、人気のない所で、再度春奈と待ち合わせる事にした。


「――お待たせッ!

ごめんね? 瑠衣(るい)を撒くのに手間取っちゃって……」


先に待ち合わせに来た穂高は、その場で10分程待ち、春奈も穂高を待たせるつもりは無かったのだが、瑠衣に妙に勘繰られた事から、中々一人で待ち合わせ場所に訪れる事が出来なかった。


春奈は待たせてしまっている状況に罪悪感を感じ、走って穂高の元へ来た為、少し息を切らしていた。


「別にそんなに待ってないぞ? 人気者の春奈の事だし、何かに捕まってるんだろうなっていうのは容易に想像できたし……。

それよりも、春奈もあんまり時間も無いだろ? 土曜の事に関しては、歩きながら話そう」


穂高は、春奈が次の『チューンコネクト』新メンバーに選ばれた事から、かなりの過密スケジュールになっていると予想し、春奈の余計な負担にならないよう、効率が良い提案をした。


「あ、うん!

でも、ちょっと待って?」


春奈を気遣い、歩き出そうとした穂高を、春奈は呼び止め、呼び止められた事に、不思議そうな表情を浮かべる穂高に、続けて話始める。


「実はこの後、佐伯(さえき)さんと会う約束になってるんだ。

――穂高君は勿論、佐伯さんを知っているだろうし、一緒に来てもらえないかな??」


「え? 今から??」


春奈の思わぬ提案に、穂高は驚き、反射的に尋ねた穂高の言葉に、春奈は頷いた。


春奈の反応を見て穂高は、断る理由も無かった為、春奈と佐伯が良いと言うのであれば、立ち会おうとそう思った。


「別に春奈が良いって言うなら……。

一応、佐伯さんにも確認した方が良いと思うけど」


「ホントに? ありがとッ

佐伯さんには、既に確認取ってるから大丈夫だよ!」


「早いな……」


春奈の段取りの良さに、穂高は若干引きつつも、穂高の興味ある事でもあった為、春奈の誘いに素直に乗っかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


喫茶店 『Café 茶茶』。


佐伯が指定した打ち合えせ場所は、駅近くの喫茶店であり、穂高達は店に入り、佐伯の姿を探した。


佐伯は、店内の奥の席へ座っており、穂高と春奈は、佐伯を見つけるなり、傍へ向かった。


「佐伯さん、来ました」

「お疲れ様です」


まだ佐伯と関係の浅い春奈は、少し緊張した雰囲気を漂わせ、対して穂高は、佐伯との打ち合わせなど、慣れたものであった為、軽く挨拶をしつつ、佐伯の対面に座った。


穂高がソファ席の奥に座った事から、春奈も続いて、穂高の隣に腰かけ、通路側へと着席した。


「来たわね、二人共……。

ごめんね? 杉崎(すぎさき)さん。 昨日の今日で、呼び出したりして……」


「いえいえッ! とんでも無いです!!

むしろ、懇切手寧にフォローしてくれてありがとうございます」


「ふふふッ……、当然でしょ?

これからは、二人三脚のパートナーなんだから!」


佐伯からの春奈の印象は悪くなく、今回のデビューの件以外でも、何度か顔合わせしていた事で、佐伯の方はやりやすいとすら感じていた。


そして、佐伯は春奈と会話を交わした後、隣の穂高へと視線を向け、穂高にも声をかける。


「穂高君も同席ありがとね?」


「急に押しかける形になってすいません。

興味ある事だったんで……」


「そう」


穂高のこの場での存在は、佐伯にとってありがたく、佐伯本人も勿論の事、春奈も、穂高が知り合いであり、知り合いがいるという事で、多少は緊張が和らぐと考えていた。


佐伯と穂高のやり取りを、春奈は不思議そうに見つめていたが、佐伯は穂高とそのまま会話を続ける事は無く、すぐにまた春奈へと向き直ると、本題を切り出した。


「――それじゃあ、昨日の打ち合わせで出た、今後の宿題を確認しようか」


佐伯のその一言で、春奈の気は引き締まり、土曜日の出来事に関して、おさらいしていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「――おっと、もうこんな時間……。

ごめんね? 一時間で済ます予定が、30分もオーバーしちゃぅて。

杉崎さんも忙しいのに…………」


土曜日の打ち合わせの件と、今後二人で行っていく、仕事に関して、説明しきった佐伯は、時計を見ると予定の終了時間を過ぎてしまっていた。


「いや、こうやって直接会えて、説明して貰ってよかったです」


「――まぁ、最初はね~~。

内容にもよるけど、慣れてきたら殆どはWEBになると思うよ?」


会話のほとんどは、佐伯と春奈で交わされ、穂高は当然だがあまり話す事は無く、会話の途中に「美絆(みき)はどうだったかと」聞かれた際にのみ、発言をしていた。


「えっと……、それじゃあ、私は帰りますね?」


「うんッ、分からない事があれば、いつでも電話を掛けたり、メッセージを飛ばしていいからね?

返信を必ず返すから」


佐伯の話した通り、春奈は多忙の為、打ち合わせの長居はせず、春奈の帰宅を佐伯が引き止める事も無かった。


「それじゃ、俺も帰ります」


春奈が席から立ち上がった事で、穂高もこれ以上の用事は無かった為、春奈と共に帰ろうとするが、そんな穂高を、佐伯は呼び止めた。


「あッ、待って穂高君。

穂高君は残り。 美絆の事で話したい事があるから」


佐伯の呼び止めに、穂高は一瞬驚きつつも、断る理由が無かった穂高は、それを拒否することは無かった。


春奈がその場にいたことから、佐伯は抽象的な言い方で穂高を呼び止め、理由を聞かず、一度は席を立ちかけた穂高が、再び自然に席に着く光景に、春奈の方が違和感を感じていた。


「――お姉さんの事で穂高君と話したい事??」


春奈は純粋に浮かんだ疑問を、思わず口に漏らし、春奈のその言葉を聞いた佐伯は、少しだけ焦った様子で返事を返した。


「あぁ、いやッ! 美絆、最近体調崩しがちだったから……。

あの子、体調悪くても無理したりするし、近況で話したい事があったの、穂高君と……」


「え? あ、はぁ……、そ、そうですか……。

――――それじゃあ、またね? 穂高君」


ちょっと苦しい言い逃れだったが、春奈はその場では納得し、穂高に軽く別れを告げると、店から出て行った。


「――へ、変に思われたかな?」


「まぁ、変でしょうね。

姉貴への伝言ならメールとかで良いし、姉貴の体調管理にしたって、わざわざ弟を呼び止めて話しするのも…………」


こうして二人きりで話す場を設けた以上、リムに関わる話しをするのだろうと、穂高は予想していた為、有無を言わずに残ったが、よくよく考えれば、ただの担当の親族である弟を、呼び止めて二人きりで話す理由が思い浮かばなかった。


「まぁ、春奈もそこまで深刻に考えたりはしないと思いますよ。

多少の違和感はあるでしょうけど」


「そう……、友人である貴方の言葉を信じる事にするわ」


佐伯はこめかみを抑えつつ、そう呟いた。

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