第125話 姉の代わりにVTuber 125
◇ ◇ ◇ ◇
リムとチヨの地獄企画から数日。
一仕事を終えた美絆(みき)は、再び病院へと戻り、穂高(ほだか)に退院がもう直だという事を伝えた。
静香(しずか)はここ最近、珍しくずっと家に居る事が多かったが、元々忙しい人でもあった為、長くは続かず、再び仕事で日中は家を空ける事になっていた。
そして穂高は、一学期も終わりに近づく中、もう数日程しか残されていない、夏休みまでの登校日を消化していた。
「――もうすぐ夏休みだぜ!? おいッ!!」
昼休みに入ると、穂高はいつものメンバーで食事を取っており、友人の武志(たけし)は、学生のビックイベントを待ちきれないといった様子で、声を上げた。
「夏休み……。
でも、俺らは三年生だぞ? 二年、一年と違って今年は、受験で遊ぶ暇はなさそうだけどな……」
浮足立つ武志に対して、瀬川(せがわ)は現実が見えており、武志ほど夏休みにいい思いを持っている様子は無かった。
「おい~~ッ! 嫌な事思い出させるなよな~~!?
高校生最後の夏だぞ!?!? 確かに、受験は大変だけどさ~、ちょっとくらい息抜きしたってバチ当たらないでしょ??
海行こうぜ!? 海ッ!!」
瀬川に水を差された武志だったが、テンションは依然として高く、夏休みの遊びの提案をし始める。
「――――盛り上がってるところ悪いけど、俺はパスだぞ?
瀬川の言う通り、受験で忙しいしな…………」
穂高は勉強に関して、抜かりはそれほどなかったが、それでもリムの入れ替わりの件などで、想定していたよりも勉強時間は取れておらず、夏休みは勉強と、姉が戻るまでのリムの配信で、スケジュールの空きはそこまでなかった。
「――穂高まで…………。
そんな、つまんない事言うなよなぁ~~……。
ちょっとぐらい良いじゃんかよ~~。
―――――穂高は志望先の大学の模擬試験、結構評価良かったんだろ~~~??
危ない圏内じゃないんだし……、それに、今年の夏! 何か良い出来事が起こるかもしれないだろッ!?!?」
「良い事ってなんだよ……」
ため息交じりに聞き返す穂高に、武志はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ドヤ顔で答え始める。
「そりゃ、彼女よッ!!
――――海に行って~~、可愛い女の子と知り合って~~、もしかしたら付き合えたりッ!
なんて事ッ……………」
「あるわけねぇ~~だろ」
「あるわけないな」
妄想膨らませる武志に、瀬川と穂高は同時に冷たくツッコミを入れた。
またしでも、現実的な事を言われ、武志は妄想から一気に引き戻され、大いに不満を感じている様な、そんな表情で、穂高と瀬川見た。
そして、再びブツブツと文句を言い始めた武志に、穂高は話半分、聞き流す様にして、昼食を再開し始めた。
武志が話す内容は、穂高に聞こえてはいたが、段々と興味の無さから、話が耳に届かなくなっていき、穂高は呆然と、教室の窓から外の景色を眺め始めた。
様々な方法で、有意義に昼休みを過ごす生徒を見て、穂高の意識は段々とぼんやりしていき、ふと昨晩の、唯(ゆい)との事を思い返し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「――――うん。
服も大丈夫そうだねッ」
穂高の話を聞いていく中で、乾燥機に掛けていた穂高の服はいつの間にかに渇き、長居する理由も穂高には無かった為、乾いた服に再度着替え、唯の部屋を後にしようとしていた。
唯は確認するように、着替えを終えた穂高の服に触れ、服の乾燥具合を確認し、満足げに言葉を零した。
「――悪いな、何から何まで……。
傘、今度返しに行くから」
「いいよいいよ、ビニール傘だし~~」
「そうゆうわけにはいかないだろ……」
まだ、外は雨が降っていた事から、穂高は唯から傘を借りる事となり、後日、改めて返そうとするが、唯は気遣う様に、笑顔でそれを断っていた。
穂高は唯に、雨の中外で立ち尽くしていた理由を、ほとんど唯へと話し、それを聞き終えた唯は、いつもの気さくな雰囲気は無く、どこかぎこちなさのようなものを、表に表(あらわ)していた。
穂高もそれに気付いていたが、変に指摘することも無く、ここに来るまでは、思いつめている様な部分もあったが、唯にすべてを打ち明けた事で、気持ちは軽くなり、問題が何か解決するという事は無かったが、それでも唯に話してよかったと、穂高は心からそう思えた。
「――悪い……、変な話聞かせて」
「い、いやいやッ! 気にすんなし~~!!
