第163話 姉の代わりにVTuber 163


◇ ◇ ◇ ◇


文化祭準備が始まり、数日。


穂高(ほだか)は、春奈(はるな)と四条 瑠衣(しじょう るい)の頼みを聞き、放課後、時間が取れる時に春奈の稽古に付き合っていた。


「あッ! ごめん、私のセリフだった」


セリフ飛ばした春奈は、穂高に謝罪した。


本番は勿論、台本を持ちながら演技するわけではない為、春奈と穂高は早々に台本を暗記し、稽古の際には、出来るだけ台本を持たずに練習していた。


「流石に台本丸暗記は、キツいな?

俺はまだ練習相手でしかないから気は楽だけど……」


「うん、ちょっと大変だね……」


春奈は穂高の言葉を否定することはなく、まだまだ自信が持てない状態の為、表情には不安の色が見えた。


「――ちょっと休憩するか」


練習時間が一時間を超えそうであった事と、春奈が張り詰め出したように見えた為、穂高はそう切り出した。


練習を付き合ってもらっている身である春奈は、その提案を断ろうと口を開くが、既に穂高はやる気なく、自分のバックを漁り出していた。


「なに飲むか?」


穂高は財布を取り出して、春奈にそう告げた。


「あ、いやッ! わ、悪いよ。

練習も付き合って貰ってるのに」


「気にすんな。

将来『チューンコネクト』に入った時、杉崎にサイン貰うつもりだし。

それの貸しだと思えば」


穂高は飄々とした様子でそう告げ、穂高の態度を見て、引く気配が無い事が分かると、春奈は少し照れくさそうに、答え始めた。


「じゃ、じゃあ……、レモンティーで……」


「了解」


穂高はそう短く告げ、教室を後にした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


数分で飲み物を買ってきた穂高は、春奈にレモンティーを渡し、小休憩を挟んでいた。


穂高は、現在あまり使われていない空き教室で、近場に、無造作に置かれていた椅子腰掛けると、春奈に話題を投げかけた。


「――そういえば、二次面接の結果とかってどうなったんだ??」


穂高が話したのは、夏休みに付き合った、『チューンコネクト』のオーディションに関してだった。


「まだ結果とかは来てないよ?

オーディションを受けてからまだ一か月しか経ってないし……。

今年中には発表されるんだろうけど」


気さくに尋ねる穂高に対して、オーディションを受けた当人である春奈は、穂高以上に結果が気になっており、落ち着かない様子で答えた。


「そうか……。

でも、デビューとなれば、恐ろしく忙しく、慌ただしくなりそうだよな。

俺の姉貴も忙しそうだったし」


「お姉さん? リムちゃんの事!?」


オークウッドの結果に対して、当然の様に、不安も感じていた春奈だったが、リムの話題へと変えると、春奈の表情は一気に明るく、話に食いついた。


「前にも話かと思うけど、半年近くは準備に費やしてたな……。

堕血宮(おちみや) リムの設定だったり、キャラクターを作る時の打ち合わせだったり、マネージャーといつも念入りに打ち合わせしてたっけ……」


穂高は、美絆(みき)が『チューンコネクト』のオーディションに受かった時を思い出しながら話した。


今の様に成り代わりなど、する予定も無かった穂高は、傍目で他人事のように見ていた風景だったが、思い出す情景は、いつも忙しそうにしている美絆の姿だった。


「詳しい事は何も知らないけど、やっぱりVtuberとしてデビューするその時が、一番重要な時期だろうし、結構キツそうにも見えたな」


「リムちゃんでもそうなんだ……。

六期生の中では特に、溶け込むのが早かったって言われてるのに」


穂高はビビらせるつもりじゃなかったが、結果として春奈の不安を大きくしてしまった。


意図せず、春奈に不安を抱かせてしまった穂高は、すぐに話を変え、なるべく明るい話題を提供する。


「――なぁ、デビューしたとして、何が一番楽しみだ?」


穂高は明るい口調で、春奈の未来を楽しむかのように、春奈に尋ねた。


「え? そ、そんなのあり過ぎて、一番とか決められない。

全部! 今までずっと妄想してきた世界だもん!!

やりたいことは無限に浮かぶよ!」


不安を感じつつも、デビューできた未来に、たくさんの楽しみを持ち、春奈のワクワクとした様子を見て、穂高は心底、春奈が配信者に向いていると思った。


「杉崎のVTuberに対する熱量は、相変わらず、出会った時から変わらないな」


春奈の調子に乗せられたのか、穂高は自然な笑みを浮かべ、春奈に微笑んだ。


珍しい穂高の表情、優しく自然に微笑みかける姿を見て、春奈は一瞬、驚いた表情を浮かべた後、そのまま穂高の顔を直視する事は無く、すぐに顔を逸らした。


穂高に好意を抱く春奈は、不意に見せた穂高の表情を見て、胸の鼓動がどんどんと早くなり、自分でも分かる程に、顔が赤くなり始めている事に気づいた。


そんな状況に、恥ずかしさすら感じる春奈であったが、穂高は春奈の様子に気づく事は無く、続けて会話を続ける。


「いつか、姉貴とコラボする事があったら、よろしくな?」


「――リ、リムちゃん??

よ、よろしくされるのは。私の方だと思うけどなぁ……」


「いや、姉貴より杉崎の方がしっかりしてるし、それに姉貴はテンション上がると、たまに周りが見えなくなるからなぁ~~。

大失態みたいな事はないだろうけど、迷惑かけそうだし」


穂高は、美絆と春奈のやり取りを想像し、二人のコラボ配信を想像する中で、現実に起こりえない映像が頭をよぎる。


穂高の頭に過ったのは、成り代わりをする自分と、デビューを果たした春奈がコラボする光景だった。


(最低だ……。

まるでまだ未練があるみたいだ……)


具体的な妄想を浮かぶ前に、穂高はその想像から意識を外し、そんな想像を一瞬でも思い浮かべた自分に、嫌悪感を感じた。


穂高がそんな事を考えていると、当然、春奈はそんな穂高の気も知らず、思い出したように穂高に話題を振る。


「天ケ瀬君は、リムちゃんとのコラボが、気になるのかもしれないけど、先輩よりも、まず第一に同期の方が気になるかな~~」


「意外だな。

『チューンコネクト』のファンだし、てっきり先輩との絡みの方が、気になってると思ったんだけど」


春奈の意見は、穂高にとって予想外であり、穂高は、確定枠で決まっている浜崎 唯(はまさき ゆい)、『88(ハチハチ)』の事を思い浮かべた。


「そりゃ、先輩も気になるけど、やっぱり『チューンコネクト』は同期の絆みたいなのが、大きな魅力だと思うんだよね。

何世代も新しい娘達をデビューさせてるのに、世代ごとで違った色があるし、上下間、グループ間の絆ももちろんあるけど、やっぱり動機って特別な様に見えるし。

自分も目指す『チューンコネクト』を見て、一番に羨ましく感じるのは、そこなんだよね」


春奈の意見は、穂高にとってとても意外であり、春奈と唯、二人を知る穂高だったが、仮に春奈がデビューできたとして、どのように絡んでいくのか、どんな関係になるのか、想像がつかなかった。

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