第164話 姉の代わりにVTuber 164


 ◇ ◇ ◇ ◇


「で? どんな感じなの? ハル。

放課後の練習は」


文化祭も準備が本格的に始まり、春奈(あるな)と穂高の(ほだか)の放課後練習が、既に何度も行われた事から、事情を知る瑠衣(るい)は、頃合いを見て、春奈に進展を訪ねた。


「どんな感じも何も大変だよ……。

本番まで期日はそんなに無いのに、最初から最後まで通しで出来る程、セリフも頭に入ってないし。

それなのに、クライマックスの部分はオリジナルにする為か、台本遅れてるし……。

まだまだ前途多難だよ」


昼食時に状況を聞いた瑠衣だったが、自分が期待した内容の答えは返ってこず、文化祭の話となると、春奈は疲れた様子を見せた。


「い、いや、そっちの事じゃ無くて……。

そっちの事も重要だけども、私が聞きたいのは、天ケ瀬(あまがせ)君との関係の方だよ!

どうなの? ちょっとは進展したの??」


気苦労の耐えなそうな春奈に、申し訳ないと思いつつも、瑠衣は自分の好奇心には逆らえず、単刀直入に尋ねた。


「え? あ、そっちの事か?

――う、う~~ん、天ケ瀬君には、演技の練習に手伝って貰ってるし、特にそっちの方向で進展したりなんかは…………」


「えぇ~~ッ!? せっかく二人きりになれてるチャンスなのにぃ~~??

キスはまだであっても、付き合うくらいしててもいいんじゃない?

恋人くらいには進展しててよぉ~~」


穂高と春奈の練習は既に何度も行われ、劇の練習以外でも、休憩などの合間には、雑談をする時間もあり、そういった機会を既に5,6度迎えている。


「そ、そんな無茶なッ!?」


「無茶なんかじゃないよ!

――天ケ瀬君、見た目通り超鈍そうだし、ちょっとやそっとのアピールじゃ、好意には築かないし、惚れさせる事だってままならないよ??

春奈の事だし、どうせ二人で話せるだけで、居心地よくて、結局進展せずとも満足してそうだし……」


瑠衣の指摘は確信を付いており、まさに瑠衣の言う通りに、春奈は機会が有れども、自分から行動を起こしたりはしなかった。


劇の練習を真面目に取り組み、穂高はとの会話は、春奈の趣味に穂高が詳しいこともあり、ほとんどが『チューンコネクト』の話題だった。


瑠衣に協力してもらった手前、春奈は、なんとかより親密になろうと、思ってはいるものの、穂高との会話は心地よく、『チューンコネクト』に関して話せる相手も稀なために、話題は尽きず、結局楽しい時間を過ごすだけで終わっていた。


過去のチャンスをすべて潰してきてしまっている現状に、春奈は大きく溜息を付き、今の春奈ではどうやっても穂高と関係が進まないと考えた瑠衣は、春奈に提案をした。


「――せめて、文化祭が始まる前までには、下の名前で、呼び合えるようになっててもいいんじゃないの??

彰(あきら)や智和(ともかず)達は、名前で呼んでるのに、好きな相手は呼べてないって変でしょ?」


瑠衣は続けて、最近穂高と極端に距離が近くなっている、愛葉 聖奈(あいば せな)にも触れようとしたが、聖奈に関しては言いとどまった。


「な、名前ッ!? ほ、穂高君って……?」


春奈が試しにその名前を口にしたその瞬間、思いもよらぬ方向から、春奈たちに声が掛けられた。


「ん? 今、呼んだ??」


聞き馴染みのある声がした途端、春奈はピクリと体をはねらせ、声の主へと視線を向けた。


春奈が視線を飛ばした先には、ちょうど教室に入ってきた穂高の姿があり、教室の出入り口付近、廊下側の席で昼食をとっていた、春奈と瑠衣の会話が偶々聞こえてしまっていた。


「あ、悪い……、気のせいだった」


きょとんとする瑠衣の表情と、みるみると顔が赤くなり始め、穂高の顔を見ながら、固まってしまっている春奈を見て、穂高は瞬時に自分の勘違いだと察し、そもそも春奈が穂高などと、自分を呼ぶはずがないと思っていた為、軽く謝り、その場を立ち去ろうとした。


「ち、ちがッ! か、勘違いじゃないよ!!」


立ち去ろうとした穂高に、春奈は顔を赤くさせながらも穂高を呼び止め、春奈のそんな姿に、瑠衣は驚いた表情を浮かべた。


「きょ、今日さ? 放課後の練習、私が用事が入っちゃって出来そうにないんだ……。

あ、天ケ瀬……、ほ、穂高君、今日は先に帰ってて?」


瑠衣に発破をかけられ、既に何度もチャンスを取り逃がしていた春奈は、咄嗟の状況だったが、勇気を振り絞り、穂高の名前を呼んだ。


「お、おぅ……。

分かった、連絡ありがとな?」


穂高は去り際に、「なんでフルネーム?」と小さく呟いていたが、少し興奮気味だった春奈には聞こえず、二人のやり取りを見ていた瑠衣は、その一言が聞こえてはいたが、春奈に伝える事はしなかった。


「す、凄いじゃんハル!

文化祭前までにって話だったのに、さっそく達成しちゃうなんて」


「いッ、一度、不本意でも聞かれちゃったからね?

このまま勢いで呼び続けた方が良いと思ったから……」


大きなミッションを達成した春奈に、瑠衣は穂高が、下の名前で呼ばれ始めた事に、気づいてないとは言えず、やはり、去り際の穂高の一言は、伝える事が出来なかった。


「天ケ瀬君も不思議がって無かったし、次からは自然に呼べるね?」


「――うん」


素直に祝福する瑠衣に、春奈は嬉しそうに一言、呟いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


天ケ瀬家。


春奈から放課後の練習が無いと伝えられた穂高は、寄り道せず帰宅していた。


「穂高~~。 佐伯(さえき)さん来たよ?」


家に着くなり、自分の部屋でゆっくりとしていた穂高に、元々会うと予定していた人物が、天ケ瀬家に訪れた。


穂高は姉の美絆に呼ばれると、返事を返し、姉の後に続くようにして、リビングへと向かった。

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