別に嫌な感じ……とか、無いからッ!
私こそ、ちょっと強引に事情聴いて……、ごめん…………」
「それこそ気にすんな!」
少しだけ気持ちに整理がついた穂高は、穏やかに唯にそう告げると、玄関の方へと歩み出す。
「――――あ、あのさッ!!
もし、穂高が配信を行っていく上で、辛い……とか、苦しい……とかがあるんだったらさ……。
無理に続ける事もないと思うよ??
――――コラボ誘った私が言うのも、変なんだけどさッ」
玄関に向かう穂高に、唯は背中越しに穂高にそう声を掛け、呼び止められたところで足を止めた穂高は、少しの間、驚いた表情のまま固まっていたが、すぐに笑顔を見せた。
「お前からそんな事を勧められるとは……。
――――大丈夫だ。
もう、お前が言う様に変に思い詰めたりもしてない」
穂高の笑顔は清々しいものではあったが、唯から見たその穂高の表情は、諦めから来る清々しさのようにも見て取れた。
すぐにそれに気付いた唯だったが、言葉はすぐには出ず、せっかく全てを吐き出し、曇りが晴れた穂高に、水を差す事を躊躇した。
「も、もし……さ?
またなんか、悩みとかあったら相談……とか乗るよ」
「分かった……、ありがとな?
――でも、お前の方だって色々、悩みとかあるんだろ?」
思わぬ穂高の返しに、唯は間抜けな声が漏れる。
「88(ハチハチ)の引退の件でだって、何があったのかは知らないけど、ハチは有名人だからな?
――ただの学生の俺よりも、悩みは絶えないだろ??」
「――――そ、それはぁ~~、そうだけどぉ~……」
今まで、相談に乗る側だった唯は、今度は自分が心配される側へと周り、少しだけ不服そうに呟いた。
そして、そんな唯を見て、穂高は今日、唯と話した中で決意した事があり、それを唯へと告げる。
「――――相談乗ってくれたお礼ってわけでも無いけど……、ハチの引退配信。
お前の要望通り、『てっちん』として出てやるよ?」
「え…………?」
またも、穂高の突拍子も無い、そんな発言に唯は声を漏らし、今日穂高に見せた表情の中で、一番の驚いた表情を唯は浮かべていた。
何が起きたのか分からないと言って様子の唯に、穂高は続けて話し始める。
「そっちが呼んだんだからな??
――元々、知名度は低かったのに、引退して、期間が空いて、今はもっと知名度は無いし……。
ほぼ素人を配信に引き出すようなもんなんだからな?? 覚悟しとけよ」
◆ ◆ ◆ ◆
穂高は別れ際の唯が、目に涙を少しだけ浮かべていた事までも思い出していた。
(ハチは自分が特段、何かをしたなんて思ってはいないんだろうけど……、ハチに…………、第三者に思いの丈を吐き出せたのは、俺にとってありがたい事だったよな……)
どこまで努力しても届かない美絆の存在、母、静香の言葉により思い悩んだ穂高だったが、悩んだ末、穂高がたどり着いた答えは、原点回帰のようなものだった。
(なにをいまさら悩んで……、答えはとうの昔に出ていたっていうのに…………)
「変わらない……、最初に戻るだけ…………」
目もくらむような、眩しい存在は見つめるだけ、追いもしなければ、憧れる事も無い、穂高は改めて、自分の中でそう結論付けた。
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