第184話 姉の代わりにVTuber 184


「白羽の矢って…………」


佐伯(さえき)は北川(きたがわ)から次の新人のマネージャーとして任命され、まだ気持ちが切り換えられていないのか、少し不満げに呟いた。


「さっきも言ったように、リムの成り代わり、その前代未聞の仕事を完遂し、まるでトラブルもなく美絆(みき)君にバトンを戻した。

その成果を上は高く評価してる。

七期生も同様に、危い状況であるが、佐伯ならっという判断だろう」


「別にあの件は私の功績じゃないです。

――案を提案したのは、美絆だし、その無茶を通したのは、間違いなく穂高(ほだか)君です」


北川等、上層部からの称賛を、佐伯は素直に受け取れず、佐伯が思う本当の功労者の名を上げ、北川の言葉を否定した。


「確かに、一番驚くべきは、穂高君の成し遂げた功績だが、そもそも、穂高君の配信の出来をお前でシャットアウトする事も出来たはずだ。

――常識的に考えれば、いくら出来が良くとも、そんな提案通るわけが無い。

だが、常識に捕らわれる事無く、何とかなると判断を最初にしたのはお前だ。

佐伯のフォローアップもあったこその、成り代わりだろうしな」


「い、いや、私は……」


佐伯に成果を認めさせようと言葉を尽くす北川だったが、佐伯が納得する事は無く、未だに否定しようとする佐伯に、北川は言葉を遮り続けて話す。


「それに今回、お前の功績だけを判断したってわけじゃない。

今度デビューする新人も、その新人のアバターをデザインするデザイナーも、お前に縁のある人物だ」


北川の言葉を聞き、予定を調整していた佐伯は、頭の中に二人の女性が浮かび上がった。


「デビューを果たす、杉崎 春奈(すぎさき はるな)は、何度か面識あるみたいで、例のウチのタレント、カグヤの件で迷惑をかけてしまった女子高生なんだろ?

リムの成り代わりを務めた穂高君の友人で、佐伯も何度か会った事があるって話だが?」


「あ、ありますけど……、そこまで多くの事を知ってるわけでは…………」


「まったくの初対面よりはマシだろ?

知ってる顔一人いれば、心持ちも違うだろうし……。

――――それに、何よりデザイナーの方は、それ以上に面識があるはずだ。

リムのデザインも務めた、超人気イラストレーター 月城(つきしろ) 翼(つばさ)。

何を隠そう、ウチとの契約をするにあたって、お前がスカウトして来た人材だ」


佐伯は、北川の思惑が何となく読め始め、二人と知り合いである佐伯が、その二人の橋渡しをする役割を期待している事が分かった。


「月城さんは元々『チューンコネクト』の仕事に乗り気ではなかった節があったが、佐伯と美絆君の力もあり、結果的にリムのデザインを引き受けてくれていた。

今回の新人に関しては、一度経験した事もあって、前回よりは前向きに考えてもらえているが、ウチもまだ関係が深いわけじゃない。

それに、月城さんとは色々あったしな……」


北川は渋い表情を浮かべ、最後にそう呟き、北川の発言で、佐伯は成り代わりがバレた時の事を思い出した。


翼には、『チューンコネクトプロダクション』の不手際もあり、リムの成り代わりがバレ、迷惑を掛けると同時に、信用を失いかけた事が過去にあった。


穂高と美絆の助力もあり、何とか成り代わりには協力して貰い、今では前以上に、美絆と有効な関係を翼と築いていた。


穂高も、美絆程ではないが、翼と交流があり、中々表舞台に出る事が無い翼を、何度か自分の配信のゲストとして招き、配信も大好評だった過去があった。


そんな、リムに関わる人物とは友好な関係を築く翼であったが、未だ、『チューンコネクトプロダクション』とは絶妙な関係性であり、翼も口には出さなかったが、故意に騙されていた事を、よく思っていないのは、当然の事だった。


「月城さんをデザイナーとして、使うなら私と……、そうゆう事ですか…………」


「あぁ、他じゃ荷が重い。

ならば他のデザイナーと、あっさり言うには、あまりにも月城 翼は惜しい。

その世間の人気に対して、あまりにも交友関係が少なく、中々取り次ぐのが難しい人物だ」


北川の一通りの話を聞き、佐伯は大きなため息を一つ吐くと、北川を正面に捉え、自分の考えを話し始める。


「――――まだまだ納得できないですけど、分かりました……。

どうせ、今から拒否しても、決定事項みたいですし」


「すまないな」


ようやく観念した佐伯に、北川は口先だけでなく、本当に申し訳なさそうに答え、そんな北川の言葉を聞き入れた上で、佐伯は更なる提案をする。


「でも、引き受けるには一つだけ、条件があります」


「条件??」


まさか交換条件を出されると思っていなかった北川は、首を傾げ不思議そうに聞き直した。


そして、そんな北川に対して、佐伯は自分の覚悟を口に出す。


「はい。 その条件が飲めないのなら、私は会社を辞めます」


「は? な、なに言ってんだ!

滅多な事言うんじゃないッ」


佐伯の言葉に、今まで黙っていた鈴木が堪らず声を上げ、佐伯の言葉に北川も驚いた表情を見せた。


「じょ、条件とはなんだ?」


「――今回の七期生デビュー、安心できるとこまで勤め上げられたのなら、私を再びリムの担当にしてください!」


佐伯は真剣な面持ちで北川にそれを伝え、直属の上司である鈴木は、佐伯の大胆不敵な発言に慌てふためいた。


佐伯の発言に、少しだけ困った表情を浮かべる北川だったが、佐伯の表情から、駄目だと答えることは出来ず、未来がどうなっているか、まるで想像もできない現状であったが、佐伯の意見を認めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


桜木高校 教室。


穂高(ほだか)は、劇の練習で、日曜であったが呼び出され、春奈(はるな)も主役を務める事から、学校に来ていた。


土曜日にも、文化祭の準備で集まる話しもあったが、春奈は『チューンコネクト』の打ち合わせがあり、事情を知る穂高も、全力で土曜の集まりを拒否していた。


「大分切羽詰まってるよなぁ~~、ウチのクラスは……」


文化祭真近である為、他のクラスや学年も忙しそうにしていたが、穂高のクラスのそれは少し焦った雰囲気を纏っていた。


「当たり前でしょ! 天ケ瀬(あまがせ)君ッ!!

役の3割は流行り風邪、劇の台本は、遅れに遅れて最近完成。

焦らない方が無理だから!」


独り言の様に呟いた穂高であったが、通りすがりの取り纏めをしているクラスメートに、くぎを刺されてしまう。


穂高はその場に似合わない発言だったと、軽く謝罪をし、再びクラスに目をやった。


(当然だけど、皆、余裕はないよな……)


穂高はクラスメートの顔を見渡した後、特に忙しさのあおりを受けていそうな春奈に視線を向けた。


春奈は、いろんな生徒と会話をし、会話が終われば次の用事がある生徒に呼ばれ、かなり引っ張りだこな状態だった。


「――大丈夫かよ、アイツは…………」


穂高は、春奈を端で見つめながら、そう呟いた。

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