第165話 姉の代わりにVTuber 165


「はい、これで細々とした引継ぎも終わりね?」


佐伯は、自分が持ち寄った資料を一つに纏め、先ほどまで資料を広げていた机を利用し、束ねた紙の資料を揃えた。


春か秋まで引き受けた、リムの成り代わりは、たった二日の打ち合わせで、すべての引継ぎ項目の確認を終えた。


(約7か月か……。

思い返せば、大変な事ばかり、余裕のない日々を続けてたつもりだったが、終わる時はあっけないものだな)


引き受けてから最後の方は、完璧にリムとして活動を全う出来ていたが、危なげない時期、不安な時期は確かに存在し、成し遂げた事と比較して、リムの成り代わりの終わり方は静かな物だった。


(まぁ、あっけないのも当然か。

元々、バレないことを第一に活動してたわけで……。

それが、俺の役目を終えたって時に盛大に祝ったり、騒いだりしたら変だもんな)


穂高は未だに、リムの成り代わりを終えた事が、実感できていなかった。


そんな穂高に、差益が声をかける。


「穂高君。

少しだけ気が早いけど、本当にお疲れ様。

――病院で無茶言われて、よく計画もせず、準備期間も十分とは言えない状態だったけど、ここまで成功させてくれて本当にありがとう。

『チューンコネクト』を代表して、リムのマネジャーとして、心より感謝申し上げます。」


佐伯は深々と穂高に頭を下げ、佐伯のそんな行動に、穂高は動揺する。


「さ、佐伯さん! そんな畏まった感謝いらないですよ!?

佐伯さんの言った通り、姉貴復帰プランの計画には後3回、俺の出番が残ってるわけですし……。

引継ぎは、これ以上する事ないですけど、まだ仕事が残ってます」


美絆(みき)と『チューンコネクトプロダクション』役員、佐伯、穂高は、美絆の退院が決まって以降、復帰プランを練り、プランの中で、美絆が復帰してからの仕事と、復帰する前に片づける仕事を区別していた。


穂高は、配信しながら攻略間近になっているRPGが一つ残っており、配信時間を考慮すると、後3枠程必要と判断され、引継ぎの打ち合わせ自体、終わりであるが、成り代わりは、現時点で完了していなかった。


「うん! 後3枠、最後までしっかりお願いね?」


佐伯は穂高が気遣うように顔を上げると、その表情はとても清々しく見え、明い声色で穂高に伝えた。


「なぁ~~にぃ~?? 佐伯ちゃん、やけに良い笑顔見せるじゃん。

もしかして、うちの弟に気があるんじゃないのぉ~~??」


穂高と佐伯のやり取りを端から見ていた美絆は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、からかうように会話に入ってきた。


「姉貴……、また変なこと言って……。

万が一……、億が一にもあり得ないし、そういうの通じそうなの、姉貴の周りで言えば、同期のチヨとサクラくらいだろ?

俺をからかう意味で言ったのだとしでも、意味ないぞ?」


穂高は、佐伯と交流が多かった事もあり、佐伯がしっかりした、大人の社会人だという事もよく理解していた為、姉のあまりにもな発言に、ため息交じりに答えた。


「えぇ~~? そんなのわかんないでしょ、本人に直接聞いて見ないと。

それに、チヨはウブだから引っ掛かるかもしれないけど、サクラはああ見えて、こういった冗談まるで通じないでしょ?」


佐伯をからかった美絆だったが、何故か穂高と会話が続き、そんな二人に、今度は佐伯が声を上げる。


「穂高君ね……、良いかも!」


「は?」

「え??」


思わぬ会頭に、穂高と美絆は会話を止め、佐伯の方へと視線を向ける。


「じょ、冗談ですよね? 佐伯さん」


「ん? 冗談じゃないよ~~。

穂高君、凄い優秀だし、将来良いところ勤めそうだし……。

顔も嫌いじゃないし!」


仕事モードが若干抜けたのか、佐伯の口調はいつもより砕けた柔らかい口調になっており、あまり佐伯と仕事以外でこういった話題をしなかった為、穂高は冗談か本気なのか、まるで見当がつかなかった。


状況が読めない穂高は、救いを求める様に美絆に顔を向け、佐伯の言っている事の真意がわかるのか、美絆は恐る恐る答えた。


「い、いや、マジじゃないよね? 佐伯ちゃん??」


「穂高君がその気なら私は別に……。

同級生がストーカーされていた時、自ら身を挺して守ってたくらい優しいし。

――ひとつ嫌な点を挙げるとしたら、ズボラな義理姉が出来る事くらいかなぁ~~」


「なんで穂高と付き合う時のデメリットで、当事者じゃないアタシが出てくるのッ!?」


「当たり前でしょ?? 穂高君に欠点無いし……。

それに、今ですら結構お世話させられてるのに、仕事外、プライベートでもお世話させられそうじゃない」


佐伯はニヤニヤと笑みを浮かべ、佐伯の指摘に納得がいかないのか、美絆は強く意見を反対した。


「ま! 現役高校生を誘惑するほど、私は罪な女じゃないし、学生は出来るだけ青春しなきゃね~~。

ごめんね? 穂高君。

変なこと言って……」


「いや、俺は気にしてないですけど……」


こういった話題に慣れているのか、美絆と佐伯は会話が続いていたが、穂高は反応に困り、返事がぎこちなくなった。


そして、そんな穂高に対して、佐伯はガラリと話題を変え。穂高と一番したかった話題を切り出す。


「まぁ、この話は一旦置いといて。

穂高君さ? どうだったこのリムをやっていた期間は??」


「どうだったって……、そりゃ、大変でしたけど…………」


佐伯が話題を変えた途端、美絆は、静かに黙り込み、会話に茶々を入れず、静観しだした。


「それはそうだろうけど、それだけ?

楽しくは無かった??」


「楽しくないかどうかと言われれば、楽しかったですよ?

滅多に出来る経験じゃないし、配信も、数をこなす中、リスナーとの一体感も感じ始めましたし……」


佐伯の問いかけに、穂高は真実を話し、成り代わりを行っている中で、思い返してみても、楽しくない時間の方が圧倒的に少なかった。


そして、穂高の言葉を聞き、佐伯は一呼吸置くと、真っすぐに穂高を見つめ、真剣なまなざしで、穂高に提案する。


「穂高君。

もう一度、配信者として活動する気はない??

Vtuberとして」


佐伯の表情と雰囲気から、穂高は告げられる前から何となく、佐伯の言いたい事に予想がついていた。


そして、あらかじめ予想が出来ていた為、用意出来ていた答えを、そのまま佐伯に答える。


「俺は、もう配信者として活動はしないです」


穂高は以前にも、Vtuberになる事を進められたが、同じように佐伯に答えた。


そんな穂高の答えに、静観していたはずの美絆がいち早く反応する。


「なんでッ!? やればいいじゃん!

配信するのも楽しいって感じてて……、言うまでもなく才能もあるんだし!!」


美絆は、自分の憧れた世界に、穂高も一緒に活動して欲しいのか、いつも以上に強く意見した。


「才能ないから自分に見切りつけて、辞めたんだよ」


「ここまで上手く成り代わりを完遂出来て、才能ないとか言い訳にならないから」


美絆は、いつもより語気が強く、どこか喧嘩腰にも見えるような雰囲気を持っており、穂高はこの状況を見て、今日の打ち合わせが、引継ぎだけを主とした打ち合わせではないことを察した。

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