第157話 姉の代わりにVTuber 157


唯の真面目な雰囲気から放たれる言葉に、穂高は素直に答えていく。


「――誰って……、『チューンコネクトプロダクション』の社員だ。

特定の誰かってわけじゃないけど、偶々トイレで話してる話題が耳に入ってな」


「そう……。

その話、詳しく聞かせてくれない?」


穂高から尋ねた話題だが、唯は興味を持ち、さらに話を掘り下げる。


「詳しくも何も、さっき話した事が全部だよ。

88(ハチハチ)は大物配信者で、『チューンコネクトプロダクション』としては、獲得は必然って話。

というかそもそも、今日のオーディション自体が、ハチと相性を選定するオーディションって話してたぞ??

ハチは知らなかったのか?」


「――――知らない……」


穂高は自分の知る全ての事を唯に伝え、唯はその話を噛みしめる様に聞いた後、暗いトーンでポツリと答えた。


(唯も知らない?

『チューンコネクトプロダクション』の戦略で、てっきり唯の意見もフィードバックされてるのかと思ったけど、この様子を見るにそんな事は無いみたいだな)


少し汚いやり方に思える『チューンコネクトプロダクション』の方針だったが、穂高は少し理解でき、利益を出す企業の為、仕方ないと割り切る事もできた。


「――はぁ~~~……、結局、利益優先になっちゃうかぁ~~」


電話の為、表情を細かく読み取ることは出来なかったが、唯の続けてはなった言葉の声色から、唯が悲観している事は簡単に分かった。


いつも底抜けに明るく、配信でもまるで暗いところを見せたことの無い唯に、穂高は一瞬驚きつつも、そんな珍しい唯を放っておく事は出来なかった。


「なぁ、何があった?

88を引退する事になったことも含めて、良かったら話してくれないか??」


「――え? ほ、穂高には言えないよぉ~~。

別に大した事じゃないしなぁ~~」


思わず一瞬、本音を零した唯だったが、穂高の追及を逃れるように、誤魔化した。


しかし、穂高は引く事はなく、続けて唯に言葉を投げかける。


「大した事じゃ無いなら、尚更話してみろ。

何だかんだ付き合いも長かっただろ? 俺たち。

今更、恥じることなんて無いし、俺なんかお前に、弱って雨でずぶ濡れになってる所見られてるしな」


「――ぷッ! あったね? 泣いてたし」


「泣いてねぇ」


穂高が以前助けられた件を話し、穂高のそんな姿は唯にとって珍しいものだったのか、思い出して吹き出し、少しだけ彼女の明るさを取り戻した。


「そっかぁ……、それもそうだね。

穂高には、まだ話してなかったかもしれないし、きちんと話しておくべきかもね」


「お前の卒業配信にも出るんだからな? それくらい教えてくれてもいいだろ」


穂高は自分が出した話題ではあったが、弱った自分を思い出され、笑われた事を不服そうに、少しだけ不機嫌そうにそう伝えた。


「といっても、どこから話すかな……。

まぁ、たぶん穂高が一番知りたいのは、どうして88としての活動を終了するのかって事だよね?」


唯の質問に穂高は、短く返事を返すと、唯は少しだけ考え、頭で整理しながら話し始める。


「私が88の活動を辞める大本の問題は、配信が楽しいって感じられなくなったからかな……。

配信をする意味が見つからなくなった……、穂高とその点は同じかもね?」


「配信が楽しくない……、お前が??」


唯の言葉は、穂高にとってあまりにも意外で、思わず真偽を疑うように尋ねた。


「いつもってわけじゃないよ?? 思うのは偶に……。

いや、その頻度が最近は多くなってる気もする。

理由は明確に分かってるんだぁ~、多分それなんじゃないかなってやつが……」


「なんなんだ? それは??」」


穂高は息をのみ、唯の言葉を待った。


「多分、簡単に言えばマンネリ……。

最近の配信は殆ど歌配信だし、雑談配信だとボロが出そうになって怖くてさ?

昔は右も左も分からず、切磋琢磨する仲間がいて、視聴者も巻き込んでバカやったりするのが楽しかった……。

でも、最近は色々解ってきたせいか、これやったら伸びるとか、視聴者の反応が良いとかそんなのばっか考えちゃって……。

視聴回数、チャンネル登録者……、数字ばかり相手にしてる気分で、数字が伸びない動画は悪みたいになって、冒険も出来ない。

――奇抜な事やって、案の定視聴者数が増えなくて、皆で笑ってた頃が懐かしいなぁ~~」


唯は全てを話し終え、遠い昔を懐かしむように、ポツリと呟いた。


そして、懐かしむ言葉の声色は、明るかったが、そこからは悲壮感漂っていた。


「知ってる? みっちょんもAQUA(アクア)もみ~~んな、気づいたら配信辞めちゃった。

あたし、友達作るの下手なの忘れてたわぁ~~~、ハハハッ!」


暗い話になってしまったのを気にしてか、笑い飛ばそうと続けた言葉だったが、弱音を零す唯は痛々しく思えた。


(そうだよな……、俺からしたら、配信辞めて一年と半年程度の間隔でしかないけど、ハチはあれから毎日、休む事もほとんどなく配信してたんだもんな、少し昔のように感じても不思議じゃないかもしれない。

それに、俺以外にもハチと交流してた配信者が辞めてたなんて……)


穂高は当然と言えば当然の事実なのかもしれないが、唯と同じか、それ以上の情熱を持ってた当時の配信者が、軒並み引退している事に驚いた。


「まぁ、そんな気持ちも抱えてたから、88の活動はもう終止符を打って、新しい環境に身を置こうかなって。

仲間とワイワイ楽しく、いろいろな配信が出来るかもしれない『チューンコネクト』にね?

――でも、企業だもんね? 利益優先なのは当然だぁ」


唯は環境を変えても、今と変わることなく、再び数字に捕らわれるのではないかと、それを恐れているに、穂高はすぐに感じ取った。


「確かに企業だから、視聴者数とチャンネル登録者は嫌でも向き合う事になるだろうな」


「だよね……」


穂高は嘘を付くことは出来ず、『チューンコネクト』の内部に詳しい穂高に言われ、唯は再び少し気持ちが落ちる。


しかし、穂高は続けて唯に言葉を発した。


「だけど、安心しろ! 今は俺もまだ辛うじている。

いずれは姉に引き渡す身ではあるけど、他のメンバーも癖が強いやつばっかで、お節介と構ってちゃんが多い組織だと思う。

もう二度と、お前が一人になるなんて事は、絶対に無い!」


「――――穂高……。

ふふッ……、お節介と構ってちゃんって、とてもじゃないけど、褒めてるとは思えないセリフだよ? それ??

むしろ心配だよ」


気休めかもしれないとも思いつつ発した穂高の言葉は、唯の気持ちを少しだけ軽くし、穂高の物言いに思わず笑みを零した。


「なんにせよ、キツくなったら俺を頼れ。

お前には、借りもあるしな。

具体的に何か出来なかったとしても、愚痴を聞くくらいは出来るぞ」


「愚痴聞くだけぇ~??

ってゆうか、配信辞めてから消息不明だった穂高がそれ言ってもなぁ~~。

愚痴聞いてほしい時に、またふらりといなくなったりしそう……」


穂高に悩みを打ち明けたことで、唯は少し明るさを取り戻し、二人はその後も他愛無い会話を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る