第166話 姉の代わりにVTuber 166


穂高(ほだか)と佐伯(さえき)、美絆(みき)を交えた話し合いは、リムの引継ぎの件から、穂高の話題へと移り、空気が少しだけ重くなっていた。


「どうしても駄目?

ウチの社長にも誘われたみたいだけど、意見が変わる事はない??」


「佐伯さん……。

俺の何を見て、何に期待してるかは分かりませんけど、無理ですよ……」


引き下がらない佐伯に、穂高は困りながらも、意見は変えない。


「社長の誘い方が気に入らなかったのなら、別にリムのバーターってわけじゃなくてもいいよ?

私は、美絆の弟だってことを隠しても、穂高君には配信者として価値があると思ってる!

――本当はウチでデビューしてもらいたいけど、どうしてもっていうのなら、他の企業でデビューしても良いと思ってる。

勿体ないよ!? ここまで実績もあるのに……」


美絆とは少し違い、佐伯の言葉には、本当に配信者にならないのは、勿体ないと思っている事が伝わり、それは穂高の将来を思っての発言だというのもよくわかった。


「そういわれても…………」、


佐伯の気持ちが分かった上でも、穂高の考えは変わらず、そんな穂高に、今度は美絆が声を上げた。


「お母さんの言った事、気にしてる?」


美絆の言葉は確信を付いており、穂高は一瞬、嫌な表情を浮かべた。


「否定はしない……」


「お母さんの言った事なんて無視したら良いじゃん!?

どうせ、日本に帰ってきたって、仕事仕事でろくに家にはいない毎日だし。

穂高が高校に上がってからは、顕著に仕事で世界を飛び回るようになって、ほとんど私と二人暮らしだったじゃん。

そんな親の言う事なんて、気にしなくていいよ?」


「美絆……。

さ、流石に親をそんな風に言っちゃ駄目でしょ」


穂高の気がかりが母親である、静香(しずか)が原因だと分かると、美絆はここぞとばかりに、静香の意見を完全否定し、佐伯が思わずフォローを入れていた。


「いいんだよ、佐伯ちゃん!

確かに育ててもらった恩はあれど、ここは引けない!

――なんなら今は、私も稼ぎがあるし、縁を切られたって穂高一人くらい、私で養えるし!!」


美絆はとんでも理論を展開し、勢いは止まることが無かった。


「いいの!? このままお母さんの言いなりでも!?

演者として、穂高の才能が無いだなんて……、あり得ない!

自分の駒使いとして、穂高を手元に置いておきたいだけなんだよ、お母さんは!」


あまりの言い分に、流石の穂高も、そこまでは思っていないなと客観的に考えられ、それでも美絆の言った「母親の言いなり」という言葉には、引っ掛かった。


「別に母親の言いなりになんてなるつもりはねぇよ。

本当に、母さんの言った通り、俺は表舞台に立つ方は向いてないと、思ってるだけで」


「やりたいことも見つけられて無い癖に、向いてる向いてないの適正は気にするの??」


美絆の言葉には棘を感じさせ、穂高は美絆の物言いが気になった。


「何が言いたいんだよ?」


数年、喧嘩という喧嘩をしたことが無かった美絆と穂高に、不穏な空気が流れ始める。


姉弟喧嘩になる前に、ほぼほぼ穂高が引くような形で、生活していた二人だったが、穂高は美絆を少し睨むようにして尋ねた。


「母親の言う通りに、自分で自分が活躍できる幅を狭めて、やりたい事なんて見つかるの?

夢を見つけられない人もいる中で、そんな状況で、やりたい事なんて見つかりっこ無い!

――やりたいことも見つからず、なぁなぁに生きて、結局母さんの駒使いになってる未来が見えるって、そう言ってんの!!」


美絆の物言いに、穂高はイラっと感じつつも、美絆の言っている事に反論できず、口ごもった。


(言いたい放題言いやがってッ……。

別に言いなりになってるつもりもないし、あのハイスペックな母親の駒使いが、俺に務まるとも思ってねぇよ)


明らかに不満げな表情を浮かべ、穂高は内心で呟き、そんな穂高の気持ちも考慮せず、美絆は言いたい事を止めどなく話す。


「このままでいいの? アンタは?」


美絆に促され、今まで口元まで出かかっていた言葉を、穂高はようやく美絆にぶつける。


「どうやっても、俺が母さんの言いなりにしか見えないらしいな? 姉貴」


「ちょ、ちょっと二人共、一旦落ち着いて」


ふつふつと怒りが湧き上がっている穂高を、雰囲気で感じ取ったのか、佐伯は、これ以上姉弟喧嘩がヒートアップしてはいけないと思い、思わず仲裁に入る。


しかし、そんな佐伯の仲裁もむなしく、穂高の言葉に、まるで語気を変えず、美絆は答え始める。


「それ以外に何に見えるの?

いい加減、親離れしたら??」


「ちょっとッ! 美絆ッ!!」


火に油を注ぐ勢いの美絆の発言に、ついに本格的な、喧嘩のゴングが鳴りかねないと、佐伯は感じ、佐伯の思い通り、穂高は爆発寸前の状態だった。


「言わせておけばッ…………。

クソッ、やってやるよ! じゃあッ!!」


「――え…………? やってやるって、もしかしてVtuberにッ……」


声を少し荒げながら、啖呵を切るように宣言する穂高に、穂高の言葉から、佐伯は期待に満ちた様子で声を上げるが、話の途中でそれは遮られた。


「手段はどうであれ、母親の言いなりじゃない事、思い通りにならない事を、証明すればいいんだろッ!?」


佐伯の希望通り院はならなかったが、美絆の言葉が聞いたのか、前々から気にしていた事でもあった為、穂高は売り言葉に買い言葉で、美絆に言い返した。


当事者である静香(しずか)はおらず、穂高は何をするのか、また何をすれば美絆は納得し、美絆に指摘された事を否定できるのか、何のプランも無い状態であったが、美絆の挑発から引く事が出来なかった。


そして、美絆も穂高もヒートアップしている状態であったが為に、これ以上穂高に、Vtuberを進める状況ではなくなってしまい、直ぐにその話し合いは解散になった。


言い合いの余韻があるのか、少しだけ興奮した様子の穂高は、リビングから出ていき、佐伯と美絆がその場に残された。


「ごめんね? 佐伯ちゃん、協力して貰っちゃって……」


Vtuberへの勧誘は、美絆が佐伯へ頼んだことであり、変な雰囲気で終わってしまった事を、美絆は謝罪した。


「ビックリしたよ……。

普段大人しい穂高君が怒るなんて……、ちょっと、押し付けがましい所あったし、私、嫌われちゃったかなぁ~~……。

――はぁ~~~~」


佐伯はそっと胸を撫で下ろし、今までの会話を思い返し、穂高からの好感が下がったと、そんな心配をしていた。


「そんな大きなため息付かないでよ~~。 悪いと思ってるよ、ウチも……。

――でも、こうやった焚きつけないと、穂高はあの人の思い通りになっちゃうから」


「私に家庭内の事情は分からないけど、別にこんなことしなくたって、穂高君はしっかりしてるし、自分の進みたい道に進むと思うよ??

――まぁ、願わくばその道が、配信者になる道であって欲しいけど……」


100%、美絆の思い通りに事が進んだわけではなかったが、少なくとも、穂高が静香に自分の能力を見せる方向に話が進んだ事は、美絆とって吉報だった。

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