第179話 姉の代わりにVTuber 179


オーディションの合格報告を受け、春奈(はるな)は嬉しさのあまり、涙を流し、会話もままならない状態に、一時的に陥ったが、落ち着きを取り戻すのに、そう時間は掛からなかった。


「ご、ごめんね? 取り乱しちゃって……」


依然として鼻声で春奈は、穂高にそう告げると、穂高は笑みを零し、電話越しに明るく答えた。


「いや、取り乱してもおかしくない事だし、俺は別に気にしてないよ。

――――それよりも、春奈の珍しい部分を見れて、ちょっと面白かった」


穂高の言葉に相槌は返せるが、ほどんど会話になっていなかった春奈を思い出し、穂高は少し揶揄うように告げた。


少しデリカシーに欠ける発言ではあったが、穂高も合格発表を聞き、気持ちが浮ついていたのか、普段であれば、思っていても口にしない言葉も、つらつらと出てきた。


「―-ッ!! わ、忘れてッ!!」


「無理だな」


冷静さを取り戻しつつあった春奈は、途端に取り乱したように声を上げるも、穂高は笑いながら答えた。


そして、仲睦まじい雰囲気をそのままに、穂高は今後の事を話題に出す。


「―-でも、合格と決まれば、忙しくなるな?

準備は当然やる事一杯だし」


「そ、そうだね……。

穂高君のお姉さんが、リムをやってるって事もあって色々、当時の事も聞かせて貰ってたけど、聞くだけでも大変さ理解できたし」


穂高は少し特殊ではあるが、デビュー前の準備を断片的に体験しており、姉の苦労している様子と、成り代わりの際の苦労を知っていた。


穂高の境遇に関しては、急ピッチで準備をした事から、学校を休むまで行っていたが、春奈は今、学校を休むわけにはいかず、穂高よりも、準備期間があるとはいえ、両立させることは中々至難の業だった。


「――まぁ、大変だろうけど、学生を行いながら配信をする練習を、春奈もしてただろ?

内容は違えど、両立できるように訓練はしてきたわけで……。

心配は無いと俺は思うぞ?」


穂高は、自分の経験も活かし、春奈の配信の練習を手伝う際には、学校に行きながら配信を行えるよう、シミュレーションするように、練習させていた節もあり、何度か配信データを渡されていた穂高だったが、穂高も確認していない、練習時の配信データを春奈はいくつも持っていた。


質も高めると同時に、配信も数出来る様に、春奈にはアドバイスしていた為、学生デビューとなったとしても、充分に配信はこなせる状態にはなっていた。


「が、頑張るけど……、配信じゃない、自分がVtuberとしてデビューする為の色々だし、経験ないから不安だよ」


「スタッフも付いてるし、問題ないだろ?

問題があるとすれば、準備期間の間にどれ程、時間の融通が利くか……」


経験が無い事から不安視する春奈とは違い、穂高は別の部分に懸念があった。


(佐伯さんみたいなスタッフが、デビューまでのスケジュールは立ててくれるんだろうけど、そのスケジュール通りの軌道に春奈が乗れるか……)


学生である事などを考慮し、様々なフォローをしてくれると穂高は考えたが、穂高自身、未知の部分な所もあり、春奈の不安が伝染するように、心配し始める。


そして、そんな状況の中、穂高はある事を思いつく。


「なぁ、『チューンコネクト』の合格発表の連絡には、他に何か連絡されてなかったか?」


「――え? あ、えぇ~~っと、今週末、さっそく打ち合わせを行いたいって旨の連絡があるね」


「今週末ね……」


(発表からその週の週末、多分、春奈が一番都合が付きやすいであろう土日に、希望日を設けたんだろうけど……、合格発表と同時にすぐ打ち合わせなんて、他がどうか分からないけど、動き出しとしては早いよな…………)


穂高は、春奈に質問し答えを聞くなり、ポツリと独り言を呟いた後、通話中にもかかわらず、無言で考え込んだ。


(来週末を含んだ、春奈の調整可能な希望日を聞くんじゃなく、今週の土日で打ち合わせしたいって意志を伝えるってことは、多分あっちも急いでる。

リムを活動してた時の勘だし、俺は基本、佐伯さんとしかやり取りしてないから、他の癖とかは分かんないけど、案件にしろ、音声商品の収録にしろ、基本、期間に余裕があって緩い時は、期限を決めずに希望日を聞いてくる事が多い。

その勘を信じるなら…………)


「よしッ! 春奈!

今週末、『チューンコネクト』の職員と会う前に、色々、今後の方針を確認するか?

初めて会う人から、これから行う初めての事を聞いて、当日は結構一杯一杯になっちゃうかもしれないし」


「こ、今後の方針って……、穂高君、流石に何から始めるのかとか、私たちで推測できるとは……」


「まぁ、そうだな! 俺たち二人じゃ、何から手を付けるのか、何をしてかなくちゃいけないのか、まるで分らない。

――でも、おれの知り合いに、デビュー前の準備に関して、知り尽くしてる人がいる」


不安そうに話す春奈に対して、穂高は悪い笑みを浮かべながら話し、穂高の言わんとしている事が分かったのか、春奈は少し焦った様子で言葉を発する。


「えッ? し、知り尽くしてるって……、もしかして」


「流石に分かったか。

――俺に、返しても返しても、返しきれない程の恩がある人物。

天ケ瀬 美絆(みき)、俺の姉であり、リムの中の人」


「う、嘘…………」


春奈は急に決まり始めた事に、リムの中の人物に会える事の嬉しさや、急に会って、忙しいところ時間を作ってもらいながら、デビューをするにあたっての事を教わる、そんな時間を作ってもらう申し訳なさやら、色々な感情が渦巻いていた。


そして、狼狽える春奈に対して、どうやってコキ使おうか、そんな事ばかりを穂高は考えていた。


「春奈には、申し訳ないけど、『チューンコネクト』と打ち合わせする前、平日の放課後か、土曜日になっちゃうけど、調整できる日を作って欲しい。

都合は全面的に春奈に合わせるからさッ」


「え、えぇッ!? そ、そんな……悪いよッ」


「大丈夫! 気にすんな!!

姉貴に予定があったとしても、100%こっちを優先させるから!」


「い、いやいやッ! わ、私、憧れてるファンだし!

そ、それよりッ、これから先輩になるのにッ!!」


「い~から、い~からッ!

なんなら配信時間もずらさせるしッ!」


「や、やめてよ! 気が引けるって!!」


どんどんと気が大きくなる穂高に対し、まだ見ぬ先輩に、いきなり負担をかけかねない状況に、春奈の顔は青く染まった。


そして、結果として大きくなった穂高の気に押される形で、後日、春奈の予定に合わせて、『チューンコネクト』の打ち合わせ前に、美絆に会うことに決まった。


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