第169話 姉の代わりにVTuber 169


 ◇ ◇ ◇ ◇


桜木高校 放課後。


穂高(ほだか)のクラスは、文化祭の準備の為、ほぼクラス全員、放課後に残り、よっぽどの理由がない限りは、文化祭に向けて、みんなで準備を行っていた。


「意外だよな? 天ケ瀬が放課後残るなんて……」


大道具の作成を引き受けた穂高に、同じく同じ役割になった瀬川(せがわ)が話を振った。


「はぁ? なんでだよ??

球技祭の俺を思い出せ。 めちゃくちゃ協力的だっただろ??」


「確かに、球技祭の時は、練習もしてたし協力的だったとは思うけど、ここ最近、三年生に上がってからずっと、放課後忙しそうにしてただろ?

今日の準備も、バイトとかで抜けてる人たちみたいに、天ケ瀬も抜けるものだと……」


穂高は瀬川の言葉に「なるほどね」と納得しながら、教室を見渡した。


瀬川の言う通り、教室内には、クラス全員が残っているというわけでなく、全体の二割ほどの生徒は、準備に参加していなかった。


(各役割、必ず三人以上は残ってる状況か……。

――――その中でも、一番やる気を示してるのはあのグループか)


穂高は全体を見渡した後、一番活気づいている、演者達のグループに目を向けた。


そのグループには、今回の劇の主役である、杉崎 春奈(すぎさき はるな)と大貫 智和(おおぬき ともかず)がおり、その二人を中心として、演者の生徒と、台本を書いている生徒達が集まっていた。


演技練習の合間に休憩が入ると、今度は衣装係りの生徒が、春奈たちを囲み、採寸や、細かい衣装合わせを行っていた。


「大変そうだよな? あの辺は」


穂高の視線に気付いたのか、瀬川は、春奈たちに同情するように、声を上げた。


「確かに……、でも、劇の要だからなぁ~~。

負担が掛かるのはしょうがない……。

俺は、無駄に負担が掛からないよう、製作期日だけは守らないとな」


瀬川の言葉に答えた穂高は、春奈達から視線を切り、再び作業に戻る。


そんな、真面目な穂高に、瀬川は珍しそうに穂高を見つめる。


「穂高からそんな言葉が出るとは……。

面倒くさいとか、自分にはあんまり関係ない、他人事の様に思ってるかと」


「まぁ俺自身は、あんまり熱意を持ってやってるわけじゃないけど、演者の人達が一生懸命やってるのは知ってるからなぁ。

せめて、あっちには迷惑掛からないようにって思ってるだけだ」


「それは確かに……」


瀬川はそう呟き、穂高に倣うように、自分の作業を進めた。


「穂高君~~~! 買ってきたよぉ~~!!」


作業に戻った穂高達に、ひときわ明るい声で、教室に戻ってきた愛葉 聖奈(あいば せな)が声を掛けてきた。


聖奈は、学校近くのホームセンターで、材料を買ってきており、手作りの舞台を作るうえで、それらは必要なものだった。


「ほいッ、実行委員、これレシートッ!

――もぉ~~、重かったってこれぇ~~」


買い出しの際のレシートを文化祭委員に渡すと、聖奈はすぐに穂高に歩み寄った。


「ご、ごめんね? 今日の作業は、どちらかと言えば男子がやった方が効率が良いから、女子に買い出しに行ってもらいたくて……」


「確かに、のこぎり使う作業だし、穂高君のいう事も分かるけどぉ~~。

――仕方ない、じゃあ、褒めてッ」


文化祭準備で日を追うごとに、聖奈は穂高に対して、アプローチが積極的になっていき、既に二度、行なっていた、お約束になりつつある好意を、穂高に求めてきた。


「――あ、ありがとう……」


余所行きの対応を、聖奈に対して行っていた穂高は、若干笑顔を引きつらせながら、聖奈に求められた行動をとった。


少し屈み、穂高に控えめに突き出した聖奈の頭に、穂高は軽く手を置くようにして、頭をなでるしぐさを取った。


何度行おうともなれない行為に、穂高は気が気ではなく、対して聖奈は、過剰に喜ぶことはなく、しおらしさを感じさせる喜び方をしていた。


「えへへッ」と声を漏らし、笑みを浮かべる聖奈に、穂高は無心になり、そんな光景を何人もの生徒に見られ、遠くで演技の練習をしていたはずの生徒にまで、何人か視線を感じる状況であった。


数秒撫でた穂高は、自分の中で「もういいか」と決めつけ、聖奈の頭から手を放し、聖奈は名残惜しい表情を浮かべつつも、それ以上要求することは無かった。


「そ、それで、材料は足りそう??」


瀬川や武志、春奈と話す時とは違う、猫を被ったような話し方、丁寧な話し方をする穂高は、聖奈から材料を受け取り、中身を見た。


「結構ギリギリかも……。

でも、それ以上お店に置いてなくて」


「――まぁ、失敗しなきゃ大丈夫か。

ありがと、聖奈」


申し訳なさそうに呟く聖奈に、穂高は気を使わせないよう配慮した返事を返し、再び作業に戻る。


聖奈の他にも買い出しに向かっていた生徒も加わり、会話をしながらも、作業を行っていくと、先ほど穂高達が視線を送っていた、演技練習を行っていた生徒達のグループから、割と強めな口調で、大きな女子生徒の声が上がる。


「ちょっと、また変更なのッ!?」


大きな声を上げた女子生徒は、教室のクラスメートから視線を浴びるが、少しヒートアップしているのか、お構いなしに目の前の男子生徒に、続けて言葉を発する。


「もう、そんなに文化祭まで時間が無いんだよ?

最後の結末もまだ決まってないみたいだし、それに加えて、セリフの変更なんて……。

覚えるのも大変なんだからねッ!?」


声を上げた女子生徒の言葉は正論であり、言われている男子生徒は、台本、脚本を製作する係なのか、申し訳なさそうに頭を下げていた。


「本当に大変そうだな、アッチは……」


少し気が弱い瀬川は、言われている男子生徒に共感してなのか、少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら、呟いた。


穂高は瀬川の言葉を聞きながらも、トラブルが起こっている場所を見つめる。


「ま、まぁまぁ、雪音(ゆきね)ちゃん、抑えて抑えて……」


意見を言う女子生徒に、春奈が割って入るように仲裁し、笑顔を作りながら、宥めた。


「だ、だってぇ、もう本番も近いのに……。

一番キツいのは春奈なんだよ? もっと、言わなきゃッ」


「大丈夫、大丈夫!

ちゃんと覚えるからさ! ね?」


春奈の仲介により、トラブルは大事にはならず、穂高はそれが少し気がかりだった。


「次の放課後練習の時に、聞いてみるか」


大道具の係であり、演技の内容に関しては、情報があまりない穂高は、トラブルの一部始終だけでは、事の重大さが分からず、今度、春奈との練習の際に、彼女に事情を聞くことに決めた。

